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深刻な話し <C2124>

お婆様の猛攻に窮して、大飢饉が迫っている神託に従って動いていることを暴露してしまうのです。

 卓上焜炉を売ることばかりに目が行っていて、これをどうもてはやすように仕立てるかという観点がないことを義兵衛が指摘し、具体的にどうすればよいかという策を説明すると、千次郎・忠吉は驚き、お婆様は感心している。


「江戸にいる人は、皆結構新しもの好きと見ていますが、知らなければ取り付きようもありません。『あそこの店に新しい膳があると聞いたが、お前はもう食べてみたか。どうだったか』と尋ねさせるように仕向けてなんぼです。『俺はもう食べたぞ』と初物食いの優越感をあおるのが確かな筋です」


 どうも萬屋の主人・番頭ともに、詰めが甘いようだ。


「ほれみい、義兵衛さんに陣頭指揮をとってもらう必要性が判るじゃろう。聞けば当然のことと思うかも知れんが、このように機微に思いついて、そして具体的に何をすればよいか指図してくれるものがこの店の中におるか。じゃから、わたくしは義兵衛さんが萬屋に必要と思うておるのじゃ。華のこととて、冗談で申しておる訳ではないぞ」


 お婆様が顔を真っ赤にして吼えた。


「義兵衛さん。このように主人も番頭も腑抜けておる。いいもの、新しいものを出せば、勝手に売れると思い込んでおるのじゃ。待っておっては勝機は来ぬ。真剣に悩んで知恵を出し、人目もくれず一心不乱に働いて掴み取るという根性に欠けておるのじゃ。頼むからこの萬屋の柱となってくれぬか」


 お婆様、それはお婆様のことでもありますよ。

 一心不乱に働いている義兵衛さんに、華さんをおしつけようなんて、もう邪道ですよ。


「申し訳ありませんが、今は萬屋さんだけのことで一生懸命動いている訳ではないのです」


 甲三郎様にも、知行地の名主にも言ってしまったので、ここでぼやかした言い方をしても問題ないだろうと判断した。


「他言無用の話をします。

 実は、村に神様からのお告げがあり、その対応で僕は動いているのです。最初、村に伝えられたのは『木炭を加工して銭を稼げ』でした。そして、訳も判らずそのようにしておりましたら『まもなく大飢饉が来るので、それに備えよ』という続くお告げがあったのです。なので、やっと何のためにこのような事をしているのか合点がいった次第です。お殿様は『きっと神が寒村を知行地に持つ貧乏旗本に銭を与えて人の性根を試しているに違いない。神は大飢饉を乗り切れるかどうかを見ている』との仰せでした。そして、僕もその通りだと思っています」


 お告げが俺・義兵衛に由来する所は秘して、村にあったという風にぼかすことで切り抜けることをまず考える。

 万一これが突破されたら、依代よりしろで食い止めよう。


「こういった訳で、最初は村人のため、今はお殿様の知行地の人のために働いています。萬屋さんの所でお手伝いさせて頂くのも、この後に年貢米の札差にからむ江戸の御用商人への働きかけを見込んでいるからなのです。こういった事情をお察しください。

 村へのご神託が僕を動かしているということについては、信心のことでもあり、他人には俄かに信じられる内容ではないため、これ以上の詮索と他人に話すことはご遠慮頂きたくよろしくお願いします」


 あまりにもの話だったので皆一様に言葉を失って黙りこむ中、いち早く忠吉が声を上げた。


「こう言ってはなんですが、冷夏や日照りで米が不足するなんてことは良くある話で、何年か毎に来るものと思っています。いつからどこでどの程度ということが言われてなければ、ごく当たり前にいつものことじゃないですか。それとも、そういったこととは違う内容なのですか」


 忠吉の指摘に、皆はそれもそうだ、という表情で頷いている。


「確かにその通りです。お告げの内容は『これより4年の後に大飢饉が、しかも7年続く大飢饉がこの国を襲う。皆、それに備えよ』と言われております。僕はこれを信じており、知る人が飢饉になっても飢え死にする人が出ないことを念頭に、懸命に知恵を絞っているのです。その一環として萬屋さんの商売の成功があるということで、今は萬屋さんの商売を拡大することにだけ専念することが出来ません」


「7年も米の不作が続くのか。確かにこれは大事おおごとじゃな。具体的な時期が判っていて、それが迫っていることから色々とせわしなくたちまわっておったのか。最初からそう言っておれば、今のような苦労をすることもなく済ませることも出来たであろうに。まあ、損なたちをしておるものじゃ。10年も経って飢饉に目途が付くまでは貧乏籤を引き続けるのじゃろうなぁ。しかし、その頃には苦労が報われることになるに違いない。潰されることさえ無ければ、飢饉から皆を救った恩人として褒め称えられるようになるに違いない。10年も華を待たせることが出来るか、待っている間に華が出る芽が無くなるやも知れんなぁ。それとも、いっそ華も一緒に苦労させてみようかのう。神様のお告げの下で働く男とくっつけようと考えるのは、結構難儀なもんじゃな」


 お婆様、また暴走気味ですよ。


「今、木炭加工により結構な取引ができるようになり、その実績があるからこそ、このように村のお告げをそれなりに真剣に聞いて頂けております。しかし、もしお告げがもたらされた時点で何の実績もない僕が村を代表してお婆様を尋ねたとしたら、果たしてお会いすることが出来ましたでしょうか。思うに、多分店先で取り合ってもくれなかったに違いありません。なので、話を聞いて貰えるようになるため、そして、味方を増やすために一生懸命頑張って、信頼を勝ち取るしかないのです」


 加登屋さんは合点がいったように頷きながら、それでも疑問をぶつけてきた。


「確かに、練炭を競り落とした時に大飢饉の話を聞かされても、信じることはできなかったでしょうな。むしろ、狂人のたぐいと思って遠ざけていたかも知れません。今まで隠していたというのも何故かが良く解りますぞ。

 しかし、なぜ義兵衛さんなのですかな。名主の百太郎さんが出張でばるか、次期名主の孝太郎さんが抱える案件なのではありますまいか」


 村の事情に詳しい加登屋さんならではの疑問だ。

 一応用意していた答えを伝える。


「飢饉は村人の問題ではありますが、金程村だけの話では治まりません。周囲の村や知行地、大名・幕府といった大きなつながりが出てくる事態になります。どこかで上手くいかなければ、必ず生贄が必要となりますが、その犠牲者が金程村のように村の中で強い権威・権力を持つ父であると、村自体が立ちいかなくなります。次男坊の僕が強く外とかかわることで、問題が起きた時に簡単に村から放り出すことで混乱を最小限に抑えることができる、というのが村内で描いている大きな筋書です。なので、大飢饉のお告げを知らされてから、僕は我が身を守るために必死に知恵を振り絞っているのです。どこかで上手くいかなければ、真っ先に死んでお詫びせねばならない立場なのですから、今は悠長に暮らすことができません」


 話が深刻な方にどんどん振れてきている。明日は折角の売り込みなのに悲壮感を漂わせてはまずいだろう。


「明日は大事な最初の実演販売です。しかし、硬くなってはいけません。この卓上焜炉の料理は絶対受けます。皆さんが最初にこの料理を目にした時の感動は、女将や板長に必ずや伝わります。そこから先も、流行るように打てる手はどんどん打ちましょう。よろしくお願いしますよ」


 義兵衛はそう言って締めくくろうとした。


義兵衛さんが動く理由を合理的に見せる嘘をまたついています。でもこれは必要な嘘です。

まだ、実演前日の裏話しの場面が続きます。

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[一言] お婆様「では12年後にウチにこればええじゃろ。逃がさん。」
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