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各料亭からの売出し <C2133>

予告通り、各料亭からの売り出しとそれぞれの動きを描きました。ただ、売り出し日に差があるため、4月1日~3日の間の出来事風になっています。

■安永7年(1778年)4月2日(太陽暦4月28日) 江戸・向島 武蔵屋


 4月1日に武蔵屋が膳に出し始めた湯豆腐料理について、向島に並ぶそれぞれの料亭内ではひそかに噂が広がり始めていた。

 そうなったところへ、この料理の瓦版が出たため、2日の向島で1枚4文の瓦版100枚は、普段なら悠長に何度も謡う所を、1回謡い終わった瞬間に黒山の人だかりとなり瞬く間に売り切れてしまった。

 この事態に驚いた版元は、他のところで売りかけていた瓦版を半分取り戻し、向島で再販売した。

 全部で500枚『売り切れるかどうかぎりぎり』と見ていた版元は、料亭に関係する者が競って買い求めていることに仰天した。

 普通の瓦版とは違い、料亭の女将や主人、板場の面々が噂ではない何がしかの情報を求めている市場があることを意識していない結果なのであった。

 結局、4月2日は500枚を午前中で売りきれ、版元は重版500枚の生産に入った。

 夕方には仕上がり、再度販売に向ったものの、150枚程度は売れ残ってしまった。

 だが、これはいつものことであり、2日に回らなかった地域へ回して売ればよいのだ。

 翌3日は再重版500枚を加え、650枚の「湯豆腐」絵のついた瓦版を売り切る方向となった。


 2日の武蔵屋は、昼過ぎから噂を聞いた江戸っ子が是非「湯豆腐」を食いたいと店前に長蛇の列を作った。

 ただ、準備していた豆腐が足らず夜の宴席向け分まで昼に回して400膳、急遽豆腐を仕入れに駆けずり回り宴席100膳をどうにか確保したのだった。

 昼の膳は、材料である豆腐の用意が無くなり出せないことの弁明に追われた。

 店の中を回すのに必死で、周囲でどんな騒ぎになっているかまで気が回っていなかったのだ。


 その頃、萬屋では茶の間に千次郎さん、忠吉さん、加登屋さんと義兵衛が詰め、入ってくる状況の整理を行っていた。

 そこへ、武蔵屋を偵察していた丁稚が、店の外に並ぶ行列を見て、あわてふためいて飛んで戻ってきた。


「大番頭さん、大変な騒ぎになっています。武蔵屋の前に客の長い行列ができています。それも50人では追っつかない位の人が。おまけに、瓦版を手にした人も大勢います」


 忠吉さんは、瓦版の版元にどの程度準備したのか問合せをし、重版見込み3日間で2000枚は行けそうとの聞き取りをした。

 萬屋が武蔵屋に売った焜炉は100個、小炭団は1500個に過ぎない。

 瓦版を見て、行列する客へ対応しようとするならば絶対数が不足するに違いなく、緊急に追加を求められる可能性が非常に高い。

 そこで、製造元から今日届いたばかりのものを含めて焜炉と鉄皿の各100個を持っていけるように準備する。

 小炭団2000個も用意するが、武蔵屋の焜炉全部が稼動すると10回転分でしかなく、追加は必須だろう。

 忠吉さんは、卓上焜炉の日産量を増やすことと、上限1000個から3000個への引き上げを、製造元に依頼した。

 また、登戸村の中田さんへ小炭団と炭団をありったけ江戸に送り続けるよう指示したが、こちらは早くても4日到着便からになる。


 果たして武蔵屋から「即金で払うので、卓上焜炉ありったけと小炭団2000個を用立ててもらいたい」との依頼が来た。

 萬屋は準備した道具を持ち込み、金15両を受け取る。

 ついでに『武蔵屋は3日に向けて食材を1000膳分用意することにした』との話を聞き出した。


 明日3日は、坂本から「しゃぶしゃぶ」料理が提供される日なのだ。

 初日は何の宣伝もないため噂の発端程度で収まるが、翌4日は瓦版も出る。

 版元の感触からして、初版2000枚は確実に売るに違いない。

 すると、4日の騒ぎは武蔵屋どころではなさそうだ。




■安永7年(1778年)4月3日(太陽暦4月29日) 江戸・向島 武蔵屋


 武蔵屋の開店を待つ江戸っ子がおおよそ60人群れをなしていた。

 混乱を避けるため、武蔵屋は早めに店を開けたが、やがて席は一杯となり店前の路上に人が溢れ始めた。

 昼は850膳、夜は150膳の見込みであったが、早くも想定を超える状態となってしまった。

 目一杯の150席より多い200個の卓上焜炉がフル回転しているが、一向に終わりがない。

 結局、昼間は卓上焜炉が約8回転、夜には約1.5回転し、最終的に1800膳を出して3日目を終えた。



■ 同日 江戸・京橋 坂本


 「しゃぶしゃぶ」料理の膳は至って静かな滑り出しのはずだったが、向島で噂される卓上焜炉を使った膳という噂が広まった瞬間、京橋・日本橋界隈の料亭に関係する人が集まってきた。

 席数が70程と小ぶりの店は一杯となってしまい、仕出しは一切断る形となった。

 そして、能力一杯の700膳を出して初日を終えたのだった。

 明日4日は瓦版の売り出し予定もあり、本日以上に混雑を極めるという萬屋からの忠告もあり、その準備と覚悟を決めていた。

 そして、萬屋にいる加登屋さんに明日の救援を求めたのだ。



■ 同日 江戸 瓦版・版元


 4月3日、瓦版の版元は大車輪で版木を刷る作業に追われていた。

 瓦版は飛ぶように売れており、武蔵屋・再々重版500枚、坂本・初版2000枚の刷り上げ以外に、ことの黒幕である萬屋の面々との面談と記事起しを同時にこなしていたのだ。

 同業の他の瓦版の版元も、ことの異様さに気づいたようで、今更のように武蔵屋にまとわりついている。

 そして、坂本の異変にも気づいた時には、こちらは瓦版が刷り上がっているという特ダネ状態なのだ。

 明日も入れ食いは間違いなし。

 更に、次のネタ記事起し、その後の企画も見えているとあっては、もう笑いが止まらない。

 厚遇してくれた萬屋に、大きな借りが出来たが、こちらは萬屋の瓦版を大量に売り捌くことで応えたいと考えていた。



■ 同日 江戸 萬屋


 料亭・版元の大忙しという状況とは違い、作戦本部である萬屋の茶の間には重い空気が漂っていた。

 流行ったところで、売り物とする卓上焜炉が足りないのだ。

 今日、出来上がってきた卓上焜炉は60個で『明日から最低でも毎日70個は届けます』と言っていたが、これでは求めに応じて出せる数ではない。

 目算が狂ったのは、最初に各々の料亭に2組を売ってしまったこと、武蔵屋の窮状に応じて更に2組を出してしまったことなのだ。

 幸いにして、四角い鉄皿は追加注文して400枚の手持ちがあり、丸皿も夏模様が500枚仕上がってきている。

 47個での組販売は難しいのであれば、若干高値にしてバラ売りするのが良いのかも知れない。

 イザとなれば、金程印の焜炉が200個あるのがまだ救いといった塩梅なのだ。


 そう思い悩むうちに、向島の武蔵屋でない料亭から卓上焜炉を売って欲しいとの話が持ち込まれた。

 ここは想定通り、料亭・坂本向けとして準備しているものがやっと1組あるのだが、と話をすると使いの小僧は帰ってしまった。

 だが、その料亭の主人が話をしたいとやって来た。


「坂本に入れる準備が出来ているものはあると聞いたが、それを譲ってはくれないだろうか。坂本にはこちらからもお詫びをするし、坂本の倍の値段を即金で出そう」


 想定通り金7両のものを14両で買おうというのだ。

 しかも、坂本へお詫びをしてくれることで、一応の仁義は切っている。

 坂本は仕出し分として卓上焜炉を余計に確保しようとしていたのだが、仕出しを一律断らねばならない状況であることから納品時期を遅らすことについての了解は出やすいだろう。

 更に1組47個で予備3個のところの予備を1個にして、2個を浮かせよう。

 加登屋さんを応援に出すこともあり、料亭・坂本は納得してくれるであろうことからこの料亭には1組48個を販売し、この日を終えた。


新しい料亭は、向島の「大七」です。これが火種の一つです。

次回は、武蔵屋の女将にかかわる話です。

いつもながら、感想・コメント・アドバイスをお寄せください。

また、ブックマークや評価は大歓迎です。よろしくお願いします。

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