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萬屋経営陣は怠慢過ぎる <C2141>

昨日の忠吉さんのボヤキを聞いて閃いたことを展開する義兵衛さんです。

そして、萬屋経営陣は頭を使っていないので、引っ張っていくしかないかと思うのです。

■安永7年(1778年)4月10日(太陽暦5月6日) 萬屋


 お婆様が萬屋の経営層である千次郎さんや忠吉さんに与えるストレスの大きさは、見過ごすことができないものがあることを義兵衛は改めて認識した。

 なぜお婆様はこのように過激になるのか。

 今までの会話を振り返って考えると、鍵になる会話を思い出した。

 それは、仕官できたことを報告した宴の終わりにした会話なのだ。

 義兵衛が一生懸命知恵を絞って働くのが神託に沿っての活動であり、単に金儲けするのではなく、大飢饉のときに人々が餓えることがないようにするという目的があっての業であることを説明した時のことだ。

『わたくしにとっては面白みのない話じゃ。萬屋の繁栄が何ほどのものと見えてしまう。精一杯応援する位しかできんのが残念』

 確か、そういう心情の吐露だった。


 今のお婆様の立場は萬屋の隠居であり、実力はあるのに実質的に何もできないのだ。

 なので、義兵衛が大義のもと精一杯動いていることが羨ましくてしょうがない、という風にもとれる。

 一枚噛むためにできること、という意味で華さんを手駒にしようとしたと考えれば納得もいく。

 婚礼ということになれば、お婆様が手腕を振るう場面が出てくるのだ。

 では、どうすればいいのか。

 なんということはない、この大飢饉対策でお婆様が腕を活かせる場所を作ってあげれば良いのだ。

 そして、お婆様がそこで主体的に活動するようになれば、狭い世界の萬屋の中でチクチクすることはなくなるに違いない。

 ここまで考えがまとまれば、あとはどういった場が作れるのかを千次郎さんに相談すればよい。


「千次郎さん、飢饉が起きた時に、江戸市中の町民を救済するための仕組みはありますでしょうか」


「これはまた、突然の質問ですな。火事なんかの災害が起きた時に助け合う仕組みはありますが、飢饉といようなことはあまり考えられておりません。それぞれの町の寄合で、街の不具合を話し合うことはありますが、飢饉という話は出たことがありません」


「飢饉が起きれば、米の値段は普通の人には手が届かないくらい高騰すると思います。すると、米を買えなくなった貧しい町民が裕福な商家を襲うことになります。特に、米問屋は格好の餌食になるでしょう。ごく少数であれば、押さえ込むことも可能でしょうが、僕が聞いているお告げ通りだとすると、間違いなく江戸市中の米問屋は残らず打ち壊されるでしょう。幕府は御膝元でそのような暴動を見逃すはずもなく、押さえつけることになります。勿論、何がしかの対策として米の放出などなされるでしょうが、その付けは必ず商家全部に回ってきます」


「確かに、義兵衛さんが動いているご神託通りなら、そうなるのは見えてきます。それで、何をおっしゃりたいのでしょう」


「そこで、お婆様ですよ。実は忠吉さんから最近お婆様が過激になっていると聞きました。いろいろ考え合わせると、お婆様は出番を探しているのではないかと思えるのです。僕が村人を飢饉から救う対策で実績を少しづつ積み上げようとして足掻いていますが、お婆様はこういった大義の元で何らかの役割を内心担いたくてしょうがないのに、何もできないことにいら立っているのではないかと思えるのです。そこで、萬屋の主人では表だって動くことができないけど、お婆様にならできる役周りを作ってさしあげるのです」


「なるほど、それで飢饉が起きた時でも江戸市中の町民が困らないような方策を考えそれを実施する役回り、ですか。言いたいことは判りますぞ。町の寄合に知恵者がおります。そこに相談してみましょう。しかし、神託の話はするのはまずいのではありませんか」


「そこは、神託の内容ではなく、一般的に飢饉が起きると、という具合にお話し下さい。追及された場合は、以前に何かの席で加登屋さんが『高石神社の巫女が大飢饉が迫っている』と言っていた話を引き合いに出す位は問題ないと思います。具体的な対策としては、飢饉で貧困に陥った町人を救済するための米を蓄えた蔵を町内に一つ作るといった成果が出ればいいのです。勿論、あっさりできるはずはありませんが、だからこそお婆様が一生懸命動くことになり、それによって誰かの役に立っている満足感を、他人から賞賛される行為による自己満足感を得ることになるのです。そうすれば、お婆様の癇癪は随分消えると思いますよ」


 今言われたことを千次郎さんは頭の中で考えているようで、押し黙ってしまった。


「萬屋の中の話なのに、いろいろと考えて頂きありがとうございます。飢饉への備えをするという義兵衛さんの大義の一端を、萬屋のお婆が担うことで双方にとり満足する結果が得られるという策、確かに道理に沿っております。ただ、知恵者に相談する折、同行して頂きたいのと、お婆を担ぎ出す説明をする時の助力はお願いします」


 それ位は手伝う必要があると思っていたので、否はない。

 朝一でこっそりする話は終わった。

 どうも萬屋の経営陣は、問題を片付けるために頭を使っていない。


 さあ、今日は一体どうなるのか、萬屋の茶の間で作戦本部が回り始める。

 とりあえずここにも爆弾を一個落としてみよう。


「料理番付の瓦版を出す話はどこまで進んでおりますでしょうか」


 たちまち青くなった忠吉さんが言い訳を始める。


「卓上焜炉の製造・販売を優先していたので、八百膳さんへの話などを含め、実は何も準備できておりません」


 千次郎さんも何も手を打っていなかったようで、困っている。

 一緒にいるのだから、何もしていないのは当然知っている。


「それは良かった。この話は萬屋が前面に立つと、いかにも卓上焜炉を売らんがための策と見えてしまうので、瓦版の版元を経由して伝えるのが得策です。もちろん、行司役の八百膳さんから萬屋と話がしたい、という状態になれば積極的に応じるのはいいと思いますが、それまでは直接行くのは避けたほうが良いと思います」


 忠吉さんの顔色はみるみる戻ってきて、ほっとした様子なのが良く解る。


「しかし、今から手を回しておかねば間に合いません。それと、ある程度卓上焜炉が料理屋に出回っている状態でないと、行司の八百膳さんは納得できないでしょうから、坂本さんの受注分はもう納めてしまい、値段を予想していたものに戻しませんか。忠吉さんからすでにお聞きのこととは思いますが、明日夕方には深川製焜炉が1000個届きます。12日までに追加増産要否の判断をして知らせる必要があるのですが、このままではどれだけの需要があるのか判りません。瓦版が13日に出ますが、その時にあと2000個位は不良在庫覚悟で深川製焜炉を確保しておくのも良いかと考えます。もちろん辰二郎さんと秋葉神社へ出すお金があるか、ですがね」


 そういった判断をするのが作戦本部の役目なのだが、いつしかここが状況を聞いて一喜一憂するだけになっていたようだ。


「深川製卓上焜炉が14日にも1000個届く。それに更に2000個追加しておくかどうか。かかる費用の55両は、今なら料亭へ売った現金があるので不自由はしない。この55両分が今後活きるかどうかの判断か。今一つ決め手となる材料がないなぁ」


 材料が無ければ作るという姿勢がないのが、この萬屋の経営陣の足りないところなのだ。


「今の所、卓上焜炉が料亭の座敷や店内だけの利用となっていますが、今後仕出し料理の膳の一部に使われることになります。この時注意しなければならないのは、火を使うという点です。ここに着目して何か打つ手があると思っていますがどうでしょう」


 ここは炭屋であって、焜炉を売っているところではないので開き直るという手もあるのだが、卓上焜炉で儲けている現状に目がくらんでいるとしか思えない。

 萬屋さんに対しては、俺もトコトン甘いので、ついヒントを出してしまう。

 俺が懸念しているところに、萬屋の経営陣は辿りつけるのだろうか。

 こういった抜かりがある点で、萬屋の経営陣は殿様商売になっていると思ってしまうのだった。


結局、義兵衛さんは甘いのです。ヒントでピンとこない萬屋経営陣に講釈する、というのが次回です。

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