登戸の鍛冶屋 <C2104>
待ちに待った備中鍬の登場です。
助太郎と細山組を加登屋に残し、一人で鍛冶屋に来た義兵衛は店に入っていく。
「7日ほど前に来た金程村の義兵衛です。
来るのが遅くなりましたが、お願いしていた鍬と皿を頂きにきました」
店主がすぐに来て、店の横の商品を陳列している棚の前まで案内してくれる。
そして、棚に載せてある鉄製の四角い小皿を9枚受け取った。
「この皿だがな、お前さんが帰った後に加登屋の主人が同じものを20個作れと言ってきた。
支払いがいい客を相手に、暇なしで仕事できるのは嬉しいもんだ。
もう少し売れるかと思って、20個余分に作っている。
一応、1個100文としているが、いい商売を教えてくれたお前さんなら、半分の50文でいいや。
ここに来たついでに持っていくか」
鍛冶屋は上機嫌で話しかけてくる。
「済みませんが、今持ち合わせがないので買い入れできないです。
この鉄皿は、そのまま料理を載せてお客様の前に出すので、滑らかに仕上げて、お目出度い模様を刻んだりすると人気が出るかも知れませんね。
上手く出来た皿には、裏面には、この店の屋号と作った年の『戊戌』(安政7年の干支)を刻印するといいと思います。
皿を目にしたお客が、同じものを求めてここに来ることもあるでしょう」
「なるほどなあ、それは面白いかも知れん。
今渡したやつに屋号と年号を刻んでやるから、ちょっとこっちへ寄越せ」
今手にしているのは、雑に作られた鉄皿だからあまり意味はないのだろうが、鍛冶屋の機嫌を損ねる訳にもいかない。
そのまま手渡したが、後世になってお宝鑑定されたときに『歴史的価値』を証明できる証拠になるかも知れない、と思い直した。
皿をひっくり返してカンカンと手際よく文字を刻む主人は、実用品ばかり作ってきたのだろう。
もし、この技術が芸術にまで昇華すれば、ひょっとするとひょっとするかも知れない。
いつか時間があれば、七宝焼きのことを教えて上げたいと、その器用な手先を見て思った。
「ホイ、できたぞ。
造作もないことだ」
「ありがとうございます。それより、お願いしていた鍬の歯はどうなりましたか」
「おう、出来とるぞ。ほれ、この通りだ。
鍬だから、ちゃんと焼き入れして先は硬くしてあるぞ」
そう言って、店の奥の壁際を指さした。
「おお、これは綺麗に仕上がっていますね。
ちょっと裏庭で試しに使って具合を確かめてみていいですか」
鍛冶屋は裏庭までくっついてきた。
義兵衛は普通の鍬とは違った重さに違和感を覚えながら、庭の畑の一番手前のところへ振り下ろす。
ズンという振動とともに、刃先の半分ほどが地面に突き刺っている。
そして、柄を前の方に押し、テコの原理で刃先が地面を掘り起こす。
前の方へ押した分、前に少し出た姿勢で次の場所へ振り下ろす。
先ほど掘り起こしたところより少し先に突き刺さり、また地面を掘り起す。
その様子じっと見ていた鍛冶屋が、声を掛けてきた。
「柄と刃を繋いでいる場所の楔を少し変えたほうがいいようだ。
ちょっと寄こしな」
そう言いながら鍬を奪い取ると、着いている楔を抜き、新たに2個の楔を金槌で打ち込んだ。
「これでもう一回やってみな」
義兵衛がもう一度畑に打ち込むと、今度はスムーズにサクッと刃先の4分の3ほどが地面に突き刺さった。
「うん、これならいいだろう。
今までの鍬より結構重いので、振り方を考えないと腰にくるぞ。
刃の反り具合が、刃の動きと同じになっていないと効率が上がらないのだ。
身長や癖に合わせて楔で調整するのだ」
なるほど、良いアドバイスをもらった。
「それから、こんな使い方とは思っていなかった。
普通の鍬は、鍬を振るいながら後ずさりするが、こいつは掘り起しながら前に進むのだな。
しかも、刃と柄で土を抉上げながら進んでいくのか。
ならば、柄と繋がっているところに力がうんとかかるに違いない。
繋ぐところは、もう少し長くて四角い穴にしたほうがいいな。
柄に選んだ棒も、もう少し違うものを使ったほうがいいかも知れん」
どうやら、図面通りには作ったが、使い方を見て直さなければならない点を思いついたのだろう。
そうすると、職人気質風に見えるこの店主のことだから、もっと使い勝手が良いものが出来る可能性が高い。
「この鍬をあと何本か作ってもらえませんか」
「良し、判った。ただ、鉄を結構使うので、1本2000文(=5万円)くらいにはなるぞ」
結構高いように思ったが、今までの鍬とは感触が違う。
田畑の掘り起こしには威力を発揮しそうだ。
「今回、銭を持ってきていないので、前渡しできませんが、それでもよいですか」
「おう、全然問題ないぞ。
ただ、店で売り物として置いておくので、今度来た時にあるかどうかはわからん。
こっちこそ、皿といい、この鍬といい、面白いものを作れて楽しいぞ。
まあ、色々教えてもらったし、そうだな、お前分ということで鍬は特別に何本か取っておいてやろう。
それでいいかな」
「ありがとうございます。大変助かります」
義兵衛はお礼を述べ、皿と鍬を手に鍛冶屋を出た。
鍛冶屋の次は道具屋だ。
義兵衛は結構な荷物を手に道具屋に入る。
「こんにちは~。唐箕を見せてもらいに来ました」
と声を掛ける。
「いらっしゃい」
と言いながら、道具屋の店主が出てくる。
義兵衛の手にした備中鍬に目を留める。
「これは、珍しい形の鍬をお持ちですな。少し見せて頂けませんか」
義兵衛は店主の求めに応じて鍬を渡す。
「結構重いですが、これはどうなされました」
そこで、義兵衛は先ほどの鍛冶屋で作ってもらったことを説明した。
「田や畑を深く早く掘り起こす道具ということで、作ってもらいました。
まだ、試作に近い状態ですが、きちんとしたものをこれから作っていくそうです。
先ほど鍛冶屋の裏庭の畑で試しに使ってみましたが、今まで使っていた平鍬とは感じが違って、結構良いものですよ」
「あそこの鍛冶屋は腕が良いんだが、口が悪いのが玉に瑕なんだよ。
坊も、そう思っただろ」
「いえいえ、親切にしてもらいましたよ。
ここいらで余り見かけないものを作ってもらう相談だったので、すぐ乗ってきてくれて大変助かりました」
鍛冶屋の宣伝をしてしまった。
「まあ、あの親爺と面白おかしく話せるということは、坊も変わりものなんだな」
「はい、そういうことかも知れませんね」
つい調子を合わせてしまう義兵衛だった。
本格農業をした経験がなく、普通の鍬が後ろに進むとか、備中鍬が前に進むというのは全くの想像です。
もし、違っていたらゴメンナサイして書き直します。
次回は、唐箕の話です。
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