仕出し膳料亭の「座」発足 <C2164>
加登屋さんの晴れ舞台です。
浅草・幸龍寺の客殿では、120膳もの仕出し膳が並んでいた。
その前に座るのは、江戸市中の主だった料亭の主人・女将・板長と料理には人一倍厳しい人達なのである。
そこへ料理を出すというのは、一体どれだけの心臓を持っていれば良いのだろうか。
八百膳の主人・善四郎さんが、料理に手を付ける前に説明を始めた。
「今回の集まりは、仕出し膳料理につかう卓上焜炉の件だけに、用意させて頂いた膳には2つの卓上焜炉料理を用意させて頂きました。
ひとつは、八百膳が精進料理用に編み出した『豆乳汁野菜煮』です。出汁を利かせた豆乳で野菜を煮込んだ料理です。
もう一つは、瓦版でその存在が紹介されておりますが、萬屋に応援しに来ている登戸の加登屋さんが考え出した『焼き魚の焜炉炙り』料理です。加登屋さん、この場で一言お願いします」
江戸市中の料亭関係者で噂となっている加登屋さん本人が挨拶するということで、客殿はざわめいた。
特に、店頭で工夫がないことを一喝された向島の料亭の面々は、一際大きな声を上げた。
「登戸で小料理屋を開いている加登屋と申します。木炭で懇意にして頂いている萬屋さんで『焜炉を使った実演販売をしたい』ということで、お手伝いをするため江戸へやってきました。江戸では華やかな料理が多く、田舎者の自分にとっては目もくらむような世界です。皆さまのお口に合うか判りませんが、自分なりに考え出した卓上焜炉料理を今回初披露させて頂きます。
焜炉を使用した仕出し膳ということで、今までは冷えて固くなってしまっていた食材を、焜炉で炙ることで元の柔らかさや味を取り戻し美味しく頂くことが出来ます。ある意味、熱を加えるという焜炉本来の機能を発揮させる使い方なので、これを基本に焜炉料理を発展させる基本でもあります。
何の秘密や秘訣もありませんので、この料理を皆さまの料亭で出される料理で存分に真似し、皆様の手で更に発展させて頂ければ、加登屋としては本望で御座います」
「加登屋さん、ありがとうございました。皆さま、卓上焜炉で炙る方法は、今膳の上にある見ての通りですので、是非各自の料亭に持ち帰ってそれぞれ工夫し、新しい料理として出して頂ければと思います。それでは皆さんの膳の上にある焜炉に火を入れさせて頂きます。
『豆乳汁野菜煮』は、皿の中の豆乳が沸騰してから炭団の火が消えるまでが丁度食べごろとなっております。
『焼き魚の焜炉炙り』は、焜炉の横に置かれている焼き魚を網に乗せ軽く炙ってください。あまり長く炙り過ぎると焦げてしまうので、魚脂がジリジリとし始める直前位が食べごろかと思います」
こうして食事が始まったが、2つの卓上焜炉料理は賞賛の大合唱となったのであった。
特に、何の工夫もない炙り料理は、単純であるが故に、どの料亭でも盲点だったようで『流石、加登屋さんだ』と、感心する声が絶えなかったのだ。
江戸中の料亭の主人達から上がる賞賛の声に、加登屋さんは薄らと涙を浮かべていた。
これに比べると八百膳の『豆乳汁野菜煮』については賞賛されはするものの『流石に八百膳の出す料理だけあってそつがない』と、結構な酷評なのである。
やはり、真似ができないところが、すぐに役に立たないところが、この評価に繋がっているのだろう。
やがて、食事も終わり、お茶を飲みながらの雑談がそこかしこで起こり始める。
雑談の中身は、料亭関係者だけにほとんどこの焜炉料理の話なのであった。
「皆様、食事前の続きについて話させて頂きます。
卓上焜炉を使用した仕出し膳を用意させて頂きましたが、いかがでしたでしょうか。今まで冷めた仕出し膳という認識が、温かい菜があるという大きな変化を実感したと思います。これは、仕出し膳の大きな革命であり、この進化を『卓上焜炉の一律使用禁止』で止めさせてはならないと考えます。
今回120膳を準備させて頂きましたが、この客殿を使わせて頂く費用も含め約10両かかっております。この費用については、発起人の一人である萬屋さんにほとんど負担して頂いており、皆様への費用のご負担はありません。卓上焜炉にかける萬屋さんの情熱もご理解ください」
参加者は、萬屋さんへの拍手をして、ここで振舞われた食事への礼とした。
拍手が止むと、善四郎さんは続けた。
「さて、午前中は、仕出し膳を出す料亭で『座』を作り、使用許諾を得た焜炉を使うという概要を説明させて頂きましたが、午後は少し別な取り組みについて説明させて頂きます。
各料亭の出す仕出し料理に番付を行い、料亭の名前と一緒に瓦版で紹介する試みです。仮に『献立競い』と名付けます。
一番凄い料理を出す料亭を大関とし、関脇・小結、前頭という幕内、十両、幕下、三段目と、美味い仕出し膳に順位を付け、あたかも大相撲の番付表のようなものを作ります。勧進元には、この会の発起人である萬屋さんと、日本橋の瓦版の版元さん、それにこの八百膳がなります。順位を決める行司役には勧進元に加えて、そうさのぉ、向島の武蔵屋さん、京橋の坂本さんになって頂こうかな、と思っております」
一応、前日までに千次郎さん・善四郎さんと一緒に江戸市中を駆け巡り、主な料亭には説明を済ませている。
手分けしてもよかったのだろうが、役割分担のこともあるため、やはり3人一緒でないと都合が悪いのだ。
仕出し膳を作る料亭を集めて『座』をつくるにあたり、あぶり出す手法として『料理番付』の企画を最初に説明した時、善四郎さんは仰け反って驚いたのだった。
そして、この企画が仕出し膳を作ってくれる料亭の存在を明らかにすること、料亭の宣伝になること、料亭間で料理の内容を競い合う風潮が出来ることで料理の水準が一段と向上することが見込まれることを丁寧に説明すると、諸手を上げて賛成してくれたのだ。
ただ、懸念したのは順位付けである。ここが公平になるように工夫しないと問題なのだ。
果たして、予想した通り質問が出た。
「意見!美味い仕出し膳の順位付けが公正に行われるのか」
この意見に皆はざわついた。
同意!の声がほうぼうから上がる。
この予想されていた質問については、料理番付の企画のことなので千次郎さんが答えることになっている。
「皆さん、これも大相撲の取り組みと同じように考えています。行司役の面々が、複数の料亭に仕出し膳を依頼します。そして、裏方が膳と料亭の関係を伏せた状態にして、各行司に比較する複数の膳を出し、各行司が優劣の判定を下します。この星取り表の結果で順位を決めます。なお、行司から膳を出す依頼ですが、番付取組のための仕出し膳の依頼であることは、料亭側にも伏せますので、いつもの通りの仕出しをご用意ください。
なお、星取りの結果と、優劣判断の決まり手・つまり、この料理の何が問題で何が良かったかについて、内容は仕出し膳の作り元へお知らせしますが、判定した行司名は伏せさせてください。
想像するに、細かくお知らせすると、取り組みの毎に行司軍配に物言いがつくこと、間違いありません。
また、初回なので行司となる料亭は指定させて頂きましたが、東西3役になられた料亭の方は、次回番付の行司も兼ねて頂ければと考えております」
大方の料亭は、一応納得してくれたようでざわめきが収まる。
「意見!出された仕出し膳の費用は誰が出すのか」
予想されていた質問の中で一番厳しいのが飛んできたが、ここは座の仕組みにかかわる所なので善四郎さんが答える。
「座の行う企画なので、半額位は座が持つ。後の半額は行司に出してもらうことを考えている。
そして、座の運営費用についてだが、各々の料亭は仕出し膳毎に1文を座に納めてもらいたい。今日のこの仕出し膳は120脚あるので、基本的に八百膳は120文を座に納める。
それ以外に、焜炉を審査・登録する場合に、申請者は審査料・登録料を座に納めることとしたい。ただ、座に入っている料亭が萬屋さんから焜炉を買う場合は、若干安く売って頂けるとの確約をもらっている。他にも特典を考えている。
こういった規約について、案を刷ったものを作っているので、持ち帰り検討して頂きたい。
質問や意見があれば、後程受け付けてその内容を吟味しよう。そして、後日配布される規約に賛同頂ける料亭は、座に加わるということにしたい」
まだザワザワとしていて、いささか強引な幕引きではあるが、どうやら決着がついたようだ。
会合が終わり、皆が退出して膳の片付けに入ってから、料亭関係者以外の別な席にいた面々が客殿の脇部屋に集まった。
「まあ、おおむね合意が取れた格好ですな。これでいよいよ卓上焜炉の許諾制が始められそうではありませんか。
しかし、後半に説明した『料理番付』はなかなか面白い。お奉行様に報告したら、きっと『ワシも行司の一人に加えろ』と言い出すに違いありませんぞ。お奉行様が行司に入らないなら、是非自分を加えてくださいよ」
戸塚様が善四郎さんに迫る。
これは予期されていた反応なので織り込み済なのだ。
こうして、卓上焜炉をより確実に売るための仕組み作りという重荷は、義兵衛の肩から離れていったのだ。
一番の課題であった仕出し膳料亭の座を造るというところを無事終え、どうやら後を萬屋の面々に丸投げして事を終えるのでした。
次回は、送別の宴会(?)風景を描いてみました。
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