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重たい帰り道 <C2111>

宴会翌朝の様子です。


■安永7年(1778年)3月22日 登戸村


 さんざんな目にあった宴会の翌朝になった。

 大人3人は二日酔い状態と見受けられ、加登屋さんの小僧が濡れた手ぬぐいを配ったり水を飲ませたりと世話をしている。

 しかし、加登屋さんで朝餉を頂く頃になると復活していた。


「昨日のことを確認しておきましょう。

 まず、この加登屋で卓上焜炉の料理を出すのは4月からにします。

 その代わり、炭屋さんはワシに幾らかの銭を渡す、でよいですな。

 それから、義兵衛さんは卓上焜炉を使った料理の実演販売を4月まで見合わせる。

 その代わり、炭屋さんは義兵衛さんを江戸に拉致するのはあきらめる。

 但し、義兵衛さんは自発的に萬屋に協力する。

 この代償は、後日、義兵衛さんが米問屋と交渉するときの後ろ盾となることを約束する。

 こういった所でしょうな」

 加登屋さんは、昨夜の宴会での混沌とした世界が始まる前の話をきれいにまとめてくれた。


「昨夜紹介頂いた『しゃぶしゃぶ』と『ぽん酢』は、この店で出しても良いですかな」

「もし、卓上焜炉を売り込みに行く時に、同行して頂けるのでしたら構いませんが、そうでなければ売り込みが終わるまで待って頂けませんか。

 加登屋さんの料理ということであれば、出すことに何の問題もありません」

「それはもう、一緒に行くしかないでしょう」

「できれば、ぽん酢は事前に作っておいて、板長には秘伝のタレということで内容や配分を知られないようにしましょう」

「なるほど、それは上手いやり方です」

 加登屋さんと義兵衛が勝手に盛り上がっていると、千次郎さんが割り込んできた。


「江戸の料亭への売り込みに、お手伝い頂けないでしょうか。

 今日、義兵衛さんを拉致するのは諦めます。

 その代わり、加登屋さん、一緒に江戸に来て頂けませんか。

 せめてそれ位の成果がないと、お婆様にくびりり殺されます。

 よろしくお願いします」

 千次郎さんが頭を下げ、必死のお願いをした。

『堂々と拉致、って言っている時点で駄目駄目ですよ。

 まあ、背後にお婆様の姿がうっすら見えてしまうのが恐いですね』

 俺と義兵衛はそんなことを考えていた。


「判りました。

 店は3月末まで小僧に任せて、ワシが同行しましょう。

 義兵衛さん、この際ですから、七輪と外殻・強火力練炭を持っていって料亭に売り込みしても良いですか。

 卓上焜炉は宴席でお客の評判になるでしょうが、料理用七輪は板さんの間で間違いなく評判になりますよ」

 生産が軌道に乗っていないが、この際しょうがない。

「助太郎、生産のほうは大丈夫か」

「昨夜の話を聞いてしまうと、本命をやり遂げるしかないのじゃありませんか」

「では、加登屋さん、よろしくお願いします」


 それでは、ヒヤリとする話の確認をしよう。

「ところで、千次郎さん。

 3月末までに10万個、以降5月末まで10日毎に10万個で計70万個の小炭団を卸す、という約束は必ず守る、で良いですね。

 あと、鉄皿のことですが、これから鍛冶屋へ一緒に行きませんか。

 多分、まだ20枚ありますよ」

「はい、小炭団は、もちろんそう話した通りです。

 売れ行きによっては、追加をお願いすることもありますので、その折にはご協力ください。

 では、鍛冶屋へ行きましょうか。

 鉄皿があれば、お婆様からの風当たりが少しは減るかも知れません」

「では、行ってらっしゃい。

 ワシはここで、江戸に持っていく『ぽん酢』を大量に作っていますよ」

「中田、義兵衛さんが持ってきた小炭団4800個と卓上焜炉4個、七輪2個は荷作りしておいてくれ」

「助太郎、鍬のこともあるので、一緒に来てくれ」


「おはようございます、金程村の義兵衛です。

 昨日はどうもありがとうございました。

 今日は、お客を連れてきました。

 あと、お願いしている鍬は、こちらの助太郎が取りにくることもありますので、ご承知ください」

「おう、坊主か。

 鍬はまだまだ先で、10日ほど待って欲しい。

 あと、鉄皿は面白い模様を刻んだものを12枚ほど作ってみたが、どうかな。

 ちょっと見てくれないか。

 なに、客を連れてきただって、ちょっと待て」

 鍛冶屋の店主は、表に出てきた。


「その、客の千次郎で、江戸で萬屋という炭問屋をしています。

 よろしくお願いしますよ。

 それで、義兵衛さんの言う鉄皿を見せて貰いたくて、ついて来ました。

 ところで、そのお皿はどこにありますかな」

「おう、これが最初に頼まれて作ったものと同じやつで、20枚ある。

 加登屋さんにも同じものを20枚売っているぞ。

 それから、こっちが昨日坊主から話を聞いて、それから作った12枚さ。

 皿の中に、十二支の動物を刻んであり、12枚で一組という訳さ」

「ご店主、これは面白い。

 組皿にして作るなんて、随分いい思いつきじゃないですか。

 この分だと、月毎の絵皿とか、組で買っていくしかないじゃないですか。

 他にも、色んな橋とか、山とか、仏様とか、組む図柄は多いですよね。

 それを刻んで組にするとは、腕もいいと思いましたが、商売も上手ですよね」

 そう義兵衛は持ち上げる。


「では、最初の20枚とこの出来上がったばかりの12枚、頂きましょう。

 お幾らになりますかな」

「何もないのが1枚100文で、絵入りは120文、合わせて3440文だが、坊主の紹介なら3000文にしておくよ」

 こういった適当な値付けではなく、定価販売にしたほうが本当はいいのだが、そこは田舎なのでしょうがない。

 千次郎さんは銀30匁を支払い、皿を32枚受け取った。

「ありがとよ。

 坊主、何か作ってもらいたいものがあったら遠慮なく言っておくれ」

「こちらこそ、その折はよろしくお願いします」

 千次郎さん、助太郎、義兵衛の3人は、店主の言葉に苦笑いしながら店を出た。

 これで、この登戸村での用は全部終わった。


 加登屋に戻ると、江戸行きの支度を済ませた主人が待っていた。

「義兵衛さん、一足先に江戸へ行ってます。

 必ず来てくださいよ」

 この声には何とも返事ができず、片手を上げて見送りの挨拶をした。


 金程村へ向かい、助太郎と二人でトボトボと帰る。

 多分、数日のうちに江戸へ向うしかなかろう。

「助太郎、実は明日、大飢饉が来るという話を甲三郎様に相談する予定になっている。

 木炭加工はその飢饉対策として米を買うために始めたことを説明することになる。

 この結果、どんな変化が起きるかが判らない。

 たとえどうなろうとも、小炭団を計70万個作って納めるという約束は守るようにしてもらいたい。

 これは頼んだぞ。

 それから、焼印のことで大丸村に行かなくてはならない。

 気が重くなってくる」

「はぁ~っ、やはり1日1万個ですか。

 余裕を見るなら、1万2千個を目標にしなければならないようですね。

 しかも、6月には生産縮小も視野に入れる必要がある。

 結構難しいじゃないですか。

 一体どうしたらいいんだろう」


 張り切って帰れる感じではなく、より一層足が重くなる二人だった。

口は悪いが腕の良い鍛冶屋さんは頑張って欲しいのですが、登戸では売り出すのが難しいかも知れません。

次回は村についてからの二人の様子です。

いつもながら、感想・コメント・アドバイスをお寄せください。執筆の励みになります。

また、ブックマークや評価は大歓迎です。よろしくお願いします。

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