村に辿りついての、それぞれの様子 <C2112>
助太郎と義兵衛が家に着いてからの様子を描いてみました。
■安永7年(1778年)3月22日 金程村
重くなる足をともかく動かし、金程村にやっと辿りついた二人は、どちらの家に寄るということもなくそれぞれの場所へ帰っていく。
助太郎は『70万個をどうしようか』と頭をかかえて工房に着いた所を、工房の清掃をしていた米と梅に見つかった。
「助太郎さん、今お帰りですか。
昨日のうちに帰られるかと思っていましたが、随分遅かったのですね」
米が迎えの言葉をかけるが、それに応える元気もなかったようだ。
「あれっ、登戸で一体何があったのですか」
梅が暗い表情に気づき、そう声をかける。
「炭屋さんとの契約をしてきたが、毎日1万2千個つくらないと間に合わない。
どうすれば、これが達成できるのか。
それから、6月以降は需要がかなり減る。
なので、それも考えておかねばならない。
どうすればいいのか、どうやって乗り切るのかが見えない」
力なく工房奥の作戦室に座り込んだ助太郎を、米と梅が一生懸命癒そうとしていた。
「そんな程度のことでメソメソしているなんて、肝が小さい男だこと」
そう言って助太郎をこき下ろす梅は、一段と輝いていたそうだ。
その頃、義兵衛は誰に癒されることもなく、書斎で百太郎と向き合っていた。
「今回が委託販売の最終分となり、売れ残っていた練炭と今回7人で運んだ練炭などは、こちらが提示していた卸しの価格で全額70736文(=約177万円)で売掛けに繰り入れることになりました。
金17両に相当しますので、従来の木炭の卸し分15両をあわせると、金程村の今年の年貢分は早くも納め終わっていることになります。
そして、売り上げの村分として62320文(=約156万円)を小判13枚と銀を計100匁分、あとは銭で持って帰りました。
これで、黒川村から原料となるザク炭を仕入れて頂きたく、よろしくお願いします。
まだ概算で12両ほど不足しますが、それは、これからなんとかしたいと考えています」
「うむ、そこは了解した。
黒川村に取りに行くのではなく、運んでもらう、ということで良いな」
「はい、それでお願いします。
炭屋で手配してもらう件は、それぞれの村の売値ではなく問屋の売値となるので、値が高くなります。
やはり可能な限り金程村から直接打診して買い入れるのがよいと判断しました」
「その件も了解した。
そう言えば、昨日、工房に来ている細山村の5人が『唐箕』を運んできたぞ。
おおよその使い方は外観から想像がついたが、とりあえず納屋にしまってある。
これから、それぞれの家に配る玄米の脱穀をする時期なので、唐箕が使えれば随分と役に立ちそうな感じだ。
ただ、あれが3000文というのであれば、彦左衛門に作らせたほうがよかったのかも知れん。
まあ、構造がわからなければどうしようもなかった、というのも言えることなのだがな。
それと、変わった形の鍬も一丁持ち込まれている。
お前の言っていた、備中鍬というやつだな。
まだ試していないが、なかなか面白い。
効果があるなら、何本か揃えるといいと思う。
一方的に話してしまったが、炭屋さんとは他にどんな話をしたのかな」
ここからが最初の関門である。
「萬屋さんから料亭用の小炭団を70万個受注しました。
10日毎に10万個を5月末までに順次納めてくれ、という契約です。
助太郎は、なんとかすると言っていますが、結構厳しいようです。
小炭団は1個6文の卸値なのですが、これだけの個数を卸すと420万文、つまり金1050両の売掛け金となります。
これは、椿井家の知行500石の2倍となる凄い金額です」
ここまでを、一気に話した。
さすがの百太郎も、金1000両には驚愕して天井を見上げて腕組みしてしまっている。
この先が問題なのだ。
「あまりにも大金なのですが、このお金は金程村だけでなく、細山村・万福寺村・下菅村の協力で出来上がっているので、しかるべき査定に基づいて一部分配する必要があります。
例えば、それぞれの村の年貢の一部を、このお金の一部を当てることで減免するという形になると思います。
ただ、あまりにも金額が大きいので、配分を誤ると大変なことに成り兼ねません。
きちんとした基準・査定に基づいた案を、それぞれの名主とお殿様に納得して頂く形に持っていく必要があります。
しかし、この事前調整・事後説明は、この大金を前に困難を極めることになります。
どの村も、今年の年貢は全廃せよ、と言いかねません」
百太郎は腕組みをしたまま話す。
「その通りだ。
お金の話だけに、その多さ故に、いつまでも伏せておく訳にはいかないだろう。
大金があるという噂だけが先行すると禄なことはない。
幸い、甲三郎様は金の亡者ではないので、苦慮する思いをぶつけてみるのも手だろう。
もともと、飢饉対策として木炭加工を始めたのだから、そのための費用として充てるという話しは、あっさり通るかも知れない。
ただ、飢饉対策となると、この村だけのことでは済まない。
それぞれの村とお館に、それなりの量を蓄えることができる蔵を作るというのが始めとなる。
次に、米問屋との関係をどうにかするしかないだろう。
明日の話の順番を慎重に考えておく必要がある」
「どういった順で話されますか」
「まずは、大飢饉が迫っているお告げがあったことを伝える。
そして、数々の施策はこのためのものだったことが判ったのだが、それで間に合うか微妙な段階になった、もしくはお金の目処が見えたので、真意を告げられたという風を装うのはどうだろうか。
順番は違うが、内容は間違っていないし、より合理的に思える。
ともかく、明日の朝一番でお館に駆け込むので、覚悟しておけよ。
それ以外にどんなことがあった」
「実は、また江戸に出なければならないようです」
こう言って、義兵衛は登戸で起きたことを説明した。
・萬屋さんから、4月末まで卓上焜炉売り込みの陣頭指揮を依頼された
・萬屋と金程村は運命共同体になっていると看破された
・湯豆腐に代わる新しい焜炉料理を披露した
・加登屋さんが義兵衛の代わりとして、江戸へ先行した
「このような事情があり、村での用事を終わらせると、しばらくは江戸に行って萬屋さんのところで厄介になるしかないようです」
百太郎は難しい顔をして考えこんでしまった。
「以前、江戸のお殿様が出入り商人にお目通りを許し、七輪を自慢したという話しがあったな。
ならば、江戸のお殿様に、新しい卓上焜炉料理を披露する、という名目でご挨拶に伺うという相談を、明日してみよう。
上手くすると、甲三郎様も江戸に行かれることになるかも知れない。
ただ、飢饉の話しがどう転ぶかわからない。
その話次第だな」
「そんな、こんなで、もうクタクタになってしまいました」
「明日があるので、今日はゆっくり休養をとるのだぞ」
百太郎に見送られ、誰にも慰められることなく、そのまま布団に倒れこんだ寂しい義兵衛だった。
ちなみに、その頃、梅に『喝』を入れられた助太郎は、両手に花状態で、元気を取り戻していたのだった。
助太郎の環境が恵まれています。義兵衛、頑張るんだ。お前にもそのうち春が来る。
次回は、甲三郎様へ飢饉になる神託を報告します。
感想・コメント・アドバイスなどお寄せいただけると幸いです。
よろしくお願いします。