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書斎から農業改革 <C2101>

新人が入って問題山積みの工房を助太郎に任せ、義兵衛は家で何をしていたか、という回です。

いよいよ、農業編の入り口です。

■安永7年(1778年)3月19日 金程村


 義兵衛は、書斎で父・百太郎と兄・孝太郎と向き合った。

「江戸で赤唐辛子の種を入手してきました。

 もうそろそろ種を撒く時期なので、畑の一部を借りたいのです」

「どれ位の場所が必要なのか」

「今回は、生育方法の確認と観察、次回の撒く種を確保する目的なので、あまり広くなくて良いです。

 10坪(=2間×5間:33㎡)ぐらい確保できませんか」

「それぐらいなら造作もないが、赤唐辛子なぞ、何に使うつもりなのか。

 そもそも栽培方法は知っているのか」

「はい、種を江戸の小石川薬園がら頂いておりますので。

 今回直撒きで8分の1、苗床で8分の1使い、後は取っておきます。

 今撒くと、8月末頃には収穫できる予定です。

 1か月ほど後にも、同じく8分の1ずつ使い、残りは来年のため取っておきます。

 2回に分けるのは、天候変化の危険を分散するためです。

 とれる実は干して皮と種に分け、皮の部分を使います。

 この皮の部分に、虫よけに有効な成分が含まれていて、米蔵にコクゾウムシが湧いてくるのを多少でも押さえることができます」


「その話はどこから見聞きしたのか。

 それとも、あの守り仏からの教えか」

 兄・孝太郎は聞いてくる。

「その通りでございます。

 あと、小石川薬園の平塚様は、虫よけなら臭いはきついが多摩川東岸の府中宿近辺で栽培している山葵わさびも効果があるとお教えくださいました。

 秋口になったら是非とりよせたいと考えます」

「コクゾウムシ対策なら、もみのまま保管して、1月分ずつ脱穀しているので、普通に脱穀して保管しているところよりマシなはずだが、どうしてそのようなことを考えているのか」

 兄は珍しく食い下がる。

「そろそろ、本当の狙いを説明しておいたほうが良いのではないかな」

 百太郎は、諭すように言った。

 確かに、掛け売り金でまだ少ないとは言え60石分の米を買入れる目途は立っているのだ。

 後は、これをどう運び込むかの算段なのだ。


「では、練炭を作れという神託を下された本当の狙いを打ち明けます。

 近々、お殿様に言上しますので、それまでは胸の内に固く秘してください。

 これより4年の後から未曾有の飢饉が始まります。

 その年だけでなく、7年間冷夏になり、米がとれなくなります。

 この地域だけではありません。

 特に北の方が影響が大きいのですが、日本全体の稲の実りが大きく減ります。

 毎年カツカツの暮らしをしている金程村を憐れんだのか、4年間の間に7年の飢饉に備えよ、という神託を授かったのです。

 それで、その方法として米を買うために、手始めに木炭を加工して売る方策を授かりました」

 孝太郎は驚きのあまり、口をあんぐり開けたまま、茫然となっている。


「手始め、と今言ったということはまだ先にやることがあるのだな。

 それを説明してもらおう」

 百太郎は先をせかす。

「救荒作物として薩摩芋の種芋を入手したのも神託です。

『米を蓄えるための新しい蔵を村に立てよ。

 炭で得た金で米を買って蓄えよ。

 田の一部に、今まで土手にしか作っていなかった大豆を植えよ。

 秋の収穫が終わったら、泥田以外は麦を植え、春に収穫せよ』

 だいたい、村で出来るおおきな話はこういったあたりです」


「村でできる、ということは村でできないこともあるのか」

 新しい話も入っていたため、明らかに興奮している百太郎は細かな話に突っ込んでくる。

 孝太郎はただただ茫然としている。

「はい、金程村だけ準備していても周りの村から襲われるだけなので、関係するところには話をしてもよい。

 ただ、今は信用してもらえるところだけに留めよ。

 そのあたりまでです。

 浅間山の噴火など、歴史上の天変地異は、まだ明かす時期ではなかろう。

 そうも言われております。

 今は練炭で銭を稼ぎ、村の信用を増やせ。

 ということのようです」


「よし、お殿様への報告はいつする」

「3月21日に登戸村へ行く用事があります。

 多分炭屋の所に、江戸からの連絡が入っているハズです。

 その協議が終われば、練炭の見込みがハッキリします。

 念のため、お殿様へ飢饉告知の神託があった件は23日に設定して欲しいです。

 あと、新式の鍬を鍛冶屋に頼んでいますので、これを持って帰ります。

 先に備中鍬と言っていたものです。

 これから始まる田起しで活躍するはずです。

 調子が良ければ、鍛冶屋に同じものを作るように頼めます」

「今から事前に予定しておくのは、理屈からしても変だ。

 23日とせず、登戸から戻った翌朝飛び込んでいくのが自然だろう」

 はい、その通りでした。


 孝太郎は、訳の判らない話の応酬に苦痛を感じていたようだったが、見える話に飛びついてきた。

「備中鍬とはどんなものですか。

 いくら位するものですかね。

 あまり高いと、用意するのは難しいですよ」

「柄の所に止める所から鉄になっていて、そこから3本の爪が出ていて、鶴嘴つるはし3本を束ねた感じの鍬です。

 2000文位かと思いますが、確かに銭があるかどうかが厳しいですね。

 炭屋との交渉が決着すると、全部掛売り扱いになるので、銭が入ってきません。

 その意味でも、早く小料理屋・料亭向けの製品売り込みを続けなければなりません」

 至急キャッシュ・インの目途を建てなければならない。

 登戸行きを焦る背景でもあるのだ。


「それより、稲を植えず大豆を作るというのは、どういうことだ。

 あと、秋から春までの間は、田で麦を植えよだと。

 詳しく教えろ」

 義兵衛の口を借り、大豆が土地を回復させること、麦との二毛作が可能なことを説明した。

「もし、全部の田で麦が作れれば、米60石+麦70石で合わせて130石。

 村の人間を50人から倍に増やすことができますよ。

 しかも、麦はどれだけ沢山作っても、年貢が増える心配がありません。

 つまり、お上に渡す必要がない作物なのです」


「水田の回復についても、以前神託がありました。

『脱穀した後に出るもみ殻を焼いて、その灰を田起こしの時に混ぜ込むと良い』そうです。

 他にも、種まきする種を簡単に選別する方法についても神託が出ています。

 塩水法と言って、身が充実した籾を簡単に選び出す方法のようです。

 こちらは、簡単で効果があるだけに、近隣の村にも紹介して欲しい、とのことです」


「義兵衛、お前は神託を紙に書いて残すということをしないのか。

 忘れてしまったお言葉があったかも知れないではないか。

 もったいないことをしている自覚はあるのか」

 孝太郎が突然怒り始めた。

 義兵衛に憑依していることを危惧して設定なのだが、これは説明する訳にもいかない。

 百太郎に、なんとかしてくれ、と目力で伝えようとチラ見した。

 果たして祈りは通じた。

「義兵衛、孝太郎が怒るのももっともだ。

 記録をきちんと残しておいて欲しい」

 百太郎が受けたことで、孝太郎の怒気は消えたが、この歳になってからの父・兄からのお叱りである。

 堪えないはずはない。

「これからは、きちんと残すようにします。

 帳面と矢立は必携します」

 ペコペコせざるを得ない、情けない姿の義兵衛だった。


 備中鍬や籾殻、塩水法について図に書いて説明するうちに夕刻になり、結局、終日書斎で過ごした。

『やはり、工房のほうが面白い。

 万福寺の手伝いに来ている二人は、やたら器用そうな感じだなあ』

『竹森さんは、桜さんと弥生やよいさんのどちらのほうが好みですか。

 それとも、やはり米さんですかね』

『馬鹿なことを言うではない。

 今そんなことを考え始めるようになったら、工房はお終いだぞ』

 しかしやはり、義兵衛は健全な16歳の男の子でした。


農業編に入りかけですが、結構入り口が難しいです。丁度今、家庭菜園の苗が出回り始める季節です。

JAさんに聞くより、苗売り場で仕切っているベテランのおじさんに聞くのが早いのでしょうが、化学肥料の話しをたっぷり仕入れてもこの話には何の役にも立ちません。

次回は、農具の話になります。

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