飢饉対策・御前会議 細山村と金程村 <C2120>
「そうであるか。万福寺の意見は判った。
浅間山が噴火するというご神託はわざと伝えぬようにしておったが、噂のほうは飢饉だけでなく噴火を含んでおるとは、なにやら不思議なことがあるものじゃ。今回ご神託以前にあった噂の出どころについて今調べておるところじゃ、協力いたせ。
さて、細山村の名主はどうじゃ」
やはり、飢饉と噴火の噂を調べていたのか。
考えられるのは、俺と同じように未来から意識を送り込まれた存在なのだ。
そいつは任務に失敗して噂だけ残っている、という可能性はある。
もしそうならば、是非とも突き止めたいものだ。
そう思いながら、細山村の意見を聞く。
「細山村は早くから金程村の木炭加工に協力しており、かなりの収益を上げる仕組みに驚いて見ておりました。今般、それらが近々に迫る大飢饉を乗り切るためであるという思兼命様のご配慮であると聞き、真にそうであったと腑に落ちた次第です。
細山村では、4年後の飢饉に備え米蔵を増やし米をできるだけ蓄えたいと考えております。ただ、各地区の村民・総勢120名にもなりますので、7年間も米が全く取れないという状況になりますと、生半可なことでは乗り切れないと考えております。
飢饉の原因は、日照りでの渇水、冷夏などが考えられます。年貢に必要な米は飢饉と言われている年になっても勿論作付しますが、こういった状態に耐えうる作物として、粟・稗・蕎麦なども一定量作付し、飢えることに備えたいと考えます。
また、お館におかれましても、今回得られるお金より一部を回して頂き、集めた年貢米を安易に米問屋に渡すことがないようにされてはどうかと愚考する次第です」
ほぉ、米問屋を袖にするということを考えたか。
しかし、幕府にしっかり食い込んでいる米問屋を敵に回すのは、あまり良い考えとは言えない。
大飢饉はそれで乗り切っても、寛政年間(1790年代)になると逆襲を食らう可能性がある。
今の政治のままであれば、米問屋にも多少の利を食わせねばならない。
「そうか、細山村の意見は判った。
椿井家は米問屋と戦をせい、という訳じゃな。ただ、館も米蔵を備えて米を蓄え、領民の飢饉に備えよという意見は天晴じゃ。救荒作物の件も具体的で良い。今開墾を進めておる土地は、すぐには水田にはなるまい。新しく開いた土地に、粟・稗・蕎麦などを植えて、飢饉が来るまでにどの程度収量があるのか確かめてみるのがよかろう」
甲三郎様は、細山村名主案を手放しで褒めちぎる。
こうなると、最初に意見を述べた下菅村名主は面白くなかろう。
「申し上げます。下菅村とて同じ気持ちでございます。新しく米蔵を設けて米を蓄え、救荒作物を育てたいと思います」
「そうか、それはなによりじゃ。まあ、励むことじゃ」
『義兵衛さん、何か変なことに気付かないか。下菅と細山の受けの差が大きい』
『そうかな、下菅は細山をなぞっただけに聞こえたぞ。後出しなので、その分あっさりしすぎているだけじゃないのか』
細山意見を集約したものが下菅とすると、抜かしたのは・・・
『館がこの金を使うべき、という点だ。甲三郎様は、これを聞きたかったに違いない。見ていろよ。流石の百太郎は、絶対この差を見逃していない。未来知識を持つ俺だって、見逃してしまうようなことを的確に指導するような凄い父親に感謝しろよ。意見陳情の中にヨイショして織り込むに違いない』
「で、最後に金程村名主じゃ。
この取組の立役者であり、もっとも功績が多いところ故、そちの意見は一番重視しておる。さあ、申してみよ」
「あらかたの所は、細山村名主の意見と同じでございます。
ただ、追加して申し上げたいことがあります。
まず、飢饉となって飢餓に苦しむ時、雑草や木の皮、根まで掘り起こして何か口にすると聞いております。さすれば、どのようなものが毒で、食べることができるものは何かという知識をまとめて周知させることが肝心かと思います。このような知識を求めまとめるのは、一介の農民では無理でございます。江戸の高名な師を捜し草子にして一帯の村々に配布するなどの対策として、この銭をお殿様の肝入りで使って頂くことが良いと思います。
また、お殿様には是非幕府要職の方とお近づきになり、万一の折にはお骨折り頂けるように固めることも肝心かと考えます。500石の旗本のお殿様にとって、ご迷惑なお願いではございましょうが、飢饉の折に対策をとれる要職にお殿様がいらっしゃれば、領民は安堵いたします。750両で不足する分については、ここにおる義兵衛・助太郎の身を粉にして稼ぎ出させます」
「ゴン!」
横に平伏する助太郎が頭を思い切り床にぶつけ、大きな音を立てた。
甲三郎様を見ると、ご機嫌な顔で大笑いしている。
「助太郎、どうした。何か申してみよ」
「百太郎さん、そりゃ必死で稼ぎますよ。でも、そんな言われ方はあんまりです。見込みが少ない、まだ確実でないことを言上されると、できなかった時、死んでお詫びするしかないじゃありませんか」
「甲三郎様、この通り助太郎は見込みはあると申しております。無理となったら百太郎も一緒にお詫び申し上げます」
「よいよい、領民の命で贖ってもらう必要はない。それで、この神託を受けた義兵衛の存念はどうじゃ」
神託を受けたのが義兵衛ということを聞いて、下菅村名主と万福寺村名主はザワッとなった。
「まず。米問屋との駆け引きは慎重にお願いいたします。飢饉は7年ですが、椿井家や領民は、ここでずっと暮していかねばなりません。飢饉が終わった後に来るであろう豊作にも思いを致す必要があります。そのため、飢饉前にはお館様の手を煩わすことにはなりますが、売った米をその場で買い戻すといった細かい芸をして頂かなければなりません。そのためにこの銭をお遣いください。また、米問屋との買掛金など清算時にも遠慮なくお遣い頂ければと思います。
猟官については、父の申す通りでございます。
この大飢饉は影響範囲が広いとは言え、西の方の影響は小さいので、幕府のご威光でもって適切に米を動かせば、この国のかなりの領民が餓死することはないと思兼命様は仰られました。是非お殿様にはしかるべき要職、もしくはその要職とつながるお役に付かれますよう、この義兵衛は粉骨砕身して稼ぎます。なにとぞ、この具申をお殿様へお伝えください」
甲三郎様は真面目な顔をして固まっていた。
どうやら義兵衛はやり過ぎたようだ。
「よし、皆の意見は判った。義兵衛、江戸で会おうぞ。では、これにてお開きとする」
一同平伏して、甲三郎様が退出した。
「皆の衆、今まで色々と隠されていたこともあるようじゃ。ちと狭いがワシの家で話などして行きなさらんか。勿論、義兵衛さんには絶対に来てもらうぞ、なあ、百太郎さん」
助太郎はとりあえず逃がすのに成功したが、義兵衛は白井さんの座敷に拉致された。
「義兵衛さん、一体何を知っているのか、洗いざらい出してくれんか」
白井与忽右衛門流の厳しい追及が始まった。
下菅村名主も万福寺村名主も、怖い顔をして迫ってくる。
百太郎はどこ吹く風という感じで様子を見ている。
今までの練炭の経緯を一通り話したあと、種明かしをする。
「甲三郎様は、750両の一部、もしくは大部分を椿井家のために使いたかったのですよ。それで、細山村の番で、お館でも銭を使うべき、との意見を聞いて喜ばれたのです。父はそれと察したのでしょう。お金は椿井家で役立てて欲しいといったことで、我が意を得たりと大笑いされたのです。
しかし、僕は言い過ぎました。多分、米問屋から結構な借金をしていて、その利息が溜まっているのです。飢饉対策をするためには、まず椿井家の首が回る状態にして、お殿様がお役についてお扶持を頂けるようになることが必要と指摘したのです。
ズバリの指摘をしてしまったので、あのような態度になったのだと思っています」
この後も白井家で名主3人に尋問され続け、夜になってやっと解放された。
「農作業のことは良いから、早く江戸に行ったほうが良いかもしれんなぁ」
とぼとぼ歩く帰り道、百太郎がボソッとつぶやいた。
俺は俺で、椿井家の借金はどれくらいなのだろうか、判りもしないことを考え続けていた。
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