村民との飢饉対策相談 <C2118>
■安永7年(1778年)3月24日(太陽暦4月21日) 金程村・伊藤家
朝、村人の大人達が集まってくる。
とは言え、たかだか5人で、工房でおなじみの助太郎・米・梅・福太郎・春の父親なのだ。
詳しくは知らないにせよ、概ね何が起きているかぐらいは耳にしているのだろう。
「今日は、そろそろ始まる田起し・田植えの段取りだけでなく、明日朝行われる椿井家知行地の名主を集めた甲三郎様御前での相談について、皆に知っておいてもらいたいことを伝えたい。そのため、普通は午後に始まって夜には宴会といった定例会ではなく、臨時会として集まってもらった」
そう百太郎は切り出した。
いつも行っている話を先に済ませる。
・村内の貸し借りの確認
・田起し開始時期の確認
・新しい農具や方法の紹介
これについては、特に実がしっかり入っている籾を選別する塩水選法については凄く関心を持たれて、約3分の1の籾が不向きとしてふるい落とされるということに感心することしきりで、孝太郎は2回も実演させられた。
皆は選択された籾と落とされた籾を並べ比べて、その確からしさを声を上げて喜んでいた。
それ以外では調整作業となる。
・鍬などの道具の貸し出し期間と数量調整
・人手の調整
ここまでが毎回の定例会の話題で、通例だと終わる時分には夜となってそのまま宴会になるが、今回は昼前なので拍子抜けという風になっている。
酒・肴の代わりに、茶・茶菓が提供されるが、若干楽しみにしていた向きには残念な気持ちが表に出ている。
そして、本題に入った。
「彦左衛門の工房では皆の協力もあって、このたび小炭団70万個の注文が炭屋からあった。これは金額にすると約1000両という想像すらできないお金だ。村で取れる米の総量で言うと15年分の石高に相当する。ただ、この70万個には決められた納期があって、3月末から10日毎に10万個を納める約束となっている。
この話とは逆順になるが、このような状態になったのには理由がある。
実はこの国に大飢饉が迫っている。それは4年後から始まり7年間続くという神託があった。このお金は、その飢饉に備えるために神様がめぐり合わせてくれたものらしい」
工房での最初の挨拶を又聞きしていたであろう米の父親は神託という言葉に反応している。
「明日、甲三郎様と知行地の名主を集めて、大飢饉をどう乗り切るのか、このお金をどうするかという相談が行われる。もっとも、まだこれから頑張って作るものだから、実際にまだ手に入っている訳ではない。なので、今日その事情を皆に説明して、予め納得しておいて貰いたいのだ」
「そのお金は工房が作り出したものを売って得るお金なんだろう。なんで村が自由に使えないのか。お殿様はともかく、なんで他の村の名主がかかわってくるのだ。家の子は、まだ寺子屋通いだが、二人とも工房で一生懸命手伝いをしている」
春の父親が、まずこう言い出した。
梅の父親も同じ思いなのか、大きく頷いている。
「今、助太郎と義兵衛以外で、金程村から工房で働いている寺子屋を出たものは3人、寺子屋から通っているのが7人いる。それ以外に細山村や万福寺村、下菅村からも手伝いの人を出してもらっていて、全部で30人にもなる。村の外から応援を出してもらわんと、それなりの数を作ることもできん。
まずそういった事情がある。
それから飢饉対策だが、これは金程村だけの問題ではないということなのだ。先に神託ということを言ったが『このお金を金程村の人がどう使うのか、神様が試しているのではないか』と甲三郎様は言うのだ。そう言われてしまうと、金程村だけが無事であればいい、そのためにだけ使えとは言えないのだ」
やはり『神様に試されている』という言葉はかなり響いたようだ。
「不思議に思うかも知れんが、近く飢饉が来るという話はどこかで聞いたことがある。どこかの山の噴火の影響もあって飢饉は長引く、という内容だったかな。4年後ということは今始めて聞いたのだが、いよいよ来るべきものが来たかという思いだ。今までは漠然とこのまま今年米ができなかったらどうしようか、とか、どうやって備えておけばいいのかな、と思っていたが、時期がはっきりしてその為のお金があるというなら、随分構えが違ってくると思う。出来ることなら力や知恵を出せば乗り切れると思うぞ」
福太郎の父親・津梅喜之介は賛同する意見と同時にちょっと不思議な話をした。
どうやら、飢饉と噴火のことは漠然とした形で噂話然という風に伝わっているようだ。
「まずは7年間の米を村の中に貯めることが必要だ。そのために、新しく大きめの米蔵を作りたい。また、津梅家の蔵も借りてそこに米を貯めたい。そして、毎年米を貯めていくことにしたい」
百太郎は一般論しか言っていないので、反対はない。
「では、その方向で話をするが、その前にお願いがある。農事が多忙になる時期は、寺子屋も休みになって子供等も家の仕事を手伝うのだが、工房の方へはそのまま人を出してくれないだろうか。10日毎に10万個納めるということが、このお金を得るために必須なのだ。だが、工房では今の陣容でギリギリできるかどうか、という瀬戸際のように見えている。ここはなんとかしてもらえないだろうか」
「家は、その分きちんと付けてくれれば問題はないので、協力できる」
春の家は、そのまま2人を工房に出しても良いとの返事だ。
確かに、8歳・7歳の女児二人なのだから、耕作には大した戦力にもならないし、耕す田も小さい。
父親自体も他家の耕作を手伝っている状態なのだ。
「家は、梅が住み込みで勤めているので、寺子屋が休みの時期は耕作を優先させたい。長男は工房に出ないことで承知して欲しい」
「家の福太郎は、申し訳ないが耕作をさせたい。ところで、伊藤さんのところの小作人を家の水田の耕作に借りることはできるのか」
津梅喜之介は、人手のやりとりを気にしてきた。
「申し訳ないが、工房に人を出し続ける方向で考えているので、昨年のように人を出すことは苦しい」
百太郎も苦しげに説明をした。
「どうやら、工房での活動がお殿様に認められたことで、かえって村の自由度が奪われた格好ですね。折角皆が頑張って1000両の売掛金を作っても、一向に村の暮らし向きが良くならないのでは、疲れてしまいますよ。工房を持つ村として、分配分を少しでも多く引っ張ってきてもらって、農具を良くしたり、肥料を安く分配したりというところにも気を配ってもらいたいです」
今まで発言を控えていた米の父親が意見を述べた。
確かにその通りではあるが、言うは易しなのだ。
下手に一見民主的な『指示する方の説明責任』という言葉を知られてしまうと、話が進まなくなる。
反論のための反論、保身のための意見具申でしかない可能性が高いのだ。
この理念先行で具体的策の提案がない上から目線の意見に、俺は少し苛立った。
だが、百太郎はそういった意見も含めて、明日の御前会議に臨むと宣言して会議を終えた。
この清濁併せ呑むという境地にはなれそうもない。
とりあえず、農作業の繁忙期に工房で使える人手がはっきりし、これで生産側は目処がついた感じになった。
津梅喜之介の言っていた飢饉と噴火の噂話は出所をはっきりさせたほうが良い気はするが、そこまで手が回らない。
甲三郎様もしきりと気にしていたので、ひょっとするともう調査に着手している可能性もある。
なので、この件は深入りはやめ、明日の御前会議のことを集中して考えるべきなのだ。
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