唐箕と千歯扱き <C2102>
サブタイトル通り、当時の最新農機具の導入に向けた話となります。
■安永7年(1778年)3月20日 金程村
昨日の続きという感じで、夜中に思いついたことを百太郎に説明し始める。
「稲の穂から籾を取るのに『こき箸』を使っています。
また『籾摺り器』を使い籾から外皮を外し『箕』で籾殻と玄米を振るって分けています。
この二つの作業は、この家の前の広場と庭を使って実施していますが、良い道具があって人手を減らすことができます」
金程村は小さい村なので、年貢にかかわる稲については名主家である伊藤家が全部取りまとめを行うと義兵衛から聞きだしていた。
・春、水田に撒く種籾は、村内の自作農分の含め伊藤家が提供する。
・秋、刈り取った稲はその水田で干した後、伊藤家前の広場の干し場に集められる。
・各家は人を出して自家の作った稲穂から籾を取り米俵に詰めて伊藤家の米蔵に預ける。
・籾を外した後の稲藁は、自家分として持ち帰る。
自家の籾取りが終わり手が空いて、他家の稲穂から籾を取った場合、籾は元の家のものだが、稲藁は半分自家のものにできる。
・伊藤家が預かった籾から年貢分玄米を作り、お館の蔵に納める。
・伊藤家は、残った籾俵から、毎月必要な量を玄米にして各家に配分する。
配分に当たっては、村の大人を集めて評議し、名主が調整する。
過不足は各家の貸し借りで相殺し、相殺できないときは名主が使役を課す。
ちょっと目には民主的な体制だが、名主の手腕にかなりの裁量権が委ねられている形なのだ。
「どういった道具になるのかな」
「まずは『千歯扱き』です。
稲穂から籾を外す効率が全然違います。
それから『唐箕』です。
今『箕』で籾殻と玄米を振り分けていますが、『唐箕』は箱の中の羽根車で風を起して振り分けます。
こちらは、箕を振るような熟練した動作も不要で、また仕分けもかなり効率的にできます。
欠点は、寸法が大きいことです」
とりあえずは、唐箕で伊藤家が毎月行っている玄米作り作業を軽減でき、人手をひねり出すことができるようになる。
小作家から男手を引き抜いた埋め合わせができる、と考えたのだ。
「むふぅ、面白い。
確か明日、登戸へ行くのだろう。
唐箕を入手できるかどうか、見てきて欲しい」
一応、百太郎の了解は得た。
しかし、あの大きい寸法の唐箕は分解して運ぶしかないだろう。
分解・組み立ては助太郎にも見てもらうが、実際の組み立ては彦左衛門さんに頼るのがよさそうだ。
「『千歯扱き』について、ワシは見たことはある。
だが、これを入れると今までしていた村全体の共同作業がなくなると思い、見送っていたのだ。
皆が集まり『こき箸』でちまちまと作業しているのが一見無駄に見えるが、お互いの収穫量を強く意識させることでその後の配分、割り振り調整がやりやすくなることを目論んでもいるのだ。
また、この道具を家の台数だけ購入することも難しいので、当然取り合いになる。
1台見本のように入れてもいいが、使い方に注意しないと、今の村の運用がおかしくなるぞ」
確かに、運用の観点が抜けていた。
そういえば、春の実家は自分の家の籾を取ったあと、伊藤家の籾取りを手伝い、稲藁を半分持って帰っている。
伊藤家が千歯扱きで全部終わらせてしまうと、春の実家は稲藁を増やす=収入を補う方策が無くなるのだ。
運命共同体という意識が薄れるのは、長い目で見たときに確かに問題になる。
過去から繰り返す豊作・不作の洗礼を沢山受け、今の運用で落ち着いているのだ。
単に効率が良いからと不用意に新しい道具を入れると、格差が拡大する。
簡単に言うと、春の実家を伊藤家の小作にするか、しないかという話にもなってくるのだ。
「はい、そこはきちんと考えていませんでした。
秋までには時間があるので、どうすれば公平なやり方になるのかを考えます」
百太郎は『やっと判ってくれたか』という表情をして大きく頷いた。
「それから、水田の一部を稲ではなく大豆を植えるという件については部分的に了解した。
ただ、試しということで、収穫の悪い下田を4枚選んで、それぞれの半分を大豆畑にすることで、効果の確認をしたい。
結果が出るのが、来年以降と長い目で見ていく必要がある。
裏作に麦を作るというのも、同じく部分的に了解する。
ただ、深田については冬場に晒すことで水抜きしているということもあるので、ここには麦を作らない。
裏作の影響が出るかどうかのこともあるため、試験的に一部の水田で試すということを今年はしてみる。
あと、使うのは伊藤家の水田だけで、他家の水田での実施について今年は強要しない」
当然だが、慎重に進めるようだ。
「飢饉のことを心配しているのだろう。
普通の状態の時に波風を立てると、非常時に協力してもらえなくなる可能性がある。
ならば、その間に出来る範囲で準備だけ進めるのが良いだろう。
そして、大飢饉を契機に共同体のあり方を変えるというのは、できると思っている。
長い目で見て、機会を上手く掴むということも考えておくと良いぞ」
やはり伊達に名主をやっている訳ではない。
流石の百太郎の話しは勉強になる。
「それから、新しく米蔵を建てるぞ。
大きな蔵で、500俵は入るようにする。
床下と2階にも蓄えられるようにするつもりだ。
何か工夫したいところがあれば、言ってこい」
「床下ですが、湿気対策が重要です。
風通しを良くするしかありませんが、うかつに穴を作ると、鼠や虫の侵入通路になりますので二重網をするなど考えたほうが良いです。
それぞれの床はスノコを敷いて、下に木炭を敷き詰めるなんてどうでしょうか。
また、防火対策として蔵の中を壁で仕切るとしても良いでしょう」
「まあ、お前のことだから、いろいろあるのだろうが、紙に書いてこい。
孝太郎から怒られるぞ」
確かにそうでした。
その後、義兵衛は平たい木箱と鍬を持ち、赤唐辛子を栽培しても良いと指定された畑へ向った。
まず、熱心に2間×5間の土地を掘り起こす。
それが終わると、幾筋もの高畝をこさえる。
丁度6本の畝ができたので、1個飛びの計3畝に間隔を空けて赤唐辛子の種を撒く。
それから平箱に畑の土を入れ、こちらも赤唐辛子の種を埋める。
大きな柄杓で水を汲み、高畝が壊れないように水を撒き、久し振りの畑仕事を終えた。
唐辛子はあまり手がかからない作物なので、芽さえ出てしまえば多少ほっておいてもいい位の感じなのだ。
もっとも小さいうちに干からびてしまってはどうしようもないので、水やりは必須なのだが、その程度で丁度いい。
箱のほうは、芽が出始めると苗床を整備するため手をかけていく。
芽から成長して大きさがある程度になったら、空いている畝に植え替える予定なのだった。
久々の畑仕事でくたびれてしまった義兵衛は、工房のことを心配しつつ、明日の登戸でのことを心配しつつ、その日を終えたのだった。
新しい蔵を造る決意をした百太郎です。ただ、千歯扱きの導入は難色を示しました。理由は語られていますが、新しい器具を使うことが皆の幸せに繋がらないという場合もある、ということです。
次回は、いよいよ登戸行きです。盛りだくさんなので、3月21日は一体何話で説明することになるのか、最低でも5話分の分量(15000文字)が見えています。よろしくお付き合いください。
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