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椿井家の借金 <C2131>

込み入った話!それは、サブタイトル通りです。

 練炭・炭団の殖産成功の褒美として、義兵衛は椿井家に徒士身分として召抱えられ、助太郎は士分扱いにするとの上意が示された。

 この沙汰により、工房の運営主体自体が金程村から椿井家に移ることになる。

 従来の方法では、工房で得られる利益の半分を年貢として納めるという想定だったのが、利益全部が椿井家のものにすり替わってしまうことになってしまった。

 しかも、椿井家の投資は義兵衛への禄5石と助太郎への士分扱いの名誉だけなのだ。

 家の財務を管理している江戸在住の細江さんにしてみれば喝采ものなのだろうが、その細江さん自身も子供がいないところから農村での義兵衛を養子にせよとの下命が下された。

 細江さんには異論を唱える余地もなく、その通りとならざるを得ない。

 この話が出てこの場はお開きと思っていたのだが、まだ終わっていなかった。


「それで、飢饉を乗り切るためには、どのようなお役にあるのが良いと考えておるのか申してみよ」


 お殿様から直々の問いが発せられる。

 確か、今権勢を誇っているのが、かの有名な老中・田沼意次様なのだ。

 ここにつなぎが取れるのが一番に違いないが、それでは幾ら銭があっても、家を空っぽにしても追いつく訳がない。

 椿井家が持っているのは、銭ではなくて未来知識による予言しかないのだ。

 そして、それが神意という形を取っているなら、寺社奉行に繋がる役職が相応しいに違いない。

 だが、この組織というのは実にやっかいなものなので、表に見えている役職だけでなくその地位にある人と、その人とのつながりの見極めがとても重要なのだ。

 下り坂の人や難のある人を上司と仰いでも、禄なことがない。


「真に申し訳ございませんが、幕府にどのようなお役や、どういった方がお勤めになっているのかを全く存じません。いろいろと不勉強な状態で、迂闊にものを申す訳にはいかないと存じますので、この件については、今は何も申し上げることができません。今暫く色々と調べてからの返答とさせて頂きたく、よろしくお願い申し上げます」


 とりあえず、危ない橋は渡りたくない。


「義兵衛の申すことも、もっともでございましょう。まずは、おいえの財務をしっかりさせることが肝心かと思います。その間に、どのお役が一番手近な、また先に役立つのかという目算も立ちましょうほどに、焦りはご禁物と考えます」


 甲三郎様が機転を利かせて、そう取りあってくれた。

 義兵衛は先日より疑問に思っていたことを口にした。


「細江様、このような席でお尋ねするのは失礼かと存じますが、椿井家が米問屋から借用している金額は、いかほどになりますのでしょうか」


 ここでこれを聞くのは失礼かとも思ったが、お殿様の前で言質を取るのは今しかない。

 細江さんは苦い顔をしてこちらを向いた。


「細かい数字は多少違うかも知れんが、今年の分と来年の札差の半分までを入れて、おおよそ200両を借用しておる。利息分など証文毎に若干の差があるので、付き合わせてみないと判らんが、それぞれの証文の期日までに返済する金額の合計が約200両という意味じゃ」


 この数字でだいたいのカラクリは想像がついた。

 毎年、米で70石札差分と特産品である木炭などの掛売り金の50両分を収入として前借し、年末の返済と同時にほぼ同額を借用しているのだ。

 そして、米だけは2年分の前借をしている。

 すると、利息分は40両くらいで、実質借りれている金額は毎年80両くらいに違いない。

 であれば、萬屋さんの発行する手形を使って返済期限の長い=利息がかさむ借用書から相殺していけばよい。

 細江さんの言う数字が正しければ、なんとかする目がありそうだ。

 そして、細江さんが咄嗟とっさの問いにスラスラと答えられたということは、財務状況をきちんと管理・把握している、もしくはその下地がきちんとできているからに違いない。


「大変ご無礼なことをお聞きし、誠に申し訳ございませんでした。まだまだ不勉強なもので、萬屋で帳簿のことなど修行させて頂いた後に、財務のことを学ばせて頂きたく、よろしくお願い申し上げます」


 ここで、お殿様から「では、励むがよい」との声掛かりがあり、相談事は終わって開放された。

 義兵衛は細江様に丁寧に挨拶をした後、待合の間まで下がった。

 とりあえずご用はこれで終了し、後は自由に屋敷を退出してよいようだ。


 千次郎さんと加登屋さんは、心配しながら待合の間で待っており、義兵衛が戻ると何があったのか質問攻めにした。

 義兵衛は、ことの次第を説明する。


・異例のことだが、義兵衛が椿井家の俸禄5石の徒士分で召抱えられる旨の宣言があった。

・工房を管理する助太郎も、無禄だが士分扱いで苗字・帯刀を許された。

・江戸で財務を主管する細江様の養子になることとなった。

・4月一杯は萬屋さんで帳簿のことなど修行させてもらい、5月からはこの屋敷で奉公することとなった。


 二人ともとても驚いているが、まずは、加登屋さんが声を上げた。


「義兵衛さんが、お侍様へ取り立て、ですか。椿井様も随分大胆なことをなされますなぁ。こうなってしまうと、加登屋はお武家様と直接取引をする料理屋となってしまいます。しかし、どこかの家に士官したい浪人も多い中、よくぞ武士になられましたなあ。農民からお武家様になるというのは、よほどの決意でございましょう」


「いえ、伊藤家はもともと北条家に仕えていた武家だったので、実の所、経歴という面では甲三郎様があまり違和感なく扱えた面があると思いますよ」


 今さら滅亡した北条でもあるまいに、義兵衛の照れ隠しである。


「目出度いことではございませんか。卓上焜炉料理の出足を飾る吉兆ですよ。ご用が済んだのであれば、早く店に戻ってお祝いをしましょうぞ。しかし、こうなるとお婆様がなんというか心配ですな。変に暴走するのだけは避けないといけないのですが、良い知恵はありませんか」


『おい、千次郎さん。お前の母親なのだから、押さえるのは千次郎さんのはずじゃないのか』


 しかし、これを言う訳にはいかないので、この話はどうだろう。


「椿井家の財務状況、つまり借金がだいたいどの程度あるかという話を掴んできた。そして、その借金は萬屋の発行する手形を使って相殺される見込み、という話をされてはいかがでしょう。ただ、僕は今までそのような経験を積んできていない田舎ものですので、中身がさっぱり判りません。できればこういった話の仕組みやらを大番頭の忠吉さんに教えて頂きたいのです」


「なるほどなぁ、椿井のお殿様は人がよさそうに見えて、結構厳しくこき使う人なのか」


 千次郎さんはこうボヤきながら、持ち込んだ道具をまとめ、3人揃って江戸屋敷を退出したのだった。


とりあえず屋敷からは開放されますが、さてその後の様子が次話なのですが、いろいろとプロット変更の影響で準備が遅れつつあります。

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