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お殿様へ『しゃぶしゃぶ』を紹介 <C2129>

いよいよ江戸のお屋敷で、お殿様への料理披露が始まります。格の差は、いろいろありますが、まあ貧乏旗本ということで広間での食事の席は大雑把な扱いにしました。

 昼餉を頂く広間に膳を運び込む。

 上座に4膳、下座に4膳を並べる。

 膳の上は、普通の一汁二菜に今回の卓上焜炉、ポン酢の器、白身魚の切り身が平たい皿に付いている。

 細江さんと義兵衛一行3人が膳のさらに下段に控えると、奥方様、お世継ぎ様、甲三郎様、お殿様の順で入ってきて上座に着席する。

 奥方様は多少綺麗に着飾って髪を結いかんざしをさしているが欲目で見てもちょっと小奇麗な小母さん然としている。

 他の方々は、くつろいでいるのか普段着のままである。

 ちらと目の端で御殿様が着座したことを見届けると、平伏したまま義兵衛が挨拶の発声をする。


「金程村の名主、百太郎が次男義兵衛にございます。此度は、里で甲三郎様とお約束致しましたお料理をお殿様にご賞味頂きたく罷り出でました。昨日、料亭・京橋の坂本へ実演しておりますので、数日内にはこちらの料亭で賞味できるかとは存じますが、まずはお殿様には江戸で一番早くこの料理をご賞味頂ければと存じます。横に控えおりますのが、登戸村で料理屋を開いております加登屋主人と、此度の小炭団の扱いで懇意にさせて頂いております萬屋千次郎にございます」


「加登屋の亭主でございます。お初にお目にかかります。義兵衛さんのお手伝いとして、この膳をご用意させて頂きました」


「兼ねてよりこのお屋敷での木炭を扱わせて頂いております萬屋千次郎でございます。ご領地の義兵衛さんに、江戸における小炭団の販売について、多大なる支援を頂いております」


 この挨拶に被せるように、お殿様からお声がかかる。


「内輪の会食じゃ。口上はほどほどに、で良い。見ての通り貧乏旗本じゃ。格式なんぞには拘ってはおらぬ。義兵衛を呼んだのはこちらなので、仔細はあらかた甲三郎から聞いてわかっておる。

 この膳だが、この端に置いてある焜炉が肝なのであろう。中の炭に『金程』の印が打ってあるのが見えておるわ。焜炉自体は炭屋がこさえたもののようじゃな。さて、この新しい代物はどのような按配で食せばよいのかな」


「この料理は、沸騰した出し汁に白身魚の切り身を潜らせ、少し煮えた切り身を横の皿にあるポン酢という汁に浸してから食すものです。

 会食が始まりますと、卓上焜炉の中に置かれた小炭団に火を灯します。そして、上に載せた皿の出し汁が煮立ってきたところで、箸先で掴んだ魚の切り身を出し汁に浸し泳がせます。すると、切り身はその熱で弾力を残したまま茹で上がった状態となります。ちょっと潜らせただけのものやしっかり熱を通したものなど、加減はお好みに合わせて各自が調整できるとことが今までの料理と大きく異なるところです。火はおおよそ6分の1刻(=20分)で燃え尽きますので、汁が煮立つまでの前半(=10分)は様子見をし、煮立ってからの後半(=10分)で食べきるということになります。そのため、供する切り身はほんの数切れ程度となります」


 まずは、義兵衛がそれぞれの卓上焜炉の中にある小炭団に火をつけて回り、昼餉が始まる。

 それぞれ御飯や味噌汁、漬物などに手を伸ばして美味そうに食べ始めた。

 そして、出し汁が煮立ち始めた時に、義兵衛は再度説明を始めた。


「まず僕が先に食べ方・扱い方をお見せ致しますので、同じようになさって頂ければと存じます。このように皿の中の出し汁が煮立ち始めると、箸で切り身を掴み出し汁の中を潜らせます」


 義兵衛は切り身を箸の先で摘み、それを煮立った出し汁に浸して数回左右に揺らす。


「この様子が、いかにも物を洗う様子と見立て、その音を擬して『しゃぶしゃぶ』という料理名をつけております。熱の通り具合は、切り身の色の変わり具合で見ます」


 義兵衛は頃合を見て切り身を引き上げ、これをポン酢の皿につける。

 そして、それをそのまま口へ放り込んだ。


「このようにして、煮立った切り身をポン酢につけてそのまま食します」


 何のことはなく、そのままの解説なのである。

 しかし、用は基本的な食べ方を見せておかないと、初めて見る道具でかつ火を使うものなので危ないのだ。

 上座の4人は一旦他のものを食べるのを止め、義兵衛の真似をして始めての『しゃぶしゃぶ』をし、口に入れた。


「うわぁ、柔らかくて美味しい」


 お世継ぎ様が声を上げ、早速次の切り身をしゃぶしゃぶさせている。

 奥方様は目を細め、頬に手をあてて『まあ』という表情をしている。

 甲三郎様は、ポン酢の皿に見入って固まっている。

 お殿様は、目を見開き、喉を震わせている。


「なんと、これは美味いものを出してくるではないか。魚の身にこのような食べ方があったとは思わなかった。表面だけ焼いたタタキという名前のものはどこぞで頂いた覚えはあるが、白身がほっこりと食せるというものは、これはなんとも不思議な食感じゃ。これは料亭が出せば評判になるに違いない」


 お殿様からのお褒めともとれる言葉を頂き、一層平伏する義兵衛であった。


 昼餉も終わり、膳が下げられた後、奥方様とお世継ぎ様は席を立ち、大人共だけが広間に残る。

 そして、甲三郎様より江戸での見込みを尋ねてきた。

 これには、千次郎さんが答えてくれる。


「江戸では2つの料亭に対して実演販売を行っており、実演は大変好評でした。用意した卓上焜炉や皿、小炭団も当初想定していた予定分は即決で現金買い取りして頂き、また京橋の坂本からは追加発注をして頂いております。

 金程村からの小炭団も順調に受け取れており、現時点で10万個以上を卸してもらっています。金額に換算すると140両分という所でしょうか。私の萬屋は、金程村への借金が大きすぎて、今は首が回らない状態ですよ。もっとも、この借金を瞬く間に宝の山に変えて見せますがね」


 自信満々に答える千次郎さんに、甲三郎様は重ねて尋ねる。


「最終的に、金程村の売掛金はどのように扱うことになるのかな」


「義兵衛さんは、村のための米が必要という話をされておりましたので、最終的に椿井様御用の米問屋に回すことになると思っておりますがどうなのでしょうか」


「うむ、米問屋で間違いない。木炭を卸す流れと同じになっておれば問題はない」


 つまり、小炭団の140両は、他の木炭の卸しと同じように、まず椿井家の扱いとなることを確認したのだ。

 あとは、椿井家から各村に年貢や売掛金分の清算という形で降りていけばよい。

 結局は金程村は、椿井家にお金を貸していることになるのだ。


『お殿様には、なにかうまいことしてやられているなぁ』


 俺は内心そう思ったが、義兵衛は『何を当たり前のことを言っているのだ』という風だった。

 その後、お殿様・甲三郎様は広間から退席し、細江様は義兵衛さんに向かい、お殿様の謁見の間に向うよう指示したのだった。

 広間に千次郎さんと加登屋さんを残し、細江さんに連れられ謁見の間に向った。


またお金が絡むんだ!世の中は銭という名前の信用で動いているハズなのですが、次回は一体何が起きるのか!!


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