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江戸市中の料亭を集めて <C2163>

話しが4月27日まで数日飛びます。

■安永7年(1778年)4月27日(太陽暦5月23日) 浅草・幸龍寺


 八百膳さんの声掛けで、江戸市中で仕出し膳を出す主な料亭が、昼前の早い時間に浅草・幸龍寺の客殿に集合した。

 また、萬屋も、焜炉を2組以上購入した料亭に、ここへの出席をお願いして廻った。

 その結果、ここに集まった料亭は八百膳も入れて74軒にも及んだ。

 ほとんどの料亭は主人が来ているが、女将や板長を同伴している料亭もあり、出席者の総数は120人を少し超える規模となった。

 だが、さすがに幸龍寺の客殿は広く、120席の膳を並べても充分余裕がある。

 曲淵様が出席していた法事がいかにこじんまりとしたものだったのかを、改めて感じさせることになった。


 120席もある各人の席の前には、加登屋さんが考案した『焼き魚の焜炉炙り』と、八百膳さんが手を加えた『豆乳汁野菜煮』を含む仕出し膳が誂えてある。

 この席には、同心・戸塚様と配下の中間ちゅうげん者が2名、千次郎さん・忠吉さん・お婆様という萬屋経営層、焜炉を製造している辰郎さん・辰二郎さん、そして義兵衛も重要な関係者として料亭関係者とは別に席が与えられている。

 もちろん、瓦版の版元と記事を作る連れの二人組も参加しており、この様子を瓦版にすべく記録を取っている。

 記録という点では、中間者・忠吉さんと、八百膳から来ている番頭が文机に向ってそれぞれ書き取りする格好になっている。


 実はこの集まりは、仕出し膳に使用できる焜炉を選別してお上に許可してもらうための前提となる「座」、つまり組合を設立する目的で、萬屋と八百膳が協力して関係者を集めた集会なのだ。

 義兵衛が積極的に協力できる期限が4月末ということから、千次郎さんが八百膳・善四郎さんに強く働きかけ、強引に場所を押さえ、八百膳の立場をフルに使って主だった料亭を強引に集めたのだった。

 この会合を開くために、萬屋の面々・善四郎さん・義兵衛はここ数日走り回っていたのだ。

 ほぼ全員が着座すると、善四郎さんが挨拶を始めた。


「皆様、お忙しい中、また突然かつ強引にお集まり頂き、大変失礼致しました。この会の発起人の一人である浅草山谷の料亭・八百膳の善四郎です。挨拶は短いほうが良いとも言われておりますので、早速本題の趣旨説明をさせて頂きます」


 まずは、背景となる状況説明から入った。


「今月頭から、卓上焜炉を使用した料理がいくつかの料亭から提供されておりますのは、皆様すでにご存知のことと思います。この卓上焜炉を使うことによって、料理、特に仕出し膳の様相は大きく変わることが予期されます。

 しかし、この焜炉は食事中に火を使いますので、火事の火種となる可能性が懸念されます。江戸市中は数年に一度大火に見舞われており、小規模な火事も入れれば、毎年・毎月のように火事が発生しております。そのため、お上から仕出し膳で卓上焜炉を使用禁止される可能性があります。いや、ここで何もしなければ、卓上焜炉を火元とする火事が起きてしまい、その結果、間違いなく卓上焜炉は一律禁止となるでしょう」


 この火事になるということが、料亭にとってどれほど厳しいものなのか、という認識が浸透するのを待つ。

 江戸での放火は、即縛り首になるほどの重罪なのだ。

 たとえ失火だとしても、その責任が極めて重いのは言うまでもない。


「しかし、そうなっては新しい料理の可能性に蓋をしてしまいます。お客様に料理を召し上がって頂く料亭として、この可能性に蓋をされてしまうことは残念でなりません。

 そこで、この卓上焜炉を売り出している木炭問屋の萬屋さんから提案がありました」


 ここで、発言者が善四郎さんから千次郎さんへ切り替わる。


「日本橋・具足町で木炭問屋をしている萬屋千次郎と申します。この中の多くの方には卓上焜炉をお買い上げ頂いており、御礼申し上げます。萬屋が売っております焜炉は若干値が張るものの、燃えている炭がこぼれないように構造面でも注意しており、更に火伏の神様を祭る神社にお祓いしてもらっています。このように萬屋が扱うものは火事にはかなりの配慮をしております。しかし、こういった配慮に欠ける安価な焜炉を使い、結果として火事を引き起こす手合が生ずることを懸念しています。料亭の中であればまだしも、仕出し膳の場合は焜炉の扱いに慣れていないお客様の所や、いかにも危ない場所で使うこともあるでしょう。

 こういったことを踏まえて、火に対して配慮した焜炉を仕出し膳では使って頂きたい、というのが萬屋からのお願いとなります」


 ここで、千次郎さんから善四郎さんに交代する。

 これは、萬屋が売る焜炉を買えと言わんばかりの話に聞こえることを防ぐためである。


「そこで、仕出し膳で使って良い焜炉を予め選別しておき、御奉行様に使用しても良い許可を頂いておくという方法を考えました。

 要は『仕出し膳料理には、予め届け出がある焜炉しか使わない』ということなのですが、これを守る側としての皆さんを縛ることになりますので、意識をあわせて頂く必要があったため、今回参集頂いた次第です。ここまでの話で、何かご意見のある方はおられますか」


「意見!それは、仕出し膳で使う焜炉は萬屋さんのところで買え、ということですか。萬屋さん以外のところから買った、もしくは作った焜炉は仕出し膳に使えない、ということですか」


 予想されていた通りの意見であり、善四郎さんが落ち着いた声で答える。


「今の時点で御奉行様に見て頂いているのは、萬屋さんが売っている3種類の焜炉だけです。また、今のところ世の中で出回っている焜炉で萬屋さん以外のところで販売している店はありません。しかし、萬屋さん以外の店でもこういった卓上焜炉を売り出してくる可能性があります。なので、萬屋さん以外のところで販売する焜炉を使いたい場合は、火事に対する安全性を審査するところへ予め申請してください。

 申請は、販売店からでも、それを使う料亭からでも、焜炉を作っている製造元のいずれでもかまいません。ただ、審査にかかる費用は申請者に負担頂くことになります。

 安全性の審査は、火消し組・焜炉を使う料亭・売る店・作る職人のそれぞれの代表を都度集めて吟味し、その経過・結果を公開します。審査で使っても問題なしとなった焜炉は、町奉行様に使用許可を出して頂くようお願いをする運びとなります。御奉行様からのお墨付きを得てから、仕出し膳に使うようにしてください」


「意見!焜炉の審査・吟味は公平に行われますか」

「意見!焜炉を審査してもらうときにかかる費用はどれくらいですか、また審査期間はどれくらいですか」

「意見!お墨付きのない焜炉を使った場合はどうなりますか」

「意見!仕出し膳以外、料亭でだけ使う焜炉の扱いはどうなりますか」


 最初の意見に答えた後は、様々な意見がどんどん出てくる状態になって、場は混乱を極めた。

 そして、おおよそ40人くらいがそれぞれ思うところの意見を言ったであろうか。

 だが、意見は全部想定されていたものであり、これを善四郎さんは整理しながら、また時には千次郎さんも回答者となって、それぞれの意見を丁寧に捌いていくうちにだんだん静まってきた。


「概ねの意見は伺いました。この場で即発することが出来なかったご意見もあろうかと存知ます。また、これだけの人数が一同に集まると中々言えない・けないということもあると考えます。

 そこで、各地域で料亭の数に応じて1~2軒の料亭を代表として互選頂き、地区毎にこの制度の説明をしていきたいと考えます。また、全体としては各地域の代表を参集して意見を擦り合わせるという格好にしたいと考えております。

 さて、皆様。ここいらで、議論を一旦中段して目の前の仕出し膳を頂くというのはどうでしょう。続きは、食事後に再開するという形でも良いと考えます」


4月23日から前日の26日までの4日間、萬屋・千次郎さんは八百膳・善四郎さんと一緒に根回しのため駆け回っていたのです。義兵衛も同席できるときは同席していたのですが、ここいらの話しは思い切ってSkipしてしまいました。

次回は、江戸市中の有名料亭を集めた中で、卓上焜炉料理を披露します。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 野暮な突っ込みで申し訳無いですが、放火は市中引き回しで火罪(火焙り)です。 失火は10~30日の押込で規模が大きいと本人以外に地域の責任者が連帯責任で押込になりました。
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