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戸塚様が来る前の事前相談 <C2155>

萬屋に北町奉行同心の戸塚様がやってくる日、中で事前相談をするという話です。

■安永7年(1778年)4月21日(太陽暦5月17日) 日本橋・萬屋


 昨日、幸龍寺で顔繋ぎして頂いた町奉行・同心の戸塚様が、昼前には来られるということで、使わないと思って客間に積み上げていた商品を作戦本部の茶の間に移動させたりと、朝から大忙しである。

 昨日も深川の辰二郎さんから卓上焜炉の納品が1500個あり、独断で増産を依頼した件は結果良ければ問題なしの扱いとなっているばかりか、千次郎さんは読みの浅さをお婆様からチクチクと言われている。

 月末までにもう4500個の生産予定で依頼しているが、その仕込みが終わる頃には更なる追加がいるかどうかの判断が必要となる。

 仕出し膳の許認可の話が前向きに進んでいきそうな状況であり、保管にさほど場所を取るものでもないことから、今はどの程度の数量を追加すればよいかを考えている段階である。


 土間で卓上焜炉と角皿を50個組み合わせて販売単位の一組を熱心に作る丁稚が目に入った。

 良く見ると、義兵衛とさして年齢も違わない感じだ。

 義兵衛が萬屋にとって大切な客人ということは周知されており、丁稚側から決して話かけてくるようなことはなく、また義兵衛からも直接話をしかけたこともない。

 ただ、こういった丁稚の中にも実際には相応に知恵が回る人物が隠れている可能性もあり、そういった人物の発掘と育成が主人や番頭の仕事の一つのはずなのだが、その辺りは疎いようだ。


 義兵衛さんは戸塚様にさしあげる昼食を心配した。

 しかし、千次郎さんはそもそも同席するつもりであり、さらに善四郎さんも来るということで、接待対応の心配は止めたのだ。


「こんにちは、盛況ですなぁ。昨日の話が具体的にどうなっていくのかが心配で、やってきました。今日は同席させてもらいますぞ」


 善四郎さんが店に入ってきた。


「ほうほう、こうやって店先に出しておるのですか。『掛け値なし即金』というのは、実に判りやすいですな。『売掛金扱いにすると、組の所におまけの小炭団は付きません』なるほど、なかなか銭を集める商売がお上手だわ。この分では、江戸市中の銭が押し寄せて参りますぞ。

 おや、土間の上がり座敷では実演販売の準備ですか。加登屋さん、板場の者から聞きましたぞ。江戸市中の料亭の板長をまるで小僧のようにあしらわれたそうですな。ここで、ですか。皆の面前で不勉強なこと・心得違いを思い知らされた、と評判ですぞ。

 なに『この顛末について、近々瓦版が出る予定』。瓦版の版元が上手いのか、それともそれを上手く使いこなす萬屋が凄いのか、いやぁ、実に商売上手じゃ」


 店先がパァ~と賑やかに明るくなった。

 店先に来ている客は、ほとんどが江戸市中の料亭の主人・女将や板場の者であり、高名な八百膳の主人がぶらりと立ち寄った風情でヒョコッとこの場に現れたことに驚いている。

『八百膳の善四郎さんだ。わざわざこの萬屋に足を運んでくるとは、この店も大概だな。こりゃ、大きくなるぞ』


 忠吉さんが善四郎さんを客間に案内する。

 そこには、千次郎さん、義兵衛さんだけでなく、当然のようにお婆様も座っていた。

 千次郎さんは善四郎さんに挨拶方、少しややこしいことを説明した。


「昨日は町奉行様へ橋渡しをして頂きありがとうございました。この場へおいで頂くにあたり、事前にご了解しておいて頂きたいことがあります。

 それは、こちらに居られる義兵衛さんのことです。

 ひょっとするともうお気付きかも知れませんが、萬屋の新しい取り組みの根っこは全部この義兵衛さんから出されております。しかし、本人からの強い申し出により、このことはあからさまにしないようにしてください。瓦版でも、このあたりはぼやかしており、萬屋が無い知恵をひねり出したり、加登屋さんのように外部からの応援を頂いて生み出したとかいう風を装っています。

 そうせねばならない事情は、いずれ義兵衛さんからご説明があるやも知れませんが、あえてお奉行様やご同心の方が疑問を持って問い合わせるようなことにならないよう、ご注意ください」


「義兵衛さんが今回の卓上焜炉の騒動の黒幕ではないか、ということは薄々気づいてはおりましたが、これを隠す意図というのは納得いきませんな。『何か別の大きな目的があり、それをまだ伏せておきたい』ということですかな。まあ、ここまで来てしまえば、早晩あのお奉行様は何か気付くでしょう。聞きたいのは山々ですが、聞いて儲けがフイになる位なら、とぼける位の協力はしますよ」


「ご協力頂き、ありがとうございます。実は善四郎さんが同席するにあたり、このお話を事前にするのが一番難しいと思っていたのです」


「いや、どこの家にもなかなか説明できない、したくない事情というものがありますよ。しかし、夏場の時期に炭を売る工夫、小炭団を売るための卓上焜炉、卓上焜炉を売るための実演販売と手が込んでいる所が凄いですな。おそらく実演している料理も、義兵衛さんが言い出したことなのでしょう。こう言ってはなんですが、加登屋さんは主役に見えて実は優秀な助手という所ですか。湯葉鍋をお教え頂いた時の加登屋さんの様子で気付きましたよ。焜炉に押してある神社のご利益がある印も、きっとそうなんでしょう。

 これだけの恩義を萬屋さんにしておいて、それでいて、更に強固にする仕掛けをお奉行様に強いるとは……。

 いや、詮索は無しということでしたな」


「これだけの深い恩義に応えようと思っておったが、どうやら出身の金程村を傘下に治めている旗本・椿井家でもそう感じたようで、つい先日、農家の名主家次男坊から徒士へ召し抱えられてしもうた。

 有無を言わせず、とっとと萬屋を義兵衛さんに預けてしまえばよかったと悔やむことが久しく続いておったわ。しかし、すぐ武家屋敷奉公とならず、江戸のこと・幕府の政治まつりごとを学ぶべきと、こうやって客人として預かっているうちに、このように盛況な店に盛り立ててくれたり、今回も先を読んでの動きを差配してくれるなど、もう頭があがらんわ。

 一層のこと、わたくしの孫娘をめかけにでもして、縁続きにでもしてくれんかのう」


『お婆様、正妻から一ランクダウンで我慢するですか。それを言っちゃお終いですよ。華さんも意志がある女性でしょ。千次郎さん、お婆様得意の暴走が始まります。止めてください』


「ぅおっほん。

 善四郎さん、ちょっと事情がね。お見苦しい所をお見せしました。今日は同心の戸塚様と仕出し膳用の卓上焜炉の許諾制度について具体的な話になると考えています。八百膳で1回、昨日の幸龍寺で1回と大体の構想はもう2回聞いており、大分判ってきているのではないかと思います。なので、大筋の説明は私のほうから戸塚様にし、手に負えない意見については義兵衛さんが対応するという方法で臨みます。仕出し膳を出す立場での意見が必要な場合は、ちょっと会図したり促したりしますので、その折にお答えくだされば結構です」


「少し、意見させてもらってよいでしょうか。具体的な話をする際、運用にともなう費用を織り込むことが必須と考えています。具体的に費用を負担するのは次の場合です。

・新しい焜炉を審査する:審査料

・新しい焜炉を登録する:登録料

・登録された焜炉を料亭に販売する:制度維持手数料

・未登録の焜炉を販売する:制度維持手数料

・登録された焜炉で仕出し膳を出す:制度維持手数料

・未登録の焜炉で仕出し膳を出す:制度違反料

・登録された焜炉が火事の火種と判明した:審査不備/違反料

・焜炉の審査登録に不正があった:制度主旨違反料

 それ以外に報奨金や助賛金制度もあって良いと考えます。

 そして、お奉行様が宿題として言われた公正に審議するという点が、まだ織り込まれておりません。

 事前にお話しするのが難しいので、戸塚様との話の中で突然飛び出すこともありますので、御含みおきください」


八百膳の善四郎さんも加わり、さて次回は戸塚様が登場です。

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