森に行こう
「それじゃあ、行こうか」
イータに先導されて、俺達は初めて村を出た。先ほどから一向にミュナのテンションが下がらず、上がり続けるばかりだ。その様子を見ていたメリアも苦笑せざるを得なく、「ミュナってこんな子だったかしら」と首をかしげていた。
今回森に同行したのは、イータ、メリア、そしてミュナ。
イータはヘルーニの手工業長で、ヘルーニ全体の手仕事と手工業品を取りまとめている20歳のお兄さんだ。昔から俺のことを気にかけてくれていたとても面倒見の良い人で、兄弟がいない俺のお兄さん的存在である。
メリアは17歳の、俺の従姉だ。父さんのお兄さんの娘で、とてもしっかりしている。むしろ、しっかりしすぎているくらいだ。そして、メリアの母がヘルーニの農業長なので、メリアは野菜や果物だけでなく植物全般に詳しい。今回の同行には欠かせない存在だ。
村で一番美人だと名高い母親似のメリアは、誰もが目を見張る美人ーーーと言われているが、正直俺にはよく分からない。
金髪碧眼、愛想が良く働き者のメリアを狙う男は数えきれないほどいるが、それなら俺はイータも充分負けてはいないと思っている。
濃い青の髪に赤褐色の瞳は、イータの穏やかな人柄によく合っている。そもそも、イータがいまだ独身であることが不思議でならないほどなのだ。……なんでも、イータはヘルーニではない、別の所に住んでいる女性を想っているのだとか。噂なので本当のことは分からない。
「さ、着いたよ。ここから先のことは知らないから三人共、僕から離れないようにね」
森の入り口まで来ると、イータは一人一人に竹を削って作られた竹笛をくれた。
「万が一、はぐれた場合、魔獣と遭遇した場合は竹笛を思いっきり吹くこと。いいね?」
「はーい!」
すぐさまミュナが返事をした。俺はなくさないように竹笛を首にかけた。これでとりあえずは安心だ。イータは満足げに頷くと、森へ足を踏み入れた。
森へ入った途端、周りの様子がガラッと変わった。空気が澄んでいて、例えるなら、一切汚れていない透明のような。どこからか小鳥のさえずりが聞こえてきて、風に揺られて草木がそよいでいる。ここがヘルーニのすぐ近くだとは思えない変わりようだった。
ヘルーニを出たのがちょうどお昼頃だったので、真上に昇っている太陽が眩しい。おかげで思っていたよりも森全体が明るく、道に迷うことは無さそうだ。
「あっ、見てエラン!あれってキノコじゃない?」
そう言うや否や突然ミュナが駆け出していく。俺は首をかしげた。おそらくミュナの見間違いだろうと思って。今は夏の真っ只中だ、キノコといったら秋に決まっている。
「ううん。キノコよ、これ」
「嘘だろ?」
まさか否定されるとは思いもよらなかった俺は、メリアが手にする物をよく見てみる。紛れもなく、それはキノコだった。
「これは夏によく見られるキノコの一種ね。確か……ナッチャ」
ナッチャというそのキノコは、傘が平たくて横に大きかった。俺はこのキノコを見たことが無い。
すると、再びミュナが声を上げる。次は何かと思っていると、ミュナは手の平サイズの黄色い果物を持ってきた。
「メリア、これは何~?」
「これは多分キーカン。夏に木になる、柑橘系の果物ね。ミカンの親戚よ」
「ミカンの親戚かぁ~。美味しいかな」
ミュナがキーカンを見つめる横で、イータがキーカンを食べてみせた。ミカンより黄色で、皮の質感もサイズ感もミカンにそっくりだ。果たしてその味はーーー?
「ーーーうん、美味しいね」
「よし、私も食べる」
すぐさまキーカンを口に放り込むミュナ。しばらく無言で口を動かす。俺達がその様子を見守っていると……。
「美味しい。私はミカンより美味しいと思う!」
満面の笑みを浮かべてキーカンを取りに行った。今日は採集用に籠を持ってきたので、キーカンを村に持って帰るつもりなのだろう。どうやら相当お気に召したようだ。ミュナは夢中でキーカンを籠に入れている。
そこまでミュナが絶賛するキーカンに興味をそそられ、俺もイータから少し貰って食べてみた。
「美味しいな」
ミカンに似ているが、ミカンより少し酸味が強くて爽やかな味だ。結構美味しい。ミュナが気に入るのも分かる。だが、いくら美味しいとはいえ、キーカンばかりを持って帰るわけにもいかない。
「ミュナー!あんまり入れすぎるなよ。他にもいろいろあるかもしれないだろ」
「分かってるー」
しばらくして、ミュナが籠を抱えて戻ってきた。普段見ないほどご機嫌な様子で、心なしか浮かれているようだ。
「次はあっちがいい!」
そうイータに告げると駆け出した。
ーーーミュナが約束を忘れてる?
あのミュナが、森に入る前にイータに言われたことをすっかり忘れていた。驚く俺とメリアをよそに、
「ミュナ、僕が始めに言ったこと覚えているかい?」
イータは穏やかに微笑みながらミュナの背に向けて声をかけた。すると、ミュナはその場で立ち止まりすぐに戻ってきた。先程までのテンションではなく、普段通りのミュナに戻っている。どうやら落ち付いたようだ。
「ーーー僕から離れないようにね、ですよね。ごめんなさい。気を付けます」
森の入り口でイータが言った言葉を口にして、ミュナはイータと手を繋いだ。
ーーーやっぱりミュナは偉い。
子どもらしい一面を見せても、ミュナはミュナだ。現にこうして、きちんと大人の言うことを聞いているのだから。
イータはミュナの頭をポンポンと軽く叩いた。
「そうそう、偉いね。次はどっちに行きたいんだっけ?」
「あっち」
ミュナは俺達から見て右斜め前の方向を指し示した。俺達はその方向へ、森の奥へと足を進める。
その時、四人の中の誰一人として気付いた人はいなかった。
あんなに眩しかった太陽が、いつの間にか雲に隠れつつあったことに。
作者の中では、イータはイケメンです。もちろん、メリアも負けず劣らず美人さんですよ。
不穏な雰囲気のまま、次話へと続きます。
次は、ついにアレが出ます。




