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加登屋さん渾身の料理 <C2158>

加登屋さんの渾身の料理に込めた思い、練炭への思いを語ります。

そして、それにつられてお婆様が...

 加登屋さん渾身の『焼き魚の焜炉炙り』は確かに面白い料理だ。

 何人もの毒見役を通してやっと口にできる焼き魚は、冷えて固くなって美味しいものではなくなっている。

『目黒のサンマ』は、そういった最上位にある方の落語の話ではあるが、実際その通りに違いない。

 そこへ、この焜炉料理は冷えた料理に膳の上で直接熱を伝えるものなのだ。


 真っ先に食付いたのは善四郎さんだった。


「加登屋さん、これは膳料理の革命ですぞ。焼き魚は冷えて固くなってしまうため、小ぶりの薄く切ったものしか出せませんでした。しかも、脂が抜けたようになってパサパサのものしかなかったのです。だが、これだとその場で炙ることができる。これは、ありがたい。坂本や武蔵屋の看板料理は直ぐに真似はしないよう言われておりますが、これは見ての通りなので八百膳でそのまま出させてもらって良いのでしょうな」


「まあ、実際に見た通りなので、隠しようもありませんな。八百膳さんの手でこのあぶり料理が広がるというのであれば、満足この上もありません。この料理が江戸市中で広がるのをワシの目で直接見ることは叶わんのでしょうが、まあ人伝手にでも聞こえてくれば嬉しいですぞ。もうじき4月も終わりますが、萬屋さんとの約束では今月一杯の応援というお話でした。この炙り料理を造れたことで、義兵衛さんには遥かに及びませんが、多少なりとも萬屋さんのお役に立てることになったと思いますよ」


 そうか、なにか成り行きでこうも自然になってしまっているが、加登屋さんは義兵衛の代わりに江戸へ拉致られたのだ。

 登戸の店も、手代に一月以上預けっぱなしになっている。

 千次郎さんはあわてた。


「加登屋さん。そう慌てなくても、もっとずっと居てください。店頭の実演販売も、明日にでも瓦版が出ますよ。もう、萬屋の看板みたいなものです。待遇に不満があればおっしゃってください」


「いや、元々この萬屋の陣頭指揮をお願いした先は、義兵衛さんでしょう。わざわざ登戸まで網を張って出張ってこられて。義兵衛さんをどうしても一度村に戻す必要があったので、身代わりとしてこちらに寄せてもらったのですよ。

 卓上焜炉の許認可制度ができそうな今の具合なら、もう萬屋は安泰でしょう。秋の練炭・七輪決戦を待たずに、押しも押されぬ大商店になりますよ。

 わしは、ここで江戸市中を代表する料亭の亭主や板長と料理のことで色々話すことができて、本当に楽しかったのです。明日にでも出る店頭での実演販売の瓦版で色々書かれているでありましょうが、自分が思いつけんかった料理のことがワシの発案かのように載っている。その一点だけは、ことの大事を守るために承知はしたものの、やはり料理人としての矜持として重い。なので、メッキが剥げる前に退散したほうが良いと思ったのですのじゃ。あと10日ほど店頭で実演をすれば、もう充分じゃろうて。

 ああ、この『焼き魚の焜炉炙り』も瓦版にするよう売り込みましょうよ」


 こういった食事時ならではの本音だらけのやりとりを戸塚様はじっと観察していた。

 誰も明言はしないものの、この萬屋の盛況を作り出したのが義兵衛であることは明白だった。

 おそらく、焜炉の許諾を巡る構図も、萬屋を盛況な状態にする目論見の中の一つなのであろう。

 新しい料理も、実演販売するということも、それからまだ途中になっていて説明していない目論見もあるに違いない。

 すると、他にはどんなことを企ているものやら、そこから聞いてみるしかあるまい。


「加登屋とやら、少々教えて貰えぬか。『秋の練炭・七輪決戦』と、何やら穏やかではない言い様だが、何のことかな」


 加登屋さんは余計な事は言わないという事前の決めに反して口を滑らせたことに気付き、はっとなった。


「はい、この小炭団は前哨戦のようなもので、木炭販売の主力はやはり秋から冬です。そのため金程村が生み出した商品が、練炭と七輪です。これを萬屋さんから秋に売り出すという話と最初は聞いております。この練炭の辻売りが、ワシと義兵衛さんを最初につなげたものです」


 加登屋さんは、辻売りのこと、炭屋番頭の中田さんのこと、百太郎が謝りにきたことなど、義兵衛にまつわる一通りの長い話をした。


「そして、義兵衛さんの狙いの本命は秋口の七輪・練炭の大量販売です。それで得た金で年貢を納め、また米を買い、村人が腹一杯に食べさせたい。椿井家に召し抱えられる前までは、そう聞いておりました。もっとも、この盛況ぶりでは前哨戦の小炭団で10年分位の年貢分はとっくに稼ぎ出しているようですがね」


「うむ、ここに居る人となりが良く解る話じゃった。加登屋、そちも稀有な人物じゃのう。黙っては居れんかった、のじゃろう。

 この『焼き魚の焜炉炙り』は、ほんに美味い。今の加登屋の真心がこもっておる」


「戸塚様、このお婆も申し上げたきことがございます。皆で示し合わせて言わぬようにしておりますが、……」


 千次郎さんが割り込んで遮った。


「お婆様、黙らっしゃい。

 誠に申し訳ございませんが、善四郎さんは、ちょっと茶の間でお待ち頂けますか。

 忠吉、人払いを厳にしてくれ。お婆様、せめて戸塚様以外は知っているものだけの所で、にしてください」


 お婆様が萎れている。

 奥座敷が静まりかえると、戸塚様は何が始まるのかと好奇心丸出しで全身が耳になっている。


「この千次郎より説明いたします。たわごとと思われたらお忘れください。

 義兵衛様は、金程村に下された神託によりことを始めております。

 それは『近々未曾有の大飢饉がこの国を襲う』ということで、村人が餓えないようにするだけの米を用意するため、必死で知恵を絞っているのでございます。

 ただ、大飢饉という噂が独り歩きしますと、幕府の御膝元おひざもとを惑わす輩として萬屋だけならまだしも、大義のために働かれておる義兵衛様にも迷惑がかかります。なので、あえてこの場では飢饉の話はせぬように、と申し合わせておりました。この噂については、いろいろと不審に思うところもあったので調べましたところ、金程村近くの高石神社がこの飢饉の話の出どころのようです。

 御奉行様の所にもこのような噂が届いておりますでしょうか」


 千次郎さんは、上手く高石神社が出どころの噂につなげて本当のことまで辿りつけないようにしてくれた。

 咄嗟とっさの対応としては上出来だ。


「義兵衛、そのことは誠か」


「その通りでございます。実はこの話は、お殿様の椿井庚太郎様はすでにご存じです。ただ『人心を惑わし兼ねない神託なので、滅多なことで口に出してはならぬ。また、この木炭加工で得た銭は、人の心を神が試しておるものと理解せよ。おのれのためだけに使うと、それは神がきちんと見ておる。見苦しい使い方はするでない』と領有している村の名主には触れを出しております。そして、この大飢饉を乗り切るための拝領地運営をなさろうとしています。

 村の神託と言っても、まだ公言できるような話でなく、ただ噂なのかも知れません。しかし、飢饉に対する備えは無駄にならないので、むしろどんどん進めるべきでしょう。

 とは言え、お殿様も、慎重に進めるおつもりのようです。このため、僕は5月からお殿様の傍で、お家の経理を見る手伝いをする予定です」


「なるほど、そのための救荒作物の薩摩芋とじゃがたら芋、米の長期保管のための赤唐辛子であったのか。辻褄はあっておるの。そして、その大義のために金を稼いでおり、小炭団・卓上焜炉は前哨戦、本命が秋口の練炭・七輪か。練炭・七輪とはどのようなものか説明はできるか」


「その前に、飢饉の話はとりあえずもうよろしゅうございますか。この話を出すことが無ければ、善四郎さんに戻ってきてもらったほうが良いと思います。あまり長いと不審がられますので」


「そうか、それもそうじゃ。ではこの後からは飢饉のことは伏せようぞ」


 忠吉さんに所払いの解除と善四郎さんに戻って頂けるよう指示した。


「この統制は見事なものじゃ。萬屋は中身の人もしっかりしておるのぉ」


 戸塚様は感嘆の声を上げた。


前半は料理の話でしたが、後半が千次郎さんが飢饉の話しを明かしてしまいます。

次回は、練炭・七輪の話しをします。

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