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八百膳との折衝の翌朝 <C2146>

話しとしては宙ぶらりんな4月11日の午前の風景です。

しかし、結構出入りがあります。

■安永7年(1778年)4月11日(太陽暦5月7日) 萬屋


 八百膳さんに、仕出し膳に使える卓上焜炉にお上のお墨付きをもらう件を委ねることとなった。

 しかし、この許認可という制度はきわめて贈賄ぞうわい劇を産み易い仕組みなのだ。

 認可を与える側に恣意的に可否を運用することができ、公平性が担保されていない。

 敢えて言うと、正直者が馬鹿を見やすいのだ。

 1日空けた12日に八百膳さんの段取りを確認するのは、善四郎さんがこのあたりのことを他へ丸投げせずにきちんと考える人なのかを測るための時間を与えているのだ。

 そして、この仕組みの中で萬屋が一枚噛めないかを確認するためでもある。


 朝一番から始まる作戦本部の会話が始まる前に、このことを千次郎さんに耳打ちする。


「昨日朝のお婆様の処遇についても驚かされましたが、八百膳さんにお任せした卓上焜炉の許認可についても驚きです。もし、仕出し用卓上焜炉の許認可に萬屋が一枚噛めるのなら、磐石ではないですか。加登屋さんの言ではないですが、義兵衛さんの頭の中は一体どうなっているのか、もう訳が判りませんよ。どうせなら贈賄側でなく収賄しゅうわい側に廻れ、なんて発想は出てきません」


「そこまでは言っていませんよ。賄賂わいろを奨励している訳ではありませんが、相手の立場に配慮するということや、心付けやお礼ということまでは否定しません。

 いずれにせよ、八百膳さんが許認可をどう実現させようとしているのかを想定して、そこにどういう立場で萬屋を参加させるのかを幾通りも想定して考えておく必要があります。昨日、お婆様がどういった会合でどこから仕出し膳を取っているのかなど、町の寄り合いの長老から仕入れているので、こういったところへ事前に根回ししておくのも重要ですよね。

『安価に作られた卓上焜炉を仕出し膳として使うと火事の火種になる恐れがあるので、仕出し膳に使える焜炉は許可されたものに限るというお達しが奉行所から出されるように八百膳さんが画策している』位の話を噂で広げるのはありでしょう。事実、その通りなのですから。

 ともかく善四郎さんがどんな考えをするのか、事情を含めてお婆様に相談されてはいかがでしょう。面白い参考意見を貰える可能性は高いですよ。それと、このことは僕からは言い出さないほうが良いと思います」


 萬屋の茶の間にいつもの面々が集まり、作戦本部としての活動を開始する。

 加登屋さんの坂本応援は、店舗席での単品提供に絞ることで軌道に乗ってから終了している。

 分析は、昨日の瓦版の売れ行き、武蔵屋と坂本の賑わいなどを確認することから始める。


 4月8日から売り出し始めた『どじょう鍋』の瓦版は2日経過した昨日10日もまだまだ売れまくっており、勢いが一向に衰えていないばかりか、『湯豆腐』『しゃぶしゃぶ』という瓦版を改めて求める人、『どじょう鍋』版に続く料理は何か!を版元に問い合わせる人、版元のネタを先回りしようと動向を偵察する他の版元など、結構賑やかにやっている。

 13日にはこれら料理の根っこが萬屋の卓上焜炉にあるということが解き明かされる、という段取りになっており、それに備えた準備を萬屋内では進めている。

 料亭向け卓上焜炉と角皿を50個と小炭団400個を組にして、金6両(=60万円)の定価現金販売とし、どの料亭へも分け隔てなく売る方針として瓦版に謡っている。

 深川製焜炉が今日中に1000個届き、更に14日には更に1000個、追加で2000個出来ること、更に作成している辰二郎さんが手元に1000個取り置きしてもらえることになったことから、販売の中心を深川製にすることを決めた。

 申し出があった場合は、八百膳に納める分を除いた萬屋製(見込み14組)と金程製(実在3組)で、ある限りは対応する方針だ。


 こういった準備を進めるうちに、お婆様が上機嫌で現れた。

 千次郎さんは、昨日の八百膳との交渉結果、これからの対応予定を報告する。

 義兵衛は、いつものように報告時にはダンマリを決め込む。


「千次郎、よくぞ八百膳との交渉をまとめなされた。しかも八百膳に全て任せるという事ではなく、仕出し用卓上焜炉の許認可に萬屋として一枚噛もうという姿勢は、なかなか良いではないですか。この分なら、わたくしも安心できましょうぞ。

 それはそうと、昨日寄り合いの長老へ探りを入れてみましたが、長老が言うには『あまりにも遠い』とのことじゃ。確かに町年寄りの寄り合いで奉行所に関係する者も居るのだが、せいぜい同心の配下・御用聞き位しか出てこない。『下っ端に馳走しても効果は薄かろう。下っ端ばかりが美味い思いをしたのでは、かえって逆効果であろう。かと言って、与力様が出張るような席で馳走して言上すると、町人が直訴と言われかねない』との意見を伺った。成程と思うばかりじゃ。

 実際の寄り合いから離れると、このお婆とて勘が働かんので、昨日は勢いでトンチンカンな話をしてしもうた。じゃが、わたくしにはまだまだ昔のつては残っておるわ」


 お婆様なりに見込みの有無を探ってくれたようだ。

 この頑張りが無駄にならないように、精一杯支援することが萬屋のためにもなるに違いない。

 ちなみに、江戸市中を管轄する南・北の町奉行には、それぞれ25人の与力が実際の業務を行うために付いており、さらにその配下として同心が総勢200人居る。

 さらに同心の配下として、御用聞き・岡っ引・下っ引と呼ばれる非公認の協力者=町人が総勢で3000人程度居り、こういった者が町人と密着しているのだ。

 非公認の協力者というのは、移転前の日本の民生委員に近い地位の感じだが、取り締まり権限などがより強いように思える。


「こうなると、八百膳さんの進め具合が重要になりますな。あそこは、お武家様との付き合いも多い故、話をどう運ぶのが良いのか、良い知恵がありましたら聞かせて頂くことにしましょう」


 確かに、これから椿井家では猟官運動に身を投じる予定でもあるので、得られる情報は絶対に役に立つはずだ。

 今の時点での幕府の構成・要人について、全く知識が無いのが悔やまれる。


「お婆様、千次郎さん。僕は田舎にいたため、幕府の要職の方々の名前なんかも全く知りません。

 流石に将軍様が10代目の徳川家治様であることや、老中が田沼意次様であるということは知っております。しかし、お名前だけで、どのような方なのか、他の老中や若年寄、御奉行様など全然知らないのです。この辺り、お教え頂けないでしょうか」


「今日は特段大きな動きはないようだし、明日の八百膳さんのところでする話の参考になるやも知れぬので、ちとくどいことになるやも知れんが説明しておきましょうか。千次郎も、もし補足するようなことがあれば口を挟むのですぞ」


 そうして、目をギラギラさせたお婆様が幕府要人の話をし始めた時、深川と登戸からそれぞれ荷が着いたのだ。

 そのため、お婆様の話は荷解きと確認が終わってから続けることとなった。


 深川からの荷は、辰二郎さんとその配下が運んできた卓上焜炉1000個であった。

 25個を重ねて一組として荒縄でくくってあり、20組を入れた箱が2箱分ある。

 そして、安全上の問題がある簡易焜炉を10個渡してきた。


「これが先日依頼された火皿を直接底にする格好の焜炉でさあ。簡単に量産できるし、小炭団が燃えている時に揺らしたりしなけりゃぁ問題はありませんが、見るからに火事の火種という狙い通りのものに仕上がってまっせ。問題が判るようなものをわざと拵えるなんて、なかなかできない珍しい体験をさせてもらいやした」


「これは、なかなか良い具合です。ありがとうございます。これで、危ないものを使うのは問題とお上に判って頂けます。

 それはそうと、この焜炉をもう2000個追加するという話が決まりました。今日1000個入れて頂いたので、残り3000個をよろしくお願いしますよ。それで、緊急で追加が入用になるかも知れないので、申し訳ないですが辰二郎さんの所ですぐ出せるように幾らか確保しておいてください」


「あいよ、大した嵩でもないので続けて作っておいて作業場の横にでも積んでおくさ。2箱~4箱位でいいかな。これは、俺の所にとってはいい商売だよ。お前さんがいると、作る方にも張り合いが出るんで、また仕事を回してくれるようよろしく頼んどきますぜ」


 そして、登戸からの荷は毎日来る小炭団2万個だった。

 もうこれで、累計で30万個を軽く超えており、金程村への売掛金は450両を越え500両近くになっている。

 今回の荷には、オマケの様に金程製の卓上焜炉が300個と炭団が2000個も入っていた。

『このオマケに見える製品だけでも金22両分だぞ。去年までの年貢負担の35石が、もう馬鹿らしくなる金額だよなぁ』

 助太郎は、義兵衛の手紙に応えて一生懸命工房を回してくれているようだ。

 あまりの有難さに、義兵衛は西の方角に向かって手を合わせたのだった。


義兵衛のダークな裏話で始まりましたが、最後は助太郎への感謝で明るく終えます。

さて次回は、その日の午後にあったお婆様による幕府情報の特訓です。

読者にとっては一回休憩に近い回ですが、筆者にとってはこれをまとめるのが実に厳しかったのです。

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