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競りも盛り上がってきました <C212>

オークション、盛り上がりますよね。ラスト5分で延長が続くと我を忘れて、つい、なんてことも。

PCを前にしてこれですから、観客の前に立たされてオークションに出たら、財布との相談を忘れて一文無しになってしまうかも。

 まだ口上通りに長時間火が保つことが実証された訳ではないので、鉄瓶の家人の疑念はもっともだと感じた。

 競り売りを始めるタイミングをこれで逸したかと俺は思った。

 折角250文が染み付いたこの絶好の好機を逃さないために、父は間髪いれずにこう返答をしたのだった。

「確かに、ご指摘の懸念は当然のことでございますが、わたくしどもはこれに絶対の自信を持っておりまする。

 従い、競りが終わっても、この練炭の火が消えるまでこの場に控えおります。

 もし、口上通りではなく、宵の口前に燃え終わり火が保てなかった場合は、頂戴した銭はそっくりそのままお返し致しまする。

 その際、お渡しした練炭をお返し頂くなんて野暮は申しません。

 そのままお持ち帰り頂いて結構でございます。

 火鉢も含め、タダで差し上げるということでご容赦くださいということです。

 そこまで、絶対の自信を持っているということですが、いかがで御座いましょう」

 顔色一つかえず、言い切る度胸は本当に大したものである。

 これを聞いた観客はどよめき、そして一様に頷いた。


「さて、この練炭11個の競り売りを始めますぞ。

 皆様、準備はよろしいですかな」

 台の上からこの場所を取り囲む観客は、おおよそ30人くらいに膨れ上がっていたが、父はその群集をグルッと見渡した。

「そうですなぁ。

 まずは、150文なら買ってもよいと思われるお方。

 欲しい練炭の数を、手を上げて指で欲しい個数を教えてくだされ」

 辻売り場を取り囲んでいる観客のほとんどの人が一斉に手を上げていた。

 中には両手を挙げている人もいる。

 いきなり150文から切り出すのもどんなものか、と最初の150文と聞こえた瞬間思ったが、皆一斉に手を上げたことに驚かされた。


「これは正直驚きました。

 皆様が、かように金程村謹製の練炭を欲しがっておるとは、全く思いもよりませんでした。

 山ほど持ってくることができれば、今皆様にすぐにお分けできるのですが、生憎あいにくここには11個しかございません。

 ならば、もう少し高くても良いとおっしゃる方を、僭越ですが探させて頂きますぞ。

 では、思い切って200文ではいかがでしょうか」

 観客から「あ~~あ」「畜生」という声とザワザワした音が起き、同時に約半数の腕が引っ込んだ。

 それでもまだ10人以上の腕が上がっている。

 両手を挙げている人も二人いる。


「なんと、200文といえば、この練炭を作り上げるのに要した価格とほぼ同じ。

 ありがたいことで御座います。

 この値段であれば、胸を張って村に帰ることができます。

 しかし、これではまだお分けすることができません。

 ならば、220文ではいかがでしょう」

 さらに腕が何本か下がり、5本の腕が上がっている。

 もう両腕を上げている人はいないので、一番恐れていた全数買占めの恐れはなくなった。

 この段階で上がっている指を数えると、5・3・3・2・1の14本ある。


「もう驚きの極みで御座います。

 5名の方、もう少し前まで来て頂けませんかな。

 この5人の中で値段を聞いて分けさせて頂きます。

 掛売りでは御座いませんので、銭の用意はよろしゅうございますな。

 さて、ちょっとお聞きしますが、この中で先ほど炭屋の番頭様に売った250文でも購おうと言う方はおられますか」

 指を2本出していた炭屋の小僧が前に出てきた。

「この炭屋の小僧様以外に、250文でも購うという方は居られませんか」

 指を3本出していた、先ほど火鉢のことを聞いてきたお武家様が前に出てきた。

「このお二方以外はおりませんか」

 後の3人は顔を見合わせている。


「では、お二方にお尋ねしますが、いかほどまでならお買い上げいただけるのでしょうか」

 お武家様のほうが先に口を開いた。

「主は、一番多く購入した者と、一番高く購入した者に火鉢を提供すると言っておった。

 ならば、1個だけは一番高く購入し、その特別な火鉢を手に入れようとしたまでじゃ」

 さすがに、火鉢に何か訳があると最初に見抜いた人だけある。

 指3本の内1本は火鉢のため、残り2本は補充用の練炭なのであろう。

「こちらも同じ要件じゃ。

 口上を聞くと、火鉢にたんと秘密がありそうな気配じゃ。

 先ほど番頭さんが購った練炭だけでは判らんことがそこにあると見た。

 これでも留守を預かる身じゃ。

 番頭に代わり是が非でも、火鉢を手に入れねばならないと考えたしだいじゃ。

 たとえ倍の500文と言われようと、この場は引き下がりはせんぞ」

 まさか、このような展開になるとは思っていなかった。


「お武家様、こちらの炭屋の方は500文でもとおっしゃいますが、同じでございましょうか」

「左様じゃ」

「これは困りました。

 わたくしは悪徳商人ではございませんので、さすがに練炭1個を500文で売ってよい覚悟は御座いません。

 おまけの火鉢狙いという意図までは見抜けておりませんでした」

 本当はニンマリとしたい所なのだろうが、あえて困った顔を見せている。

「よろしゅうございます。

 お二方に火鉢を付けて練炭1個を500文でお譲りしましょう。

 ただ、炭屋の小僧さんには今火が着いているものとさせて頂きます。

 火が消えるのが夜になりますので、それからお持ち頂くという次第でいかがでしょうか」

「それで結構です。

 いずれにせよ、火が消えるまで見届けさせて頂きますので、ここで待ちますよ」

 周りを囲んでことの次第を見ていた観客は、この裁定・受け答えにヤンヤの喝采をした。


「では、各々1個の練炭を500文でお譲りしましたので、残り9個であります。

 この9個に対して、5名の方で競りを続けさせて頂きます。

 よろしいですかな」

「もうし、主さん。

 一番多く練炭を購入した者に火鉢をくれるというのは、その通りかえ」

「はい、もちろんで御座います。

 そのため、炭屋の小僧さんには実演している火鉢で我慢して頂いた次第です。

 では、再度220文でそれぞれ何個購いをご希望されますでしょうか」

 ここで先ほど指を1本出していた人が降りた。

「いやあ、これほどのものとは思いもよらなかった。

 多分、一番最初に言い値の250文で買った炭屋の番頭さんが賢いんだよ。

 なんとも残念だが、懐と相談するとここでもう諦めるのがよさそうだ」

 こう言ったのは、あの棒手振ぼてぶりのお兄さんだった。

「申し訳ございません。

 手前どもが練炭を充分準備できなかったばかりに、恥ずかしい思いをさせてしまいました。

 これに懲りずに、今後とも金程村の練炭をご贔屓頂きたく、よろしくお願い申し上げます」

 お兄さんは、後ずさりして競りの列から離れた。


 こういって諦めた人もいたが、火鉢の話しを聞いて両手を挙げた人が出た。

 指の数が10・3・2・1と一人降りたのに16本と逆に増え、練炭9個への倍率が増えてしまった。

 ちょっとずつ減っていく在庫、競りあがる値段、ライバルの闘志、観客の目、こういった非日常の環境ができる。

 これがオークションの恐いところである。

 時間が経つにつれ、競い合いが終盤にさしかかるにつれ、ついやらかしてしまう人が出てしまうのだ。

 先の棒手振のお兄さんのように冷静に判断できる人のほうがはるかに少ないのだ。


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