宴も終わり内緒話 <C2110>
酔った勢いで少し本音が出掛かりますが、助太郎が押さえこみます。
GW中の集中執筆だったため、ちょっと調子(作風?)が変わってしまいました。
これがいい方なのか悪いほうなのか、予約投稿時になって判断に苦しんでます。
溝口、もしくは川崎宿の料亭で卓上焜炉を売り込む時に実演するために、義兵衛が考えていた白身魚の切り身の『しゃぶしゃぶ』という料理を披露した。
試食した4人は一様に絶句して固まってしまった。
最初に正気に戻ったのは、助太郎だった。
絶句する直前の言葉から続けて話し始める。
「義兵衛さん、こんな料理は食べたことがない。
この間江戸に行った時にでも食べたものなのかい。
いや、これは卓上焜炉があって初めてできるものだから、そんなはずない」
次に動いたのは、中田さんだった。
「今まで口にしたことが無い味と感覚だ。
凄いとしか言いようがない。
義兵衛さんが売り込みの切り札と考えていた料理だけのことはある。
この料理を見せるだけでも、充分お金を貰う価値がありますぞ」
千次郎さんが言った。
「江戸で『どんな料理が見栄えするか考えている』と言っていたのは、このことだったのか。
熱い白身魚を口の中で転がすだけで身がほぐれてくる。
焼き魚と違い、まだ弾力がかすかに残る身を噛みしめると、かすかに甘みを感じる。
そうか、この付け汁のぽん酢のせいか」
最期に加登屋の主人が吼える。
「ぽん酢、こんな調味料は、今まで見たことも聞いたこともない。
料理に関してワシが知らないもを義兵衛さんが知っているなんてあり得ない。
いや、湯豆腐もそうだった。
義兵衛さん、どうやってこれを知ったのか、教えてくれ。
料理の修行をやり直す」
加登屋さんにとっては、凄い衝撃だったようだ。
「みなさん、どうでしたか。
川崎であれば、魚が豊富に手に入るので、これと焜炉の組み合わせで考え出した料理です。
湯豆腐は京の都で出す店があると聞いていますので、初物ではありませんが、このしゃぶしゃぶとぽん酢の組み合わせは、まず間違いなく本邦初のはずです。
なぜこんな料理を思いついたのかは、秘密です。
今は命が惜しいので、どんなに大金を積まれても言えません」
加登屋さんは悔しい顔をしている。
「このぽん酢ですが、大根下しをいれると風味が変わります。
人参の擦り下しを加えても面白いです」
ほとんどヤケになって、どんどん知識を吐き出している。
「義兵衛さん、暴走している。
正気に戻ってくれ」
助太郎が義兵衛さんに組みついて畳みに押し付け、耳元で小声でささやく。
「これはみんな神託なんだろう。
今は無闇やたらに披露しちゃいけない」
義兵衛の中の俺は正気に戻った。
「助太郎、危ないところだった。
ありがとう」
そう言ったものの、さてどうやってこの場をごまかそうか。
3人の大人が茫然と見ている中、義兵衛はヨロヨロと立ちあがった。
「ええっと・・・てへっ」
見事に滑った。
「酔い過ぎたようで、取り乱してしまい申し訳ありません。
金程村には、僕からはいろいろと明かせない事情がありまして・・・お察しください。
それで、折角、切り札料理を出してしまったので、大根下しを加えたぽん酢や人参下しのものなんかを作って、これを肴に懇親会にしてしまいませんか。
おいしい肴を前に、難しい話は明日にしましょうよ」
酒で人が変わったように装うことにした。
この下手な演技は見破られているに違いないが、義兵衛も俺ももう一杯一杯なのだ。
ともかく、時間稼ぎするしかない。
多くの疑問と問題を抱えたまま、針の筵に正座させられたような気持の義兵衛を囲んで、一見和やかに宴会は進む。
そして、大人達3人は何度も『しゃぶしゃぶ』を味わい、酒のお代わりして、その内、その場で寝込んでしまった。
加登屋さんの小僧と一緒に大人達を客間に用意された布団まで引きずっていき、そこへ寝かせた。
「助太郎、とりあえず時間稼ぎをしたのだが、明日はどうしたらいいのだろうか。
無事乗り切れる気がしない」
後片付けが終わり、行灯の明かりに照らされた奥座敷で、酔い醒ましの濃い茶を飲みながら小声で会話する。
「絶対に今隠さなければいけないのは、大飢饉が迫っていることです。
そして、これが神託であることと、義兵衛さんが神託を受けて動いていることです。
『料理は考え抜いて思いついた』と言い張ってください。
秘密という言葉を口にすれば『何か知っているが教えない』と匂わすようなもので、追求されるだけです。
判りましたか」
その通りで、宴席では口が滑ったとしか言い様がない。
「ところで、金程村の小炭団が上手く行って3年、というのは本当ですか。
今、一生懸命体制を整えていますが、3年後は縮小していくしかないということなのですか」
「今と同じことをしていては、先細りするということだ。
小炭団は、とても真似されやすい商品なのだ。
木炭を1寸の厚さに輪切りにし、その板を2寸角に切り出すと、小炭団の代わりに使える。
そして、木炭を切り出したものは、小炭団を作るより簡単で、それでいて性能が良くて安いのだ。
多分2~3文だろう。
そこに気づいているのか」
助太郎がギクリとするのが判った。
「2~3文のものが6文で卸せるということに気づいたら、周りの村で一斉に小炭団もどきを作る。
10日ごとに10万個、5月末までに合計70万個という申し出を承諾した。
しかし、これは萬屋さんが小炭団に代わるものが無いと錯覚していることから出た申し出なのだ。
実際の需要は、1日1万個以上ある。
そして、金程村が需要を満たせなかったときに、多分窮余の策として木炭を自ら切り出してこの事実に気づくだろう。
萬屋さんから6月以降に小炭団を卸せという話は、多分来ない。
余った小炭団は、自分達の手で売り歩くしかない」
助太郎が青ざめるのが判った。
「村に戻ってから、実際に木炭を切って確かめてみますが、その通りなのでしょう。
今の話も漏れないように秘密にしなければいけませんね」
「では、軸足をどこへ絞るかだが、今年は秋口に売り出す七輪と練炭になる。
これも出足はよいが、供給不足から類似品が来年春には出始める。
そして来年の秋は売れ行きが落ちるのは、小炭団と同じ先行きになる。
そこで救世主になるのが、料理用の七輪と強火力練炭なのだ。
これを真似されるようになる頃に、飢饉がやってくる。
それまでに稼いだ大金で、村の飢饉対策は万全になっている、というのが僕の見込みなのだ」
ここに来て、やっと助太郎がほっとするのが判った。
「これは、工房の体制を長い目で見て見直しを考えていくことが必要だと思いました。
単に作れではなく、売れる量を作るですね。
了解しました」
内緒話に話し疲れて、二人は布団に向ったのだった。
売り上げ動向の見込みを助太郎に説明しました。
次回は、翌日村に帰るまでの話となります。
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