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八百膳の算段 <C2148>

八百膳さんとの舌戦が始まります。

■安永7年(1778年)4月12日(太陽暦5月8日) 


 昨日までの萬屋・茶の間での方針を受け、京橋の坂本に注文を受けていた卓上焜炉を3組(150個)納入し、形の上での供給逼迫による高値販売という事態は終息させた。

 これで、焜炉50個・角皿50枚・小炭団400個を一組として金6両(=60万円)定価の掛値無し現金払いという狙いが実現する。

 現金払いではない場合は、小炭団400個を外し6両の売掛扱いとする。

 焜炉は、深川製・萬屋製・金程製の3種類あるが、基本は要求がなければ深川製を出す。

 丸皿は50枚1組で2両2分、小炭団は500個で1両の定価販売なのだ。


 浅草山谷の八百膳へ持って行く焜炉500個・角皿500枚・丸皿500枚・小炭団2万個を荷造りする。

 重量は全部でおおよそ280貫(=1050kg)にもなるので、大八車を使うことになる。

 それ以外には、辰二郎さんに特別に作ってもらった危ない卓上焜炉の見本を4個持った。

 千次郎さん、忠吉さん、義兵衛と大八車を手伝う丁稚3人の計6人で2里(=8km)の道を歩む。


 八百膳では、主人・善四郎さん自ら荷の運び入れを手伝ってくれていた。

 きわめて重要な荷であることを知っての措置なのだろう。

 荷の搬入が終わると、全数瑕疵の有無を調べ数量を確認した後、100両を千次郎さんへ渡した。

 実際の定価では、117両2分(=1175万円)だが、17.5両は大量購入してくれたことと、今回の計らいに対する萬屋のおまけなのだ。

 そして、八百膳もこれだけ一気に購入するということは、仕出し膳に使うことを見越しているからにほかならない。

 その決意の表れだと感じた。

 千次郎さんは受け取った100両を忠吉に渡し、丁稚を連れて店に戻るよう伝えた。

 店先で忠吉と別れたここからが、今回の話の本番なのだ。

 千次郎さんが口を開く。


「今回、火事の火種となりやすい危ない卓上焜炉の見本を持参しました。これを使って頂ければ、危ない焜炉を仕出しで使ってはならないことの意味を見てお分かり頂けるのではないかと思います。それで、仕出し料理にこの卓上焜炉を使うことのお墨付きをお上から得る方策について、どのようにお考えなのかをお教えください」


 千次郎さんは、辰二郎さんの作った危ない焜炉を2個手渡した。


「ここでの話はどうかな。時間があればちょっと上がっていきな」


 善四郎さんは、千次郎さんと義兵衛を連れて座敷に上がり茶を入れ、おもむろに話し始めた。


「まだはっきり決まった訳ではないが、北町奉行の曲淵まがりぶち様が近々法事で浅草の幸龍寺に参拝なさると聞いておる。おそらく幸龍寺では、いつものように仕出しを八百膳に依頼してくるであろう。この法事は極々近々の方達だけと聞いているが、今までの例により、おおよそ50膳位と見込んでいる。曲淵様が主催者ではないので、お坊様の手引きで曲淵様とお話する機会が作れると思っている。そこで、町奉行様から仕出しにこの焜炉を使うことのご意見をうかがうことができるはずじゃ」


『あれ、どこかで聞いたような名前だ。曲淵景漸まがりぶちかげつぐさん。確か、天明の大飢饉の折、食うに困った町人に『犬を喰え』と暴言を吐いて、怒った町人が米問屋の打ち壊しに走る切っ掛けを作った奉行ではなかったっけ。しかし、その後の松平定信の時代には、名奉行、なんて話もあったよなぁ。真相は判らないが、なにやら面白そうな人物かも知れない。

 昨日のお婆様から聞いた話では、北町奉行になる前に大阪でも町奉行をしていた、と言っていたぞ。ということは結構顔が広い人なのかもしれない。しかも、この歳で奉行ということは案外切れ者、ということではないかな。

 ただ、善四郎さんがお奉行様に今回の話を持っていくにしては、具体的な内容が乏しい感じがする。もう少し、具体的な取り組みの案が無いと、その場で突っ込まれて終わりになるのではないかな』


 義兵衛は内心心配しながら話を聞いている。


「卓上焜炉は、仕出し先で火を使うことから、危ない焜炉を使うと火事の火種になる恐れがあることをお知らせする一方、卓上焜炉によって仕出し料理がずっと豊かになることをご実感いただければ、仕出しに使う焜炉に特定のものが相応しいという話に落ち着くことは自明じゃろう」


 得意げに話す善四郎さんの言を聞いて、義兵衛の横に居る千次郎さんがしきりに首を縦に振って同意している。

 しかし、これで話を終わらせては、どうも失敗の予感しかしない。


「善四郎さん、仕出しに使える卓上焜炉にご認可を頂いた後の運用は、どのようにお考えですか。お奉行様にお話されるのであれば、その辺りの構想もきちんと練ってお話されないと、具体的に進んでいきませんよ。

 例えば、認可を受ける方法とか、認可されていない卓上焜炉が使われた場合の処置とか、お奉行様には何をして頂く必要があるのか。一番大事なのは、そういった運用をする時に、どこが費用をどう出すのかです。

 実際にはまだ出来ていなくても、そういった内容をお話される時点で案としていくつか持っていないと、受け取ってもらえませんよ。その辺りが明確になっていることを伝えれば、そういった方面に詳しい与力か同心をご紹介頂けると思います。

 なので、法事の時の狙いは、そういった話ができる配下の方を紹介してもらいたい、という一点に絞るべきと思いますがいかがですか」


 善四郎さんのあやふやな話の内容に、義兵衛は思わず突っ込んでしまった。

 千次郎さんはギクリとした表情で義兵衛さんを見つめ、こう言った。


「義兵衛さん、善四郎さんの前で何だが、なにか具体的に思うところがあれば、この場で率直に言ってはどうかな」


「申し訳ございません。曲淵様はまだお若い時分から町奉行に抜擢された方と聞き及んでおります。中身が空っぽな話かどうかは直ぐ見抜かれるのではないか、と思った次第です。折角の機会でありながら、空っぽな話と判った瞬間、無視されることを懸念しています。なので、具体的な案をこの場でお聞きしたいのです」


 ポカンとした表情で義兵衛さんを見ていた善四郎さんの表情が引き締まった。


「空っぽな話とは意外なことを申されます。萬屋さんが扱う卓上焜炉なら仕出し料理膳に使って良い、という言質をお奉行様から取ればよい話ではありませんでしたか。それ以外に何を考えるというのでしょうか。まさか誓詞でも取れとか、高札に掲げよなどという大それたことでもありますまい。何をなされたいのか、判りかねます」


『やはり、その程度の考えでしたか。それではきちんと回りません。ちょっとテコいれしたほうが良さそうです。それにしても、千次郎さん、萬屋が許認可に一枚噛む、ということをお忘れですか』


 やはり義兵衛がでしゃばるしかないようだった。


千次郎さんが善四郎さんにすっかり飲まれていますが、それではラチが明かないと見た義兵衛が乗り出すという話しでした。次回はその中身です。

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