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大金は心の踏み絵 <C2114>

無茶振りに応える義兵衛さんと、その後の話になります。

『千両もの大金を、それぞれの村に還元すればいいのか判らない』という百太郎の丸投げ発言を聞いて、流石の甲三郎様も思案しかねているようで、義兵衛に意見を求めてきたのだ。

 ここは、俺が本当に求めていることを上手く伝える絶好の場面なのだ。

 俺は義兵衛に今まで伝えてきたことをこの場で上手く話せと指示した。



「甲三郎様は、先ほど『思兼命おもいのかねのみこと様はこのお金で人を試しているのだ』とおっしゃいました。不遜なことかも知れませんが、実は僕も同じ考えを持っています。

 実は、なぜ、思兼命様が金程村という貧乏な村の何の権威もない次男に神託をくだされるのかを不思議に思っていました。しかし、煎じ詰めると、これはきっと神様に試されているのだ、と考えるようになりました。

『こいつに知恵を授けて、災厄を上手く乗り切る器量があるのか、人としてどうなのか』を神様は見ているに違いありません。そして、うんと努力して頑張ってできたご褒美に、次の知恵をちょっと出す、ということをしていたのだと思います。

 つい先日、登戸の炭屋で70万個の契約を頂き、千両の大金を得る目処を立ててきました。

 なので、思兼命様は次に乗り越える試練として、大飢饉が迫っていることを明かしてくれたのだと考えます」

 皆聞き入っている。


「それで、この千両というお金は、単にお金ではなく、神様が人の心の良し悪しを測る踏み絵として下さったものと喧伝し、関係する村の名主に集まってもらって、大飢饉を乗り切るためにどうするかを相談するのが良いと考えます。

 中には、このお金で今年の年貢の棚上げを言う方も居るかも知れませんが、それが単に村人の歓心を買うためのものや自分のためのものでなく、本当に真剣に考えた結果として大飢饉を乗り切るための妥当な策であれば、神様の御心に沿うものとして使って下さっても良いと思います」


「義兵衛、それで1000両全部使ったら、原料の木炭の手当てができないぞ。協力して人を出してもらっている村はともかく、古澤村や黒川村、栗木村の支払いはできなくなる。ご知行地以外の村に声をかけるのはとんでもない話しだぞ」


 木炭の手配に動いてもらっている百太郎が割り込んだ。

 確かに、工房での活動にかかる実費を押えておかないと困ったことになる。


「申し訳ありませんが、1000両の中の4分の1にあたる250両は、原材料や工房を維持するための経費として別枠扱いして頂きたく存じます」


 格好良いことを言っていたはずだが、まさかの百太郎に思い切り梯子を外され、真っ赤になってしまった。

 見ると、甲三郎様はこの失態に大笑いしている。それでも750両は大金なのだ。


「ことのついでで申し上げたいことがございます。

 今回、このような大金を得られる目処がありますが、このような僥倖きょうごうは、せいぜいあと1回しか起き得ないことをご承知ください。つまり、3度目はない、ということです」


「それは、どのような根拠があって申すのか」


 ここで義兵衛は、小炭団は工房以外のところでも簡単に類似品が作れることに気づかれると、以降の注文は無くなることを説明した。

 そして、秋口に七輪を大規模に売り出すつもりで工房の運営を行うが、最初の特需をこなすと、それ以降は安価な類似品がとって代わり、売れなくなることを説明した。


「そこまで判っておるのか。何か対策は講じておるのか」


「そのため、作るのにかなりの技術を要する調理用の練炭・強火力練炭を開発しておりますが、技術的に難しいためまだ量産できる状態になっておりません」


 強火力練炭の狙いと、助太郎がこの生産で苦労していることを説明した。


「よう判った。この大金が唯一のものとなる可能性もあるという前提で、名主達を集めてどうすれば良いか知恵を出させよう。その折、皆には『このお金は皆の心が大儀に沿っているかの踏み絵である。思兼命様は、この国に飢饉が迫っていることを告げられると同時に、そのお知恵を持ってこのお金を我々に預けたのだ。私利私欲でものを申すことは、決して宜しくない。皆が飢饉で餓えぬようにするために、この金をどう使うべきか知恵を出して貰いたい』という挨拶をしよう。

 その折、見通しなどは、金程村名主・百太郎から説明するが良い。また、義兵衛や助太郎は特別に参加を許す。そして、皆の意見を聞いた後、それを殿である兄・庚太郎に伝え用途を下知する。それでよいかな」


 お殿様決済の資金とされてしまったが、否の言いようもない。


 ここで百太郎がもう一つの懸案を持ち出した。


「お金の使途については、それで結構でございます。実は、懸念事項が一件あり、ご相談させて頂きたく、申し上げます」

 これは義兵衛の江戸行きの件なのだ。


「この小炭団で大金を得るにつき、江戸・日本橋の萬屋は卓上焜炉の売り込みについて、是非とも息子・義兵衛の力を借りたいと申し込んできております。必ずや売れるものと思ってはおりますが、萬屋はこの販売に店の命運を賭けており、大金を巡って金程村は萬屋と運命共同体にあると言わざるを得ません。村としては、販売の目処が立つ4月一杯までの間、義兵衛を萬屋に貼り付け、販売動向や売り込みに携わることで、更なる売り上げの拡大に努めたいと考えております。

 また、江戸では卓上焜炉を使った新しい料理を、料亭が宴席で出す前に披露できればと考えております。この料理は前回披露させて頂いた湯豆腐ではなく、義兵衛が卓上焜炉を売り込むために新たに考案したものです。実は、萬屋はこの料理を見せて卓上焜炉を料亭へ売り込む心積もりで、登戸の料理屋主人を先行して江戸に連れていっております」


「して、その料理とはどのようなものかな」


「申し訳ございませんが、今回大飢饉のお告げのことで手一杯であったため、準備できておりません。『しゃぶしゃぶ』と申しまして、白身魚を茹でる料理でございます」

 甲三郎様は少し唸った。


「今回の売掛金の扱いにつき、江戸へ説明しに行くこともあろう。その折に一緒に賞味するのも一興じゃ。江戸では怠り無く準備するのじゃぞ。

 では、義兵衛が江戸に行く前に、それぞれの名主を集めて飢饉対応を話し合わせるのが良いのであろうな。近々、それぞれの村へ召集を掛けようぞ」


 おおむね思った通りになったが、甲三郎様主催の名主会議が行われることになったのは、予想外であった。


「それにしても面妖なことじゃが、今回義兵衛が伝えてきた大飢饉と浅間山の噴火のことは、どこかで聞いたような覚えがある。昔も同じようなことがあったのかも知れん。

 80年ほど前、公方様が綱吉様だった元禄・宝永のころに大地震があり、また富士山が噴火したということがあったのでそれと混同しておるのか。いや、どこぞの村の農民がこれから飢饉が起きると騒いでおったから、昔起きたという話でもない。よくは思い出せんが、義兵衛と同じように神託を受けておったものが関係しておるのかも知れんのぉ。さすれば本当に災厄が迫っているのかもしれん。ちと仔細を調べてみるか」


 最後に少し不思議な話をしたが、甲三郎様のこの発言を以って、今回の報告を終えた。

 例によって、白井家の座敷での感想戦が始まる。


「大飢饉が迫っているのはともかく、金千両を稼ぎ出すとは大したものですな」


「先に申し上げておりますが、この話は名主会議まではご内密に願いますよ。

 どちらの話も事前に漏れると、碌な結果になりません。村人に脅されるようなことにはなりたくないでしょう。このお金は神様から与えられた踏み絵ですよ」


「それもそうだ。ただ、名主会議の意見だけは事前に擦り合わせしておきたい」


 それから、二人は小声で随分長い話し合いをしていた。


「お金の使い道が神様の心に叶っているかの踏み絵」なんて難しい理屈で手を出せない格好にしてしまいました。賽銭泥棒さんにはなれない江戸時代の村人なのです。

次回は、工房で結果の連絡も含めて、助太郎と話しこみます。

申し訳ありませんが、暫くの間PCレス環境にいるため、予約投稿分を順次公開するだけとなります。

感想などお寄せ頂いても、5月末まで返信できませんのでご了解ください。

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