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これが年貢の納め時、かな <C216>

 辻売りで披露した鉄瓶を載せて湯を沸かすという事まで再現させられている。

 仕掛けを理解したうえで、空気穴を開け、団扇で扇いで火力を強めた状態と閉じて弱めた状態も見せた。

 鉄瓶の口から湯気が立ち始める。


 こういった和やかな流れの中で、不意にお殿様が声をかけた。

「のう、百太郎よ。今日はこれを見せにきただけではあるまい。

 登戸村の辻売りで、何事か存念があるのじゃろ。

 遠慮せず申してみよ」

 百太郎は、長椅子から降り、その場に跪くと声を上げた。

 義兵衛も父のところまで後ずさりして並び、同様に跪いた。

「恐れながら申し上げます。

 この練炭、火鉢について、かなりの価格で売れることが判りました。

 そこで、木炭同様に金程村から特産品として売り出しさせて頂きたくお願い申し上げます。

 また、今米で納めております年貢についても、木炭と同様に、この練炭・火鉢の掛売り分で代納させて頂きたく、お願い申し上げます」


 濡れ縁で様子を見ていたお殿様の弟・甲三郎様が口を開いた。

「兄上、年貢米を換金する札差商家の番頭が昨年『金程村の掛売り金は米価にかかわらず扱えるので大変ありがたい』と申しておりました。

 昨年豊作で米価がかなり下がっておりましたので、このような話も出たのでござりましょう。

 金程村からの年貢は、すでに3分の1位が掛売り金でまかなっております。

 これを増やしたいというのは、当家にとっても、商家にとってもありがたいお話かと思いますぞ」

 この甲三郎様は、お城勤めがないためいつも細山村の館にいて、お殿様の代理を務めている方だけに里の内情に詳しい。

 きっと金程村の苦しい台所事情を察して、応援してくださるものと好意的に解釈できる。


 甲三郎様が続ける。

「蔵米取の武家は、大樹様(=徳川幕府の将軍様)より年3回に分けて俸給米を下されております。

 都度、札差を入れて掛買いを清算し、現金収入があります。

 これに比べ、領地持ちは年末に1回だけで手元不如意ということもおき得ます。

 もし、商家に当家分として相応の掛売り金があれば、江戸のお屋敷でもこれを引き出すという方法が考えられ、かなり楽になります」

 お武家様も意外に苦労していることが判る。

 きっと、この甲三郎様が椿井家の財政全般を預かっているのだな、と傍目にも判る。


「その鉄瓶の白湯を喫したい。

 だれぞ、皆の分も含めて湯のみを持ってまいれ」

 お殿様の前でガチガチになって固まっている義兵衛の内側に、こう注意した。

「しっかりしろ。

 今、お武家様の椿井家が、米主体経済から金経済に切り替わろうとしている瞬間を目にしているのだぞ。

 経理の実務を担う甲三郎様はもう金経済の時代であることを実感している反面、お殿様はまだそこまで考えが至っていない。

 考える時間稼ぎのために白湯のパフォーマンスを入れたに違いない。

 さあ、出番だぞ」


 どこからともなく、お盆に小ぶりの茶碗を載せた爺が庭に現れた。

 俺の注意で我に返った義兵衛は、火鉢にかかっている鉄瓶を取り、爺の持ってきた湯のみに白湯を注ぐ。

 4杯注いだ所で鉄瓶は空になった。

 爺は茶碗を義兵衛に預けると、鉄瓶を受け取り水を入れにいった。

 義兵衛は、白湯の入った茶碗を真っ先にお殿様に差出し、ついで濡れ縁の甲三郎様、長椅子に戻り与忽右衛門さん、そして平伏している百太郎に差し出した。


 毒見という感じで真っ先に百太郎が口をつけると、お殿様が続けて白湯を呷った。

「うむ。美味いのぉ~。確かに辻でこの白湯を飲まされると、高値でも購ってしまうのも無理はない。

 さて、金程村の年貢は、掛売り分を当面一両一石で換算して納めることを認めよう。

 ただし、掛売り金が不足する場合は、やはり米で納めてもらうしかない。

 そこは承知しておいてもらいたい。

 年貢分を超える掛売り分は、村の取り分でよい。

 あと、一両一石は今のところの換算で、江戸の蔵元で行われる札差を見て改めることもあると心得よ」

 経理実務は甲三郎様に丸投げと思っていたが、お殿様も意外に目端が利いていることに驚かされた。


「ありがとうございます」

 兄・孝太郎も長椅子から地面に降り、百太郎と一緒になって土下座している。

 義兵衛もあわててその場に蹲り、土下座した。

「ああ、もうよい。そんなに土下座することはない。

 この約定は後ほど書面にして村に届けるので、まずは長椅子に戻りなされ」

 一番大きな山を無事越えることができた。

 よくよく考えれば、誰も困る話ではない。


 水の一杯入った鉄瓶と折りたたみの腰掛2丁を爺が持ってきて庭に広げた。

 義兵衛は鉄瓶を受け取ると、また火鉢にかける。

 この間に、濡れ縁から甲三郎様が庭に降りてきて、腰掛に座り百太郎に尋ねた。

「掛売りを増やして米の年貢に代えてしまおう、という件は誰の発案なのかな」

「これも、ここにおります義兵衛が言い出したものでございます」

「これ、義兵衛。

 練炭や火鉢のことも含め、このようなことは、子供が思いつくようなものではない。

 だれぞに教わったのか。直答せよ」

 実は、憑依した俺・竹森貴広の未来知識なのだが、今それを明らかにする訳にはいかない。

 事前に想定していた嘘話で取り繕うことを命じた。


「もともとは、売り物にもならない木炭の切れ端を手にしたことが始まりです。

 この木炭がいくばくかの金になれば良いと思ったところ、一度粉にして泥団子のようにまとめれば、立派な木炭にも引けを取らないものができるのではないか、と考えました。

 後は、金の使い道ということで、自然に思い浮かべました。

 もっとも、この話を具体化するには父への事前の説明と承諾が必要なので、そこに一番心を砕きました。

 従い、ほんのちょっとの切掛けは作りましたが、発展させてこのような形にできたのは、父からの働きが大きいと感じております」

 上手くできた嘘である。

 しかし、この時点ではお殿様と甲三郎様を一応納得させたようで、それ以上の突っ込みはなかった。


 多分、この後に続くであろう金程村の変化で呼び出された時には、本当のことを話さざるを得ないであろう。

 何はともかく、金程村の義兵衛の存在を領主に認識させることができたのが大いなる収穫と言えよう。


「この火鉢と、もう一個の練炭は、このまま頂いてよいのかな。

 今着いている火は、屋敷のだれぞが消えるまで見張っておるからこのままでよい。

 今回は実りの多い申し入れであったのう」

 そう言うと、お殿様とお殿様代理の甲三郎様は縁側に上がり、奥へ引き込んだ。


 白井与忽右衛門さんに先導され館を辞去すると、一行はそのまま白井家の門を潜った。

 囲炉裏端で大人達の談笑が始まる。

 昨日もここでした登戸村での辻売りと得た銭の話しも繰り返されたが、そこに今日の義兵衛の立ち振る舞いが入った。

「百太郎さんは良い息子を持たれた。

 家の喜之助のお目見えでもあったが、すっかり義兵衛さんの売り込みになってしもおたのぉ」

「いえいえ、家の孝太郎も同じで、すっかり影が薄くなってしまいました。

 義兵衛は次男坊なので、どこかで取り立ててもらおうなんて下心が見え見えでしたかな。

 それより、次世代を担う長男にはもっとしっかりしてもらわないと、と改めて思いましたぞ」

 とても、居心地が悪いので、端のほうに隠れるようにして時が経つのを待った。


 やっと白井家から解放されたのは、その日の昼過ぎだった。

 金程村に帰る道すがら、義兵衛を経由して父・百太郎にお願いをした。

「木炭加工を本格化するにあたり、村の中に池と水車を作りたい。

 場所はだいたい思い当たるところがあるので、構想の説明をしたい」

「多分、何かを言い出すことだろうと思っていた。

 この際よかろうとしか言いようがないな」

 上機嫌な父は誠に気味が悪いくらい素直だった。


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