炭屋番頭に売り、そして競りを始める <C211>
オークションの風景を描いてみようとしています。
記述がくどいのはお許し願います。
「その練炭を、言い値の250文で買おう。
2個買うので500文出す」
見物人の輪の後ろから声を上げたのは、先ほど挨拶をしたばかりの炭屋の番頭だった。
「先ほどご来店頂いた折には、大変失礼いたしました。
最初に見せて頂いた時には、単に木炭の固まりとしか見えなかったので、つい付け値を間違えてしまいました。
先ほど来の口上を聞かせて頂きましたが、このような効能があると知っておればまた違った話になっておりますものを。
こちらの店で、もっとご説明頂ければよろしいものを、百太郎さんも人が悪い」
「いえいえ、こちらこそ田舎者で何とも口下手で、大変失礼をば致しました。
では、まずはこの練炭2個でございますな。
卸しとは違い、辻売りということで、この場では申し訳ございませんがツケではなく現金にて承っております」
そう言いながら、後ろに積み上げた11個の練炭から2個を選んで手渡す。
炭商人の番頭さんは、懐から4匁の刻印がある銀塊と最近流通し始めた真鍮の四文銭を25枚取り出し、手渡してきた。
「昨今は銀1匁で100文が相場なので400文分と、四文銭で100文分の合わせて500文丁度になっている」
「中田様、お買い上げありがとう御座いまする。確かに500文、ありがたく頂戴しましたぞ」
俺は、炭商人の番頭さんが、なぜ言い値で真っ先に買い取ったのかの裏を考えていた。
「義兵衛さん、番頭の中田さんが何をどう考えたのか判るかい」
こういった局面の場数を踏んでいない純朴な義兵衛さんは、ただただ2個売れて500文を手にしたことを単純に喜んでいて、その先を読んでいない。
「多分、この新商品を一刻も早く本店の店主に届け、あわよくば分析して同じ商品を作ろうとしているのではないかな。
おそらく、口上を聞いた番頭自身が、出来るだけ早い方法で江戸に向うと見た。
オークションにすると、値が決まるまでの間、結構時間がかかる。
その時間を惜しいと思ったんだろう。
2個購入した理由だが、1個は本店の店主に実演して見せて、あとの1個は壊して中を調べるのだろう。
そのために2個買い求めたのだと考える」
その想像を裏付けるように、練炭2個を手にした番頭の中田さんは足早に観客の輪から抜け出し、店へ戻っていった。
「義兵衛さん。
こういった想定外のことが起きた時に、なぜこんなことをするのか、という裏を考える訓練をいつもしておくのが良いぞ。
おそらく父・百太郎さんは、一瞬でこういったことを思い浮かべて対応している。
番頭との遣り取りも、この後の口上に上手く取り込んでいくので、参考にするといいぞ」
商家番頭の中田さんが見えなくなると、台上の父・百太郎は再び口上を述べ始めた。
「さて皆様方、炭屋の番頭様がこの練炭の価値を認めて250文でお買い上げになりました。
炭屋の番頭様が250文でも買いたいといわれたこの練炭ではありますが、やはり250文では皆様手が出しにくいことは、この百太郎、重々承知しております。
こちらとしましては、1文でも高い値をつけて頂く方にお売りしたいというのが本音ではありまするが、ここは一つ、競りをして頂くのが良いかと考えております。
残りは丁度11個しか御座いません。
各々方で、この値段なら買いたいという方は腕を上げ、必要な個数を指で示してくだされ。
こちらで徐所に高い値段を言いますので、1個購入するなら指1本、2個ならば指二本、例えば10個全部欲しいという向きがあれば、両手の指を開いて上に上げてくだされ。
皆様の上げている指の数を数え、合計が11本以下になった段階で、その値段でお分けいたしましょう」
ここで囲んでいる観客に、この辻でのオークション方法を判りやすく何度も説明をしたのだ。
この説明をしている最中に、炭屋から番頭の中田さんの代わりにここの様子を見に来る者と、旅支度をした当の中田さんが足早に船着き場へ向かうのが見えた。
それを見逃す百太郎ではない。
「中田様、250文という値でのお買い上げ、ありがとうございました。
次回も同じ練炭をお持ちしますので、その折はよろしくお願い申し上げます」
そう声を掛けるが、中田さんは本当に急いでいるのか、禄に挨拶もせず簡単な会釈を返し、そのまま無言で船渡しへ突進して行った。
このちょっとの遣り取りで、まあ250文はないにしても、それに近い値段が期待できるというものだ。
「もうし、主さん、少々お尋ねしたいことがござる」
この間隙をついて、口上を聞き、実演を見ていた旅人と思われるお侍様が突然声をかけてきた。
「この練炭で長く火を保つことができるとおっしゃるが、それはこの七輪という火鉢の影響ではあるまいか」
どうやら、事の核心を見抜く人物が現れたようだ。
まあ、こうなる事態を予想して、余分に2個の仮七輪を持ち込んだのではあるが、早くもネタ明かしを迫られることになった。
「さすがにお侍様でございます。
おっしゃる通り、この練炭は上から順番に下へ向って燃えていくことで、一定の火力と燃焼の長時間化を実現しているので御座います。
そこで、この練炭が効力を発揮できるよう仮に改造した火鉢も、この場に2個余分に持ち込んでおります。
いやぁ、お侍様の慧眼には、この百太郎、誠に恐れ入りました」
尋ねたお侍は、さもありなん、としたり顔である。
質問してきたお侍様を持ち上げることで、これ以上の突っ込みで秘密を暴露されないよう黙らせることに成功したようである。
「本来は、別に売り物にしようと特別に細工した火鉢を持ち込んでおりましたが、今のお侍様の慧眼に、わたくしは目が覚めました。
それでは、一番多く練炭を購入された方と、一番高く購入された方にこの特別な火鉢を無料で差し上げることに致しましょう」
最初に250文で買い取った炭屋番頭の中田さんの分がすっぽりと抜けているのだが、番頭の代わりに見に来た小僧はこのことに気づいていないようだ。
おそらく父・百太郎の頭の中では、この小僧から文句が出たなら、今火を付けている火鉢を提供することで黙らせる魂胆であるのは間違いない。
折角の火鉢が無料のおまけになってしまったが、元々練炭14個で一個100文なら1400文の見積もり。
火鉢を入れて全部で2000文=5万円相当を持って帰れるなら大儲けという下算段なのだ。
炭屋番頭の勇み足で結構高値が期待できる今となっては、おまけでも良いと判断したのだろう。
「では、皆様。
こちらから一個あたりの価格を申し上げますので、指で合図ください」
競りに入る直前、火の着いた火鉢を熱心に眺めていた鉄瓶を提供してくださった家人から声が上がった。
「ちょっと待った。
まだ、この練炭が宵の口まで保つと決まった訳ではあるまい。
もし、保たなかった場合、いかがなされるお積りじゃ」
確かに、今の時点ではまだ確認されている訳ではない。
にもかかわらず、競りをするというのは、確かに早いのかも知れない。
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