プロローグ:なぜか江戸時代へ転移 <C201>
懲りもせずに長編の連続投稿を開始します。
■平成30年(2018年)2月初旬 神奈川県川崎市麻生区万福寺
俺は、竹森貴広。地元の高校を卒業後、それなりの大学に現役で入り、留年することもなく卒業し、都内の企業に勤めて3年目。
就職してから口煩い親元を離れたものの、それでも地元に近い川崎市北部を走る小田急駅・新百合丘駅の極近くに建つ超狭いアパートに一人気楽に住んでいる。
だが、毎朝殺人的に混む快速急行に揺られ、日本一駅が混みあう新宿に着いたときにはもう疲労が溜まり、会社でタイムカードを押した時点で気分はもう一仕事終えた状態になっている。
そこから本当の仕事が始まるが、慣れてしまえば誰がやっても同じようにできる内容にマンネリ感を覚え、かといって終業時刻の夕方六時には片がつかない程の仕事を押し付けられ、いつも夜九時過ぎて上司が帰宅してから職場から開放される日々。
そこから酔っ払いに囲まれながら電車に揺られて帰宅する。
ストレス一杯の毎日で、もう飲まずにはいられないとばかりに、新百合丘駅を降りると、駅の北側にある行きつけの焼鳥屋へ向い、夜食代わりの手羽を頬張りグイと一杯呷る。
「学生時代もそうだったけど、ここは飲み食いには不自由しないなぁ」
思えば、高校時代の最寄り駅もここ・新百合ヶ丘だった。
そう振り返るのも、その日偶然この酒場で高校時代の同級生である長谷寺啓太に出会ったからだ。
大学こそ別だったが、それぞれ留年することもなく卒業し、別会社ではあるもののお互い一介のサラリーマンとして社畜街道一直線。
溜まりに溜まった愚痴をつまみに、重ねる杯が止まらなくなっていく。
「あの時、お前はサッカー、俺はPCで頑張ったよなぁ。
体育祭や文化祭、球技大会なんてイベントも今思えば楽しかった。
未来はキラキラしていたよなぁ。
その時に比べれば、今は全然面白くないぞぉ~」
「そうだよなぁ。
俺が現役のときは、結局負け続けで何の名誉も無かったのに、引退したとたん後輩が頑張った。
そして関東大会出場なんて、嬉しいが悔しい」
「もう一度、高校時代に戻って思い切り生きてみたい。
今の職場には女性も居ない。
思えば、高校時代は魅力的な女性が一杯いたよなぁ。
俺の人生での生きがいを得る道をもう一度!
今の仕事は細分化され過ぎていて少しも目標が、やりがいが全然見えない。
何でもいいから、やりがいのある目標が欲しい。
ついでに、可愛い彼女が欲しい」
「今、普通の会社勤めしているから、同期会すればモテモテだったりするんじゃないかな」
「やろ~ぜ~。同期の綺麗所を誘って、ドォーンと派手にやろうぜぇ」
「お前、こんなに面白いやつだったっけ。
社会に出てから性格変わってないか」
確かに高校時代は鼻持ちならない態度だったのかも知れないが、世間の風にもまれて丸くなったのかも知れない。
まあともかく、旧知人?いまや友?と乾杯を重ねる。
もうグダグダの世界だったが、まだ明日も普通に勤めがある。
深夜に至って、啓太とまたの再開を約束して酒場を離れた。
そこから這うようにアパートへ向い、そしてズルズルと万年床へ潜り込むのであった。
その翌朝にかけて、俺の身に想像を絶する転機が訪れたのだ。
春というにはまだ少し早い季節、周りが明るくなってくる直前の午前5時。
薄ら寒いアパートの二階にあるアパートの煎餅布団にくるまって多少ともヌクヌクとなって寝ている時のことだ。
何かグラグラするような気がして最初は地震かと思った。
しかし、俺の頭の中に突然大きな言葉が響き渡った。
『やりがいが欲しいという汝の希望を叶えよう。
ついでの望みである彼女までは叶えないが、我々は君を「はらへった防止作戦」の実施員に任命する。よいな』
深酒をしたのが悪かったのか、頭がまだガンガンしている。
それとも、これは何かの罰ゲームなのか。
「うう~っ、頭が痛いよぉ。
判ったよぉ。
よぉ~く判ったよぉ~。でも、もう少しだけ寝かせてくれよ~」
『判ったとの返事。
しかと聞きとどけたぞ。
もう今の世界に後戻りはさせんぞ。
行った世界で死ぬまで使命を全うせよ。
では、活躍を祈る!』
俺は目を閉じたままその言葉を聞き、コクコクとうなずいて薄い布団を顔の上まで引き上げたのだった。
それから一時間程経ち少し明るくなったとき、布団に包まれているはずの俺は奇妙な感じを覚えた。
会社に行くのならばもう起きる頃で時計のアラームが鳴り響く時間のはずなのだが、部屋の外から車の走る音ではなく鳥のさえずりがやたらと聞こえてくる。
薄汚れた都会ではなく、田舎の朝といった清々しい感じなのだ。
『朝が来るのに気づかない程寝過ごしたのかな。でも、何か変だな』
そう思って考え込んでいると、俺の中に他人の記憶がもう一つあることに気付いた。
その記憶によると、俺は竹森貴広ではなく伊藤義兵衛という名前で、10歳若い16歳。
父の名は伊藤百太郎で村の名主。
そして義兵衛は名主・百太郎の次男坊。
この場所は新百合丘ではなく武蔵の国の金程村という山間の寒村。
時代は俺のいた平成30年(2018年)ではなく、240年前の安永7年(1778年)。
「なんだぁこりゃぁ。
まさか、俺の身に異世界移転でも起きたのかなぁ。
ラノベのテンプレじゃあるまいし、まさか夢なんじゃ。
そういえば、夜明け前になにやら任命され、承認したような…。
あっ、そうか」
俺は突然その内容を思い出し、はっきりと意識を取り戻した。
「そうだ。俺は、はらへった防止作戦の実施員に指名されたと言われたのか。
本物の異世界転移が、実際に俺の身に起きたんだ」
俺は、丁度サラリーマン勤めに嫌気がさしていたので、何ら深刻に思うこともなく格好の現実逃避に諸手を挙げて万歳したい気分になった。
「元の時代・世界には戻れない、ということだったよな。
ちょっと未練もあるけど、まあしょうがないか。
両親・妹とも疎遠になっていたし、彼女も親しい友人も居た訳でもない。
ボッチの俺一人がいなくなった所で、元の世界は元の世界でそれなりに回っていくんだろうな」
自分で言うのも何だが、変な状況に置かれたときの開き直りは、早いほうである。
出たとこ勝負の人生、色々考えても体は一つ、世界も一つなのだ。
ならば、早く順応するのが心の健康にも良い。
いつも前向き、が俺の座右の銘である。
「で『はらへった防止作戦』は何をどうする役目なのかい。
あと実施員とはなんだ。
一体何をすればいいんだ」
様子が判らない俺は、とまどいながらも自分の知識ともう一つの記憶の照合を始めたのだ。
当面、毎晩0時公開を目指して執筆しますので、よろしくお願いします。
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