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お殿様への説明 <C2161>

サブタイトル通り、事の次第をお殿様へ直接報告します。

多くある貧乏旗本の一つなので、あまり形式張ることはしない、というのが実態です。

 江戸城下にある旗本・椿井家屋敷の書見の間で、お殿様と若様を前に、養父・細江紳一郎様が木炭加工販売による殖産がきわめて順調で多大な利益を上げていることの報告を行った後、義兵衛が直近の出来事である懸念事項の報告を始める。


「卓上焜炉について、火災防止の観点から仕出し膳に使ってもよい焜炉をお上より許諾してもらうことを考えました。これを推し進めた結果、一昨日、料亭・八百膳さんを通じて、法事の宴席横という場ではありましたが、北町奉行の曲淵甲斐守様とご挨拶を交わすことができました。また、配下の同心・戸塚順二様を紹介頂き、焜炉の許諾制度に関して御知恵を借りることとなりました。形の上では、萬屋・千次郎さんが表に立ってはおりますが、お奉行様と同心様は、椿井家の家臣が同席という形であったにせよ、萬屋が盛況となっていることに僕が深く関与していることを認識されたことと思います」


 まずは、奉行職にある曲淵様に知己を得たことの事後報告である。


「八百膳の手引きで北町奉行の曲淵殿に挨拶をした、ということで良いな。そこではどのようなことを話したのじゃ」


「一括して仕出し膳で卓上焜炉を禁止されないような方策・構想を説明しました。

 具体的には、仕出し膳を提供する料亭で座を作ること。お上より許可された焜炉だけ仕出し膳で使うことと、その方策です」


「ほほう、いかに明晰な奉行であっても、その場では決着が着かん話であろう。ましてや法事の脇席では、場所も時間もなかろう」


「その通りでございました。なので、配下の同心・戸塚様を紹介頂き、後日詳細を詰めるという話になっておりました。その、後日というのが昨日のことで、その席で大事が漏れたというのが今回急ぎ報告したかった内容となります」


「大事とは、どのことを指しておる。あぁ、ちと席が遠い。こちらまで、もそっと側まで来い。この場は、勉学の場ゆえ寺子屋と同じじゃから、遠慮は要らぬ。情報や知識はあるところから無いほうに流れるものじゃ。紳一郎も、正面まで来よ」


「大飢饉のご神託の件でございます。同心・戸塚様の聞き取りの際、萬屋主人・千次郎さんが『近々大飢饉になるという神託を受けて、椿井家が対策に動き始めている』という話を出してしまいました。同時に、神託の出所として『金程村近くの高石神社のお告げ』を話しております。

 また、僕から、お殿様はこの神託の内容をご存じの上で『人心を惑わしかねない神託なので、滅多なことで口に出してはならぬ。また、この木炭加工で得た銭は、人の心を神が試しておるものと理解せよ。おのれのためだけに使うと、それは神がきちんと見ておる。見苦しい使い方はするでない』と申され領地の主だった名主へ伝えていると説明しました。この江戸で飢饉の噂を広めようという意図はないことはご理解頂けたかとは思っています。

 しかし、対策の元手となるのが、木炭加工販売の代金で、これが結構高額になるため、いろいろと横やりが入ることを懸念しております」


 きちんと整理できていた訳ではないので、グダグダになってしまい聞き苦しかったかも知れないが、大体こんな内容を話して、義兵衛から伝えるべき事柄は一応終わった。


「うむ、相判った。

 ところで、その法事で出た焜炉料理とは何じゃったのかな。精進料理であるなら『しゃぶしゃぶ』ではあるまい」


「はい、『豆乳汁野菜煮』でございました。八百膳さんから『精進料理として使える焜炉料理はないか』と事前に問合せがあり、未完成ではありましたが『湯葉鍋』をお教えして差し上げましたが、こちらを膳上の他の料理とあわせるため手を加えて独自に工夫したものにしておりました」


「実は、卓上焜炉料理の話が城の控えの間ではえらく評判なのだ。中にはこっそり瓦版を懐に忍ばせて、得意げに話をするものも居る。焜炉と小炭団が当家の村で作られていることが瓦版で知られてから、皆面白いようにワシの話に喰い付きよる。

 『湯豆腐』も、萬屋の店先でなにやら面白いことをしておるそうじゃの。同じ『湯豆腐』でも、工夫次第で色々な味や食感があると料亭の板長に説教しておる、しかも木炭問屋が、と大笑いじゃ。

 前に弟の甲三郎が『江戸市中を金程印の小炭団で埋め尽くして見せよ』と発破をかけたぞ、と大笑いしながら語っておったが、どうやら笑い話なぞではなく、実際にその通りになってきておるのがよく判る。

 向島で流行りかけている『どじょう鍋』の噂も聞こえておるぞ。今度、一度馳走せい」


 これは、加登屋さんが登戸に帰る前に協力をお願いするしかなさそうだ。


「はい、これから準備を致しますので、数日お待ち頂きたくよろしくお願い申し上げます」


「ところで、今『湯豆腐』『しゃぶしゃぶ』『どじょう鍋』は瓦版で知れ渡っておる。それ以外に、これから世に出てくる焜炉料理があれば、どのようなものか教えてくれんかのう。城の詰め所で、これから瓦版に出る料理にどのようなものがあるか、わざわざ問合せに来るものもおる」


「先に、八百膳との関係で『湯葉鍋』『豆乳汁野菜煮』という名前だけ紹介しましたが、これ以外にも『焼き魚の焜炉炙り』という料理を目にしております。今の所、僕が目にしている卓上焜炉料理はこれだけです。おそらく、近々瓦版になるでしょう。この料理も、こちらで食することができるよう準備させて頂きます」


 そう言って、それぞれの料理の概要をお殿様に説明した。


「また前のように珍しい美味しいものを頂けるのですか。それは楽しみですね」


 若様が無邪気にはしゃいでいる。


「これは実に有り難いぞ。他の旗本は、お忍びで料亭に行くしかないところ、ワシは屋敷で仕出し膳を味わうことができる。これは望外の喜びじゃ。有能な家臣がおると、実に助かる」


 若様と同列に無邪気に喜ぶお殿様を見て、それを同僚に自慢することで、敵対関係を増やす可能性があることを心配してしまった。

 このことは、紳一郎様にそれとなく伝えておく必要があるだろう。


「本日のご進講はここまでにしたいと存じます。義兵衛が約束した焜炉料理については、準備ができ次第、前回同様に昼食にて披露させて頂きます。本日はご清聴頂き、誠にありがとうございました」


 紳一郎さんと義兵衛が元の位置まで下がって平伏すると、お殿様と若様は書見の間から出て行った。

 義兵衛は早速紳一郎さんに話しかける。


「お殿様が、お城で焜炉料理のことを吹聴すると、これから先の猟官運動に影響しないかが心配です」


「その点は心配ない。ああ見えても、お殿様は随分慎重なお方じゃ。このたびの卓上焜炉の盛況振りを大層喜んでおるが、外ではそのような素振りを一切見せてはおらん。登城の道行きでご同僚の方と遭われた時も、焜炉のことを尋ねられたが、なかなか謙遜したもの言いをしておった。

 金廻りが良いことを悟られると、借財の申し込みが多くなるのでな。

 ところで、椿井家の財務状況の調べをそろそろ手伝ってはくれんか。昨年の勘定帳の締めをつい2ヶ月前に終わらせたばかりじゃが、その元帳の点検をして、今の状況の理解から始めて欲しい」


「はい、判りました。しかし、萬屋では焜炉販売をより確実にするための企てを、まだ抱えております」


「そちらに尽力しているのも判るが、いつまでも義兵衛頼みでは萬屋も困るのではないか。大枠を話してあるのであれば、千次郎とてたわけでもあるまい。その筋にそって動かすこと位はさほど難しくもあるまい。そもそも、萬屋はこれからもずっと萬屋として主人が仕切っていくのだろう。義兵衛は引きどきを考えておるのであろう」


 実際のところ、萬屋に世話になりながら、この状態が一時的なものであることをすっかり忘れていた。


「おっしゃる通りです。萬屋での帳簿の調べもかなり進んでおりましたので、確かに区切りの時期かと存じます。千次郎さんとも話を詰めてきます。ただ、北町奉行の曲淵様と同心の戸塚様との関係は整理するのが難しいので、折々どうすればよいかご指導ください」


 こう話をまとめ、義兵衛は江戸屋敷を後にした。


報告も終わりましたが、養父・細江紳一郎様から萬屋での逗留を終わらせるようにやんわりと諫言されました。そして義兵衛は萬屋からの撤退準備に入ります。というのが次回です。

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