戸塚様の聞き取りの意図 <C2157>
なぜ価格構造にこだわるのか、意図がわかってきます。それから、加登屋さんが新しい焜炉料理を披露します。
戸塚様は、突然『深川製焜炉』50個一組の金6両について、どこにどれだけ配分されるのかを尋ねてきた。
この問いの意図が判らないまま、想定していた義兵衛ではなく、千次郎さんが答える。
「本来は3種類の焜炉毎に定価の設定がありましたが、当面の需要状況から見て一律の販売価格を設定しています。深川製焜炉は一番安価に作られているので、利益は結構大きいです。
焜炉50個で小売価格は金3.75両、つまり15000文です。その内、これを作っているところへは金1両、つまり4000文を支払います。そして、秋葉神社へは1500文を支払います。それ以外に、製造仲介で200文かかります。残りの9300文が萬屋の利益の焜炉分です。
合わせている角皿50個の小売価格は金1.5両、つまり6000文です。その内、これを作っているところへは金一両、つまり4000文を支払います。残りの2000文が萬屋の利益の角皿分です。
小炭団は500個つけていますが、この小売価格は金1両、つまり4000文です。その内、3000文が金程村の取り分で、萬屋は1000文の利益です。
小売金額を全部合算すると、金6.25両ですが、まとめてお買い上げ頂けることを見込んで萬屋の利益1000文をあきらめています。従い、深川製焜炉では、金2.825両、つまり11300文が利益です。これが萬屋製だと利益は金1.875両、つまり7500文となります。これが金程製だと、金1.25両、つまり5000文が利益となります。
この利益の中には、最初にことを起すための費用や、神社で受けた御祓いの費用などは含んでいません」
どうやら、お上への対応は隠すことなく適切に正しく報告する、というのが千次郎さんの大原則のようだ。
「深川、萬屋、金程という種類で利益幅が随分違うが、予定していた1個の定価はどうなっている」
「はい、深川製は160文、萬屋製は300文、金程製が200文の見込みでした。その場合の利益は、各々46文・110文・60文です。ただ、ものが火を扱うものという認識から販売先をこちらで判っておく必要があるという認識で、1個でのバラ売りについては今は考えておりません。大量に売る深川製については、裏側に記号をつけ、どの記号のものが誰の所へ渡ったのかを控えております」
概ね利益は小売価格の3割程度に設定している。
また、バラ売りしない方針だが、焜炉の寿命での買い替え需要は早晩発生する。
そのためには、今の騒動がある程度収まれば、深川製・金程製は順次予定価格に向って値下げしていくのが良いだろう。
「こりゃボロい商売ですな。焜炉500個と小炭団2万個をまとめて100両で買い入れできた時は、おおよそ18両分値切れたと思ってホクホクしておりましたが、それは大体焜炉についての萬屋さんの利益分を値引いたのですな」
焜炉商売の原価が見えたことで、横で聞いていた善四郎さんが思わず声を上げたのだ。
その通りで、焜炉分の利益21両から18両を値引きした格好で、実のところ八百膳さんとの取引で萬屋は3両しか利益が出ていない。
いや、2割近くも値引きしたのに、それでも原価割れしていないというべきか。
「普通はあまり教えてくれないような事まで説明頂き、大変助かる。
このように利益が出るのであれば、自分の所で焜炉を作ろうという動きが出てくるのは自明と判った。せめて、もう少し安価であれば、作るよりは買うという判断も出てくるのではないかな。贋物が出てくる前に、予定していた値段まで下げるのがよろしかろう。
また、この利益幅であれば、焜炉を1個売るにあたり、許認可制度の運用金を負担させるのに何ら支障がないことも理解した。まあ、感触ではあるが、1個の販売に対して4文~20文ぐらいまでなら利益から捻出しても良さそうに見える」
お武家様にしてはやたら経済面に明るい、と普通ではない印象を強くした。
ここまでの聞き取りができたところで、加登屋さんから昼食の用意ができた、と割り込みが入った。
一同は加登屋さんに先導され、客間から奥座敷へ向う。
「昼食として、卓上焜炉料理を用意しました。
焜炉料理というと、つい鍋を想像してしまいますが、新しく『焼き』を考えてみました。
焜炉の上の金網に、予め軽く火を通したアジの一夜干しを載せ、チリチリとして焦げる前にお取りください。皿で身をほぐしてから、それを金網に載せて炙るというのも良いようです。そのあたりは、お好みの方法でお試しください」
義兵衛は、この『炙る』という料理方法については失念していた。
皆すました顔をしているが、これは焜炉料理の新しい使い方なので、ある意味革新的な発想なのだ。
「加登屋さん、これはあなたの考案ですね。新しい使い方として感服しました。ただ、金網だと肴から出る油が小炭団の上に直接落ちる難点がありますが、これは後から網を工夫してみましょう」
義兵衛が加登屋さんにこう話すと、加登屋さんは金網のことはさておき、得意満面で話し始める。
それは確かに自分が考え出したことなのだから、こうなるのも判る。
「どうですか、義兵衛さん。中々うまい方法でしょう。自分ひとりで考案したのですよ。今までずっと義兵衛さんに負けていたという思いしかしていなかったので、これでやっと一矢報いることができた感じです。
皆様、さあさあ、この加登屋の渾身の一撃を試してみてください。
いささか興奮してしまいましたが、これなら料亭に紹介できる水準ですぞ」
一同が膳の前に座ると、加登屋さんが焜炉に火を入れてまわり、昼食が始まる。
「ところで、人物を見るために話を聞こうとおっしゃった割には、この焜炉の利益構造をお尋ねになりましたが、どういう意図がおありなのですか」
義兵衛が気になっていたことを聞くと、戸塚様は顔を綻ばせて答えた。
「実は、昨日中に何をどうしようとしているのか、おおよその構想は御奉行様から聞かされておる。御奉行様は、そちの申した構図に大層驚くと同時に感心しておった。『椿井家は、まだ若いのに聡い家臣を持っておる。芽を潰さぬように、育てていけばこれは大した物になるに違いない』と手放しで褒めていた。わしも小石川での対応を思うと、普通の輩ではない、と思っておった。
そちが言上した構想を実現するにあたり、御奉行様は実際に見て確かめてこさせる目的でワシを遣わしたのだ。
なので、まずは『その構想を推進できる人物なのか、それを支える人が寄ってくるような人なのかを確かめてこい』が最初の指図じゃ。その上で『こういった構想を進めるには、それなりの資力が最初に必要で、その上で運用費用がないと続かんのは明らかなので、それを確かめてこい』ということだ。
わざわざ八百膳の亭主が顔を出していることや、ここの主人が同席していることで、人物の見極めは既にほぼ終わっておる。なので、後は資力の確認となったまでよ」
新しい仕事は『ヒト・モノ・カネ』で動くということを知った上で、それを確認しにきたということだろう。
どうやら御奉行様は推進側として動いて頂けるようだし、同心・戸塚様も好意的な様子だ。
やはり、小石川の銀10匁が、その印象が功を奏している。
「難しい話はともかく、用意した膳を楽しんでください。早くしないと冷める、なんてことはこの料理に関してはありませんが、わしゃ皆さんの評価を早く聞きたくて、ウズウズしているのですよ」
加登屋さんが妙にはしゃいでいる状態のまま、奥座敷での昼食がなごやかに始まった。
時系列で見ると2つの内容が同時進行していて判り難いかも知れないです。
このあたりが、まだまだ未熟な「きただ」です。ご容赦ください。