深川製卓上焜炉 <C2140>
間に合いましたので、今回は連日投下します。
辰二郎さんの作業場で、工夫された製造方法を見ます。
お婆様が弾ける前に萬屋を抜け出し、焜炉作りの責任者である忠吉さんと一緒に深川にある辰二郎さんの作業場を訪れた。
「萬屋に世話になっている義兵衛です。お忙しい中、今日は確認と相談があり、やって来ました」
「おや、今日は忠吉さんが一緒かい。今大忙しで卓上焜炉作りの準備を進めているところだ。思ったよりうまく行きそうで、13日納品予定と言っていたが、11日の夕方には最初の1000個は出せそうだぞ」
「ええッ!そんなに早くできるのですか。それはとても助かります。一体どんな方法を使っているのですか。作り方にとても興味が出てきました」
その言葉を聞いてニヤリとした辰二郎さんは、自ら作業場の中を案内してくれた。
この様子から、辰二郎さんは腕に自信がある職人堅気の人で、また色々と工夫を凝らす人だということが良く解る。
「まず、底と柱を型に入れ別々にこさえる。そして、少し固まりかけたところで、それをつなぐのさ。いきなり立体の形をつくるのではなく、平らな所で作りやすい部品をパッと作るというところがミソなんだ。こうすると、大量にものを作れるだろう。そして、つないで中空の立体をつくる。このつなぐところが見ものなんだぜ」
焜炉の底になる所には予め脚を嵌める様に該当する部分に穴が開いている。
そして底にする部分を既定の場所に25個並べ、脚をはめ込む所につなぎの粘土を入れる。
それぞれの場所に刻印が押された柱を立てて、天に向かって100本の柱が立つと、今度は上から柱を押さえる100個の凹みのついた板をかぶせグイと押し固める。
しばらくその状態にした後、上から押していた板を外し、別の場所で逆さにして乾燥させている。
「これは上手いやり方です。焜炉に載せる皿は4本の脚で支えるのですが、この高さが揃っていないと傾いたりカタカタになったりするので、その点を注意してもらいたいと思っていたのです。このやり方なら、傾いたり、高さが不揃いにならないので安心です」
「そうだろう、俺が言うのもなんだが、上手い工夫をしたもんだ。つなぎの粘土がミソで、ここで脚の長さが微妙に調節されている格好なのだよ。四本の脚の刻印に重複がないこと、つまりちゃんとした柱が嵌っているのを確認したら、逆さまにひっくり返した底の所に『辰二郎』の証となる印と印を押した日、何番目の仕込みかが判る刻みを入れているぞ。さすがに、25個を区別する番号までは入れないが、それでいいかな」
今日、相談しようとしていたのが、このロットの識別だったので、話すことは何もない。
「底面の刻印と仕込みが判る刻みは良く思いつかれましたね。相談したかったのは、そのことだったのです。仮にも火を扱う道具なので、どこへ何を売ったのか位は見てないと危ないと考えていたのです。あとは、同じようなものを余所が作ることの懸念でしたが、ちゃんと辰二郎さんの印が押してあるということなら、真似したものかどうかは直ぐ判りますよね。これで、懸念事項は無くなりました。僕みたいな子供に言われてもなんでしょうが、これは凄いことです」
「そうとも、そうとも。予め作った底皿と脚をつなぐだけなんて作り方ができるのは、江戸の中では、うちらの所だけだろう。
これで1日250個ではなく、おおかた1日500個位は作れる目途が立った。だから、納期前進ができるって訳だ。この焜炉は、向島の料亭で流行り始めている湯豆腐を出すための道具なんだろ。数が足りなくて困っているという話を兄貴から聞いている。
それで、11日に1000個納めた後は、14日に残りの1000個を納めることができる。3日毎に1000個の感じで作るが、もし、最初に言っていた2000個留まりなら、12日中に仕込む作業を止める。続けて同じ割合で作って欲しいなら、12日中にあとどれ位作ればいいのかの連絡をくれ。大したものではないから、こっちで1000個くらい余計に持っていても差し支えないが、秋葉神社に納める金の関係もあるのだろう」
事情をよく知っているようで、話が早い。
流石に江戸は量産技術に長けている。
この感じであれば、秋口前に七輪・外殻の生産が間に合わない時は、辰二郎さんの作業場に製造を依頼するのも手かも知れない。
ここに外注することで、それらの原価は上がるかも知れないが、売り上げが立ち行かなくなった時の減産までを考慮すると、秋口の不足分を補う良い方法かも知れない。
それに、ここならば素材の選択肢は広いに違いない。
秋の本格準備の前にそのことで相談に来ることになるだろう。
「今日中に作り上げた分で、明日の夕方から窯で仕上げるつもりだ。もし興味があるのなら、明日の昼過ぎに来ると良い。この窯もよそにはない工夫を随分しているので、きっと驚くはずだ」
「そんな大事なものをよそ者にあっさり見せていいのですか。自分の里でも先に見せたように焜炉を作っているのですよ。真似されたら困りませんかね」
「俺は、そんな小さなことは気にしてないね。お互い見せ合いっこして、よりいいものを早く作れるようになったほうがいいに決まってら。兄貴から聞いているよ。この焜炉だって独り占めできるところを、江戸市中は萬屋さんに惜しげもなく譲った挙句、一文たりとももらってないやつだって。しかも、困った時には相手の身になって必死で知恵を絞ってくれるって。そのために江戸に出てきたんだろう。まだ小童のくせに、お前は面白いやつだなぁ。こんなお人よしがいていいもんだろうか」
ここにも、大飢饉の時に助けてくれそうな人がいる。
そう思うと義兵衛は胸が熱くなった。
辰二郎さんとのやり取りを聞いていた忠吉が、突然口を挟んできた。
「辰二郎さん、やはりそう思うかい。ワシもそう思っていたら、義兵衛さんの里の領主様もそう思ったみたいで、恩賞ということなのかも知れないが、つい先日旗本家の士分に取り立てられたのだぞ。今は商家の仕組みを研修せい、ということで萬屋で預かっているのだが、その内頭角を現すに違いない」
「なんでい、お侍さんかい。こりゃ大変失礼しました」
「いえいえ、まだ見習いです。つい10日ほど前までは、寒村の農家の次男坊として生きてましたので、まだまだ世間知らずなのですよ。こんなに広くて人が一杯いる江戸の街を見て、目を回してばかりです。よろしくご贔屓ください」
忠吉さんが、辰二郎さんに聞こえないように小さな声でブツブツ言っている。
「何が寒村農家の次男坊だよぉ。お婆様自慢の孫娘を来るそうそう袖にしておいて、何が世間知らずだよぉ。おかげで主人の千次郎さんが本宅でどんな目にあっているのか、判っているのかよぉ。世間より本宅の事情をまず知ってくれよぉ」
『忠吉さん、裏話がダダ漏れですよ』
しかし、ここまでストレスになっているのであれば、真剣に考えざるを得ない。
辰二郎さんという気風のいい人と知り合えたこと、萬屋のお婆様対策を真剣に考えたほうが良いという収穫を得て、萬屋に戻るのであった。
忠吉さんがストレスで壊れそうです。なんとかせねば、というところから次回は始まります。
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次回は隔日の20日0時の投下を予定しています。