日産10万個の確認 <C2117>
義兵衛は懸念事項を急いで相談すべく、助太郎のいる家へ向った。
「夜分にすみませんが、助太郎と至急話がしたいのです」
助太郎はまだ起きており、二人は工房へ向った。
「まず、明日村の大人達を集めての話し合いがある。そして、明後日、甲三郎様の御前で知行地の名主を集めての話し合いが行われることになった」
「それは、夕方各家に連絡があって、父から聞いている。明後日の朝、お館へ行くように言われた」
「さっき、父から、小炭団の生産について、田起し・田植えの期間は人手が出せないとこを指摘された。この期間は寺子屋も休むことは知っての通りだが、工房へも人が出せない可能性が高い。3月末の10万個はともかく、それ以降10日毎の10万個出荷を5月一杯続けるのは苦しいのではないか。そこのところを確認したくて押しかけた」
「ちょっと落ち着いて考えてみましょうよ。水田にかかわる農作業があっても確保できる人員はどうなるかです。
細山組5人(全員男)は樵家なので、これは大丈夫と思います。また、細山村の寺子屋組6人のうち2人(男1、女1)は樵家なので、これはむしろ朝から来てもらえるようになります。
金程村は、米・梅は大丈夫ですが、それ以外の寺子屋組7人と伊藤家小作の1人は無理と考えたほうがいいのでしょう。結局、この9人で回すしかないでしょう」
「万福寺村の桜さんと弥生さんを住み込みにして、実家から引き剥がしたらどうだろう。これは、御前での相談の前後で父から万福寺村の名主さんにしてもらえると思う。問題なければ、米・梅と同じように引き受けてもらえるか。
あと、金程村でも今来るようになった8人全員が駄目ということもあるまい。明日の相談の中に織り込んで、寺子屋組から何人かは出してもらうことを図ってもらおう」
「こちらからも親に相談してみますが、桜・弥生の受入は多分大丈夫だと思います。とりあえず、9人で回せるかを考えてみましょう。
実は今日の午後、見せてもらった25個に切り分ける方法を早速取り入れたら、10匁を竹筒に入れる作業が格段に楽になりました。そこで、更に竹筒に詰めるのを止めて、25個に切れている炭が乗った板を直接型に入れる工程に回すようにしたら、その結果、1刻(=2時間)の間に型作業1列で90回、つまり1440個分の型取り作業ができるようになったのです。人手もできたので、今までの2列を3列に増やして見ました。すると、午後の最後の1刻で4320個作れました。今日は始めて10000個を作ることができたのです」
「型作業1列は3人だっけ。すると9人だと、粉炭作り・捏ね作業で2人、型作業2列で6人、乾燥室運搬で1人か。4刻分目一杯働いてもらって、11520個になるのか。厳しいが、ギリギリだな。水田の農作業が無いときに、どれだけ積み上げておくかが鍵になりそうな感じがする」
「義兵衛さん、数の上ではそうかも知れませんが、それで見込むのは絶対に危ないです。余裕がないときに限って事故は起きます。10日毎に10万個を作り出すところは、責任持ってなんとかします。
義兵衛さんは、3月末までの生産状況をよく見ておいて、危ないと思ったら10万個の契約側を、例えば8万個にして追加分2万個は契約違反ではない努力目標とする、という感じに交渉してきてもらえませんか。
あとは、金程村の中でどれだけの人を確保できるかもです」
助太郎の言う通りだ。
俺・義兵衛は工房の環境をなんとかするのが仕事で、生産にまで口出しするのは出すぎた真似なのかも知れない。
そう考えていると、米・梅が工房に顔を出してきた。
「こんなに遅くまで話しこんでいるのが心配で見にきました」
米がそう声をかけてくる。
「また明日が忙しくなる気配がするのですよ。こないだみたいに徹夜なんかされて、困るのは皆なんですからね」
梅の言い方にはどこか棘を感じてしまう。
「気にかけてくれてありがとう。今日は始めて日産10000個だったそうじゃないか。凄く頑張ったのだな」
「いや、どうってこともないですよ」
梅がそう調子ぶって話すと、米が袖を引っ張ってやめさせ、被せて話した。
「帰り際はそのことで盛り上がりましたよ。目標の12000個まであとちょっとだ、って。平太式は大分効率的ですよね。上手いこと考えついたものです。あと、梅が竹筒に入れるのを止めて、切った練り炭のお盆を直接回せば、といったのが随分役にたったようです」
「それは梅さん、殊勲賞ものだな。またご褒美が頂けるのじゃないかな」
「そうよ、私は、少しでも楽になるためには、全力を尽くして頑張る娘なのよ」
米がまた袖を引っ張って止めた。
横にいる助太郎が苦笑いしている。
一気に雰囲気が和んだ。
「ところで、今は米さんと梅さんの二人が彦左衛門のところでお世話になっているが、もう何人か加わっても問題ないかを知りたい。もし、何も問題ないのであれば、同じようにお願いしてもいいかと思っているのだが、どうかな」
「誰が来るかによりますよ」
梅さんがぶっきらぼうに答えた。
確かに、一緒に暮らす相手になるのだから、気が合わない人だとそもそもどうしようも無いだろう。
「一応、候補としては、万福寺村の桜さんと弥生さんだが、この二人だと大丈夫かな」
「はい、特に問題ないと思います。弥生さんなんか、私達のことを随分羨ましがっていました。遅く家に帰ってからもしなきゃいけない家事が多くてうんざりだとか。ただ、桜さんは弟が寺子屋組で、ここで一緒になって帰るのを楽しみにしていましたから、どうでしょうね」
「ウチは、あの憎たらしい弟と一緒に帰らないのでセイセイしているんだけどね」
米と梅の言い合いになっている。
確かに平太は桜さん自慢の弟だし、一方梅の弟は顔が合えば口喧嘩ばかりしている感じだ。
とは言え、梅の姉弟は似た者同士なのでひょっとすると仲はいいのかも知れない。
でもまあ、万福寺村の二人を追加寄宿させることへの感触は悪くない。
「とりあえず、明後日の名主を集めた御前会議の前後で名主の百太郎さんが交渉する段取りにするので、本人たちにはこのことを伏せておいてくれよ。変に伝わって期待させたり、結果が違ってがっかりさせたりするのは問題だからな、頼むよ」
「ところで、もう二人の間で話が終わっているのでしたら、お開きにしてはいかがですか。明日朝から名主さんのところで、大事な相談があるのでしょう。明日も頑張ればいいのです」
米さんが上手く誘導する。
「はいはい、終わり終わり、義兵衛さんはさっさと帰る、でいいの」
梅さんはいつも直球だ。
一応、助太郎との話は終わり、見通しを聞けたので安心して明日の村の大人たちとの相談に臨める。
義兵衛は3人にお休みの挨拶をして、家に戻っていく。
『米・梅に、桜・弥生もだって。助太郎は両手に花どころじゃなくなるぞ』
『僕は、あの4人に囲まれても、あまり嬉しいという感情はないなぁ。寺子屋にいた時は、米さんの姉の千代さんなんか綺麗だなとか思ってたけど、今はお館で奉公の身だろ。会うこともないから、どうなっているのかな』
『お前は、年増好みなのか』
『いや多分違うが、話が通じる相手でないと困るという思いなのだ』
いくら想像を逞しくしても、結局今の義兵衛はボッチで頑張るしかないのだった。
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