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村に凱旋して <C214>

■安永7年(1778年)2月中旬 武蔵国橘樹郡登戸村から細山村を経由し金程村へ


 翌朝起きると、練炭の上に大きな鉄鍋が乗せてあり、湯が沢山沸いていた。

 まだ練炭は燃え尽きてはいないようだ。

「いやあ、お話通り、一晩は充分保ちましたな。

 これは素晴らしい。

 これからも、練炭をよろしくお願いしますぞ。

 あと、七輪についても、正式のものが出来上がったら、是非こちらにもお売り頂きたい」

 一泊の宿泊代・夕朝食込みとして200文を支払い、とても好意的な加登屋かどやさんの見送りを受け、家を出た。


「さて、これから帰るとするか」

 父・百太郎はこう言ったが、俺は手ぶらで帰るのではなく、これから必要となる材料を購入したいとの意見を伝えた。

「折角雑貨屋なんかがあるので、布海苔ふのりをできるだけ沢山仕入れて帰りたい。

 布海苔さえあれば、まだ色々作れる」

 この布海苔は、織物や紙をピンとするために糊付けするときに使うため、着物屋や表具屋においてある。

 そこで、村中を回って買い集めた。

 全部で400文=一万円相当分の布海苔を仕入れると、これを背負い籠に入れ、村に帰ることになった。


「今まで捨て値でしかなかった木炭の切れ端を、ちょっと加工しただけで、これだけの価値が出るとは思わなかった。

 村を出るときは、まあ文無しの状態だったが、今は3150文と400文分の布海苔がある。

 この分なら、お前の言うこともまんざらではないな。

 それに、この行商でお前も思うところが色々あったようだ。

 観客のあしらいや、昨夜の加登屋さんへの対応を見ると、随分成長したようだな」

 父・百太郎は、義兵衛を褒める。


「いや、僕のほうこそ、何も見えていなかったことに気づいた。

 特に父さんが辻売りであんなに口上や受け答えがすごくできるなんて、驚きの連続だった」

「これから、木炭加工をもっときちんとした体制で取り組むことを考えているが、材料の木炭はどうすればいいと思う。

 いくら買い叩かれる小枝や端材を使うといっても、そもそも無限にある訳でもないし」

「材料は木炭だけではなくて竹炭を混ぜてもいいと思っている。

 竹なら早く育つし、クヌギやナラ・カシより炭にしやすいよ」

 俺の言葉に驚いて目を剥いた父であった。


 村へ戻る途中、細山村で白井家に寄り、名主の白井与忽右衛門さんに『明日お殿様かその代理様と白井さんに相談したいことがあるので都合をつけてもらいたい』旨の申し入れをした。

 突然の訪問ではあるが、今は丁度、これといって作業もない農閑期であるため、時間が取れることを確認したのだ。

「明日は、お前と孝太郎を一緒に連れてここへ来るつもりだ。よいな」


 それから村へ急ぎ戻ると、父は早速に兄・孝太郎と、村の主だった大人を家の広間に集め、手にした銀・銭を広間一杯に広げた。


「この銭は、全部で3150文ある。

 大工の彦左衛門のとこの息子・助太郎とここにいる義兵衛が3日ほどかけて、屑の木炭から作り上げた練炭というものを、昨日登戸村で売って得た金だ。

 たった3日、子供らが働いただけで、今までせいぜい200文にしかならなかった木炭が10倍にも化けよったのだ。

 なので、この村で本格的にこの練炭を作って行きたいがいかがかな」

 しかし、集まった大人達はこの大金を見ても「名主様がそういうのであれば仕方ないか」という感じなのだ。


「この策は、年貢対策ということは言わなくても良いのですか」

 兄・孝太郎が小声で申し立てた。

「確かにお前の言う通りだが、まだ細山村の殿様や名主の白井与忽右衛門さんに話しを通していない。

 明日、相談をするつもりなので、皆に言うのはその後でもよかろう。

 まあ、この練炭の売り掛け金を年貢に代えることができなくとも、我らが銭で豊かになればよいのじゃ」

 年貢のことをこの場で言う積もりはなかったのかも知れない。

 それに気づくと、孝太郎は赤面した。

 物事には順序があり、一足飛びにはいかないのだ。


「皆も知っていることだが、窯を立てて炭を作ると大体20俵程度の木炭が得られるが、堅炭と言われる上級品は12俵~14俵、ザク・雑炭が6~8俵、売り物にならないものもそれなりに出る。

 これを掛売りすると銀66匁(=6600文=16万円相当)になる。

 大体、一冬で10回位炭を焼く釜を立てるので、全部で金16~17両が掛売りできる。

 その掛売りにより、色々なものを買えたり、米による年貢をかなり減らしてもらっているのだ」

 まあ、ここにいる大人達はおおよそそのようなものだ、ということを体感的に知っているには違いない。

 ただ、義兵衛さんは、この成型木炭の献策を教えるまでは、具体的な数字・金額・石高として認識していなかった。

 もし、俺の献策を聞いていなければ、理解できなかったに違いない。


「この練炭を、一回の窯で出るザク・雑炭7俵(=100kg)から練炭を80個くらい作ることができる。

 そのままザクとして売れば、1400文位に買い叩かれてしまうものが、10倍近い12000文(=金3両)ぐらいには売れるようになるのだ。

 これを10回繰り返すと、練炭のところだけで金30両、つまり米30石分位になる。

 実際に辻売りしてきた実感として、最低でもこれくらいになる。

 これが、この村の暮らしを楽にすることに役に立つと思うがどうか」

 具体的な金額や、米に換算した数字を聞いて、大人達は熱狂し始めた。


「名主様、是非やりましょう。

 手前の家からもお手伝いさせて頂きます」

 口々にそう言いはじめた。

「うむ。では、その方向で進めていきたいので、よろしくお願いする。

 まず、手伝ってもらった大工の彦左衛門のところの助太郎を中心に新しい売り物を量産する形を作りたい。

 細かな構想は、ここにいる練炭の発案者、義兵衛と助太郎でこれから練るので、是非協力をお願いする」

 これで話しが終わるかと思ったが、すこし間を空けて続けた。


「また、先ほどこの試みが上手くいったら、米30石分ぐらいの売り掛けを増やすことができる。

 孝太郎がちょっと先走ったが、これを年貢に充ててしまえば、獲れた米を納める必要がなくなるということも考えている。

 明日、お殿様のところに行って相談するが、簡単には決まらないだろう。

 しかし、年貢を全部炭の売り掛けに振り替えることができると、影響は大きい。

 この案を頑張って認めてもらうためには、まず実績を見せる必要があるので、皆にはよろしくお願いしたい。

 詳細を詰めて、年貢をどうするのかの話しが決まったら、また皆に集まってもらいたい」


 主な村人への説明が終わり、皆が解散すると、兄・孝太郎が父へ説明を求めた。

「なぜ助太郎が中心となって進めることにしたのですか。

 練炭を考案し、米による年貢を止める献策をしたのは、義兵衛ではないですか。

 義兵衛を中心に、炭の加工・販売をしていくのが普通だと思うのですが、いかがでしょうか」


 父・百太郎は、しばし天井を見上げたあと、フゥ~と息を吐き出して事情を説明し始めた。

「義兵衛がいる場所ではどう言うべきか、少し迷っているが、まあそのあたりについて、本人は理解してくれるだろう。

 もし、この献策がお前から出たのであれば、迷わずお前を中心に据えていただろう。

 しかし、義兵衛は次男坊であり、いつかは村を出て行くしかない。

 そのような者が、これから村が依って立つ仕事の中心になってどうする、というのが表向きの事情じゃ。

 だが、見たところ義兵衛には、まだ何か言いたいことや、対策とする腹案が色々あるようなので、練炭だけに縛り付けたくないというのが実情じゃ。

 義兵衛、どうじゃ」

 ここで、『天明の大飢饉が4年後に迫っている』と声を大にして叫びたいところだったが、まだ説明する準備が充分ではない。


「父上、兄上、ご配慮、まことにありがとうございます。

 今回、練炭以外にも、実はまだ献策は沢山あります。

 なので、中心となって動くのに助太郎を据えて頂けたのは大変助かります。

 多くの献策については、まだ考えが充分まとまっておりませんので、考えて指導する時間を頂けるというのはありがたいことです。

 今回の登戸村への行商も、僕にとって知見を広げるのに大変役にたっています。

 こういった機会を僕に与えてくださったことを感謝します」

 父の慧眼には本当に恐れ入った。


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