戸塚様との会話 <C2156>
北町奉行同心の戸塚様が登場です。
町奉行所の同心・戸塚様が来る前、八百膳の主人・善四朗さんを入れての事前相談を続けており、義兵衛さんが詳細を話す。
「あと、焜炉の販売についても、制度運用時の費用負担とすることもあり得ます。そのため、萬屋での仕入れ価格・販売価格など開示しますので、ご了解ください。
お上がかかわらない部分での運用ですが、仕出し膳を提供する料亭の座に入っていれば、卓上焜炉をより安く提供することができる制度も考えたいと思います。焜炉の燃料についても同様で、例えば座に入っている料亭は10個につき一文安くするなどの特典を付けると、座に入りやすいと考えます」
費用の話になると、千次郎さんや善四郎さんの顔が厳しくなる。
商売をしているのだから、余計な費用は負担したくない、というのがその思う所なのだ。
補助金を付けても、原資は仕出し焜炉関係者から集めるしかない。
「実は、制度の運用にどれくらいの費用が必要なのかの見積もりができていません。まずは、制度設計をしてから、基本は受益者負担の原則に従って割り付けていく形になります」
こう説明している間に、戸塚様が萬屋の店入り口から入ってきた。
「ようこそいらっしゃいました。皆さま、奥の客間でお待ちです」
忠吉さんがこちらへ連れてくる。
客間には難しい顔をした4人が思惑ありげな感じで座っており、ちょっと目には歓迎ムードではなかったが、そこは皆客商売なので、切り替えは早かった。
「戸塚様、わざわざお越し頂きありがとうございました。本日は、僕だけでなく、いろいろとかかわってくる人も話を聞きたいということで同席させてもらっておりますが、よろしいでしょうか」
「まあ、最初はお互いどのような背景で、どのように・どこまで考えるのか人物を知るということだと思っておる。仕組みや仕掛けなんぞ、所詮人が作るもの故欠点や欠陥に満ちておろう。まずは、その仕組みで実現しようとする理念が世の常識と合致しているかを極めるのが先と思うが、いかがかな。同席といっても、話を聞くだけでは面白くもなかろう。まずは、それぞれに何をしておるのか話でもしてもらえば、良いのではないかな」
『これは、想像以上に切れ者っぽい。お奉行様の優秀な手駒なのだろう。まずは人物鑑定か。』
義兵衛さんは、話を続ける。
「はっ。本日はいきなり具体的な話になるかと思い、つい直前まで運用にかかる費用を皆で考えていたため、このように疲れた顔をしてしまいました。それから、まだ、卓上焜炉の安全性を公平に審議するというお奉行様からの課題を検討するところまで、議論が辿りついておりません」
「よいよい、理念がしっかりして振れることさえなければ、人がつくる仕組みはいずれちゃんとついてくる。そうさな、言った手前まずは、自分のことから話してみようか」
まず戸塚様の意図は、人間本意でこれを聞こうということのようだ。
「ワシは戸塚順二という代々江戸北町奉行所の同心を務める家系じゃ。先々代・吉宗将軍様が町奉行に指示して小石川に療養所を開設したおり、そこに詰める同心が必要ということで戸塚家もその折に割り付けられた家の一つじゃ。だが、近々は療養所開設当初とは状況が変わってきており、収容する必要のある患者が一向に来ないのだ。大勢の同心とその配下の中間が控えておってもしょうがない、と上のほうもやっと思い至ったのか、先日の4月1日より元の奉行所務めに戻ったのさ。
宮仕えの家で同心を世襲しておる身としては、上役の言うことはまず聞くのが肝心じゃ。小石川の経験を基に、北町奉行の同心として何を勤めるべきか、曲淵様からのご指示を待っておったところなのじゃ。
しかし、あのような法事の料理の席で会うとは、本に不思議なこともあるものじゃ。確か村で薩摩芋を植える時期であろう。このような所でぐずぐずしておって良いのかな」
まずは義兵衛の番のようだ。
「以前は金程村名主・伊藤百太郎の次男・義兵衛でしたが、先日4月1日にご領主の旗本・椿井庚太郎様に5石で徒士として召し抱えられました。さらに恩顧のご家来衆の養子となり、現在は細江義兵衛と名乗っております。
金程村は総石高70石で総勢50人程度が暮らす寒村です。年貢を納めると何ほども残らずいつも村人は腹を空かして暮らしています。そこで、村では産業を殖産する方策を採りました。それが木炭加工販売と救荒作物の導入です。薩摩芋などの救荒作物の植え付けは、村に居る兄・孝太郎が行っております。木炭加工販売のほうは思った以上に効果を上げており、村の活動から領民全体の活動となり、お殿様にも認めて頂いた次第です。私は、ここ萬屋で経理のことをしっかり学んでから、江戸屋敷での財務立て直しに励む予定となっております。
なので、ある程度萬屋さんに肩入れはできますが、もう少しすると萬屋さんの繁栄を横目で見ながら、木炭の収益を椿井家のため、そこで暮らす領民のために回すことになります」
とりあえず、積極的な嘘は混ざっていない。
「なるほど、村人のために動いておったということが良く解る。萬屋との経緯は、おいおいと教えてもらうこととしよう。
さて、次はこの萬屋じゃ。店先の様子を見ると、とてつもなく繁盛しておるようじゃが、この様子をどう見ておる」
お婆様ではなく、萬屋の主人・千次郎さんが応える。
「萬屋は一介の木炭問屋でございます。主に武蔵国橘樹郡の山間部から仕入れた木炭を江戸市中のお武家様や商家に卸す商売をしておりました。今回、金程村で木炭加工した製品として、小炭団を紹介されました。そして、同時にこの小炭団は専用焜炉を使うことで料理用として使えるということを聞きました。実際に実演してもらうと、夏場でも使えるということが判ったのです。木炭の需要期は秋口から冬が本番ですが『暖房需要のない夏場でも売るものがある』という事実に気づかされました。今の時点では、おそらく他の木炭問屋はまだ認識していないかと思います。それで、この焜炉と小炭団に萬屋の命運を託すことにしたのです。最初にこの商品を売り込みにきた金程村の義兵衛さんに『萬屋と金程村は一蓮托生の運命共同体』と脅して、手伝いに来てもらっています」
まあ、外目には拉致ってますが、そこは結果から言えばこうなるしかない運命なのだと思うしかありません。
実際、最短距離で飢饉対策に向けて驀進できている感じなのですから。
「なるほど。しかし、義兵衛さんを金程村から引き抜くと、肝心の木炭加工が覚束なくなるのではないかな」
これは義兵衛が答えるしかない。
「村には私と同じ歳ですが、大工の家の跡取り、いや今では士分待遇なので跡取りを越えたかも知れませんが、助太郎という朋友がおります。ともに寺子屋で学び合った仲で、物を作るのに秀でた者です。私がこちらに拉致、いや応援に来る前には、おおよそ30人を動員して木炭加工品を生産していましたし、現に萬屋さんとの契約を越えた物量の商品を江戸へ送りつけてくれています。お殿様はこういった功に報いるため、異例のことですが、やはり先日4月1日に助太郎に苗字帯刀を許し、領地内では士分扱いとなされました」
「これは凄いことじゃ。村と江戸で肝胆相照らす仲間が息を合わせたかのように殖産に励んでいるのか。しかも、旗本家主人もそのことを知って上手く支援しておる。なにやら、よく出来た話を聞いておるようじゃ。
それはそうと、この商売で萬屋はいかほど儲けておる。また、商品を卸してもらっている金程村には、いかほどの掛買となっておる。細かい話は良い。だいたいでよい。まあ、すぐに出ないのであれば、例えば店先で売っているこの『深川製焜炉』50個一組を現金で贖ったら、確か6両と申したな、この内訳はどうなっておる」
『おやっ、なにやら厳しい詮議のようじゃありませんか。この意図は一体なんなんだろう。人柄を見るという話ではなかったのかい』
疑問を抱いたが、それを今聴く訳にもいかない。
なにやら取り調べのような聞き取りが始まってしまいました。身分・役職柄、どうしてもしょううがない流れです。警察官が自宅に現れて、普通の雑談なんてできる訳がないのと同じ、と思ってください。
次回は、この流れで話しが進んでいきます。
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