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八百膳で焜炉料理を披露 <C2144>

義兵衛さんが言った言葉に善四郎さんが反応してしまうのです。

「おい、女将。今日、この後の予定が何件かあるが、そいつを全部無しにしておいてくれ。それから、そのお客様には丁重に謝っておいといてくれ。ちょっと取り込みの急用ができた。無理を言って申し訳ないが、頼んだぞ」


 善四郎さんは店の奥に向って女将にこう伝えると、千次郎さんと加登屋さん、義兵衛に向き合った。


「こりゃぁ、簡単な話では収まらないだろう。仕出し料理を作っている料亭全部にかかわる重要な話、ということは良く判った。なので、こちらも腹を割って話させてもらう。

 まず、この道具を使えば仕出し料理を食べるお客に湯気の出るようなおかずを食べてもらうことが出来る。その意味で、この卓上焜炉という新しい道具を、仕出し膳に持ち込むことについては大いに賛成だ。向島や京橋の料亭の騒動はこちらにも聞こえていて、気になっていた。なので、こちらも人を出して様子を聞いている。焜炉が作り出す料理『湯豆腐』『しゃぶしゃぶ』『どじょう鍋』があるという報告を聞いてはいるが、実物は見ていない。なにせ江戸っ子は新しもの好きで、味はともかく飛びついてみる癖があるので、評判だけでは味が本物かどうか判らん。

 本物ならば、こちらも本気で応援する。しかし、その料理が偽物ならば、この話は萬屋さんの才覚で勝手にしてもらいたい。それくらいの覚悟を持って飛び込んできたのだろう。

 ここには料理の材料も調味料も揃っている。加登屋さん、一丁ここで作ってみせてくれんか」


「よろしゅうございます。ただ『どじょう鍋』だけは焜炉にかける前の下ごしらえに時間がかかります。あと『しゃぶしゃぶ』の付け汁であるポン酢、『どじょう鍋』の割下や下ごしらえは、それぞれ坂本と武蔵屋の中で秘している部分です。目にしても決して他の料亭に漏らさぬようしてください。また、『しゃぶしゃぶ』を坂本以外の料亭で出すまで、『どじょう鍋』を武蔵屋以外の料亭が真似て出すまで、八百膳ではこの料理を出さないようにしてください」


 義兵衛がこの料理のことを、調理の仕方を言い出したという事実は伏せることで徹底している。

 あくまでも、この加登屋さんと料亭が産み出した料理と言い張り、寄り切られても加登屋さんの発案とすることにしている。

 これは、義兵衛を守るため萬屋の中と加登屋さんで共有されている話である。


「もちろん、そこは八百膳を信じてもらいたい」


「では、板場をちょっとお借りします。一番時間がかかる『どじょう鍋』の下準備をしてから、座敷で『湯豆腐』『しゃぶしゃぶ』を披露させて頂きますよ。あと、板場で手伝いしてもらえる方を一人出してください」


 加登屋さんは板場へ行き、間もなくポン酢と割り下をこさえて戻ってきた。


「泥鰌はいま酒に付けています。泥抜きの程度が心配ですが、まあ大丈夫でしょう。湯豆腐の披露が終わったら、どじょうを茹でにいきますよ。しゃぶしゃぶの披露が終わるころには、どじょう鍋の準備ができているという段取りです。しゃぶしゃぶは、ワシが間に合わなかったら代わりに義兵衛さんから説明しておいてください」


 金程製卓上焜炉に四角い皿を載せ、出汁を張って豆腐を入れ、小炭団に火を点ける。

 やがて、皿の中の出汁がぐつぐつと煮立つと、善四郎さんへ指し示す。

 善四郎さんは、箸で豆腐を割り口に運ぶ。


「ほほう、これは美味い。単純な仕掛けだが、仕出し膳で温かい豆腐が食べられるというのは成程面白い。だが、これは豆腐の入った味噌汁から具を取り出したものとそう変わらんのではないかな。卓上焜炉という珍しさに最初は目が奪われてしまうが、流行が落ち着けば淘汰されてしまうだろう。もう一つ工夫が必要な料理に見える」


 なかなか手厳しいが、気づくと豆腐はすっかり無くなっている。

 辛口な意見はともかく、実はそれなりに美味かったようだ。

 ここで、加登屋さんはどじょう鍋の準備を指示するため一旦板場へ戻る。


 次に、萬屋製卓上焜炉に四角い皿を載せ、出汁を張って小炭団に火を点け、出汁が煮立ってくる。

 加登屋さんが座敷に戻ってきた。

 どうやら、義兵衛の出番はなく、加登屋さんが説明をする。


「この状態になったら、白身魚の切り身をこの出汁につけて何回かしゃぶしゃぶと洗うように潜らせ、こちらのポン酢を付けてそのまま口に入れます」


 善四郎さんは、切り身を箸でつかんで出汁に潜らせた後、ポン酢に付けて口に運ぶ。

 続けて長くしゃぶしゃぶとした切り身、その後はうんと短い時間、さっとしゃぶっとしただけの切り身と色々変えて口に入れる。


「なんだ、これは。味は煮魚のようで、口当たりは刺身のようで、嬉しい美味さじゃないか。食べる人の好みに合わせてしゃぶしゃぶの長さを変えることができる。しかも、長くても短くても、新しい味と歯ごたえがある。

 このポン酢という調味料が癖ものなのだな」


「坂本さんにこのポン酢の作成法をお教えしたら、黙って10両(=100万円)を差し出してきました。少なくとも、坂本さんにとってはそれだけの価値がある料理であり、新しい調味料ということです」


 善四郎さんは、しゃぶしゃぶをすっかり食べ終わり、これを聞いて唸っている。


「確かに美味い。ただ、仕出しでこれを出すと、大名家のお殿様なんて偉い人が自ら箸を使って調理するということになるぞ。それはそれで問題になるかも知れん。その辺りの扱いをちゃんとしないと問題かな」


 この言いようにムッとした義兵衛が噛み付いた。


「多少そういう面もあるかも知れませんが、例えば箸先で豆腐を崩したり、茶碗からご飯を掬うというのも同じことじゃないですか。この場でそれを言うのは、とんだ言いがかりですよ。今回の話は、善四郎さんが、出される料理の味が本物かどうかで判断する、と仰いましたよね」


「まあ、この『しゃぶしゃぶ』は料理としては実に面白い。基本は魚の切り身を熱湯につけ、しんなりと半煮えにして食べるという新しい食べ方であるが、具を魚の切り身以外にするとか、付け汁の選び方・組み合わせは沢山あるに違いない。ただ、白身魚の切り身とこのポン酢という組み合わせは実に見事としか言いようがない。加登屋さんがどうしてこの組み合わせを選んだのか、このポン酢を産み出したのかは知りたいが、今までの話だと教えてくれはしないのだろう。これは、いよいよ次のどじょう鍋が楽しみになってきた」


 加登屋さんは板場へ行き、丸皿に茹で上がった泥鰌を何匹か平たく並べてもって来て、萬屋製の焜炉に乗せる。

 そして、丸皿の泥鰌の上からヒタヒタになるよう割下を入れ小切りした葱を載せる。

 小炭団に火をいれてから、善四郎さんへ説明する。


「これから『どじょう鍋』を造ります。この割下については、武蔵屋さんから4両(=40万円)頂いております。なので、こちらもあからさまに真似されませんようにお願い致します」


「真似しないように、といわれても、同じような調味料はどうしても出てくるものではないのか。それは止めようもなかろう」


「少なくとも、八百膳さんが武蔵屋に次いで出されることがないようにだけ留意願います。でないと、萬屋が秘伝を漏らしたと責められます。逆の立場で、ここの板場で見聞きしたことから、ワシが同じような昆布出汁を作り出して、他の料亭で使ってしまったらどう思われますか」


 加登屋さんも、今までの経験からなかなか攻め所を心得てきたようだ。

 昆布を使った出汁というのが決め手のようだ。

 善四郎さんはこの弁を聞いて黙ってしまった。


八百膳さんの料理の秘密、それは精進料理を使うことを意識した昆布出汁なのでした。それを板場を見た加登屋さんが見て暴きました。どじょう鍋はどう評価されるのでしょうか。そして、ついに未完成といいつつ...

次回をお待ちください。

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