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第七話 旅立ちの丘・中編

「逃げ回っているだけとはいえ、ヒースクリフ、思った以上に腕を上げたな。正直、ヴィーラントのあの猛攻をよく(しの)いでいる。それにあの(さや)、あの神の加護(ちから)が示す虹色の光、ヴィーラントの斬撃を受け止める毎に輝きを増している気がする」

「確かに。……しかし何だね、あのような闘いを見せられると、ますます気になるよな」

「何がだ?」

 ランスロットは自分の戦評を茶化すトリスタンの言葉にムッとした。

「ヒースクリフの本当の父親は誰かってことだよ」

 トリスタンの言葉にランスロットは拳を力強く握り締めたが、直ぐにその力を緩めた。

「……下劣(げれつ)な話だ」

「そうか、俺も興味あるね。あの加護(ちから)は普通じゃない。間違いなく直系の血を継ぐ者の力だ」

「おい、軽はずみな言葉は慎め」

 ガウェインの言葉にランスロットが再び慌てる。この二人と一緒に居ると本当に気の休まる暇がない。


 白の国と黒の国がいつ頃に建国されたのか、実はその正確な起源は定かではなかった。しかし、白の国に残る文献の記述、黒の国に伝わる魔術の伝承、そのどちらにおいても白の国はステュアート家が代々治めてきたのだと語られている。(ゆえ)にステュアート家の血は神聖なものとされ、またそれを(かた)ることは大罪とされてきたのだ。


「まあ、確かに不謹慎かもしれんが……あの光……他に説明がつかないのも事実」

 ガウェインが慎重に言葉を選んでいるのとは対照的に、悪ふざけを企む子供の様にトリスタンが嬉しそうにガウェインの後を続ける。

「そうなると、やはりあの噂が気になるな。ヒースクリフはお前の隠し子で、お相手はあの奥方様……」

 ランスロットの殺気を感じたトリスタンが慌てて苦笑いをする。

「おい、ランスロット、マジになるなよ、冗談だって」

「俺はそんなつもりでヒースクリフを可愛がってきたつもりではない」

「分かっている。だからそう熱くなるな」

 ガウェインはそう言うと、そっとランスロットの肩に手を置いた。

 ランスロットの落ち着きを取り戻した様子を見て、トリスタンが少しだけ真面目な口調で言う。

「お前もさ、あの方のことは諦めて、早く嫁さんをもらえばいいんだよ。近衛騎士団の団長であるお前なら、黒の国の王族の姫様ぐらい(めと)れるだろ。いい歳して独り身でいるから色んな噂が出るんだよ」

「私に……男である私に妻を選ぶ権利などないことぐらい分かっているだろ。この国では男に妻を選ぶ権利などないのだ」

「だからお前は頭が固いんだよ。そんなもん騎士団長の立場で何とでもなるだろ。それが世渡りっていうもんだぜ。地位ある者は世渡りも上手くやれなければ、民を導けないし天下泰平を守ることだって出来ないぜ」

「ランスロット、お前の考えも分かるが、トリスタンの言うことにも一理ある」

 ガウェインの言葉にランスロットは沈黙で答えた。目の前のヒースクリフとヴィーラントの激しい攻防を見つめながら、その瞳の奥には別の何かが映っているようでもあった。

「それに、黒の国の女も(めと)っていないお前が、魔剣を見事に使って見せているから、良からぬ噂が立つんだ」

 ランスロットはガウェインのその言葉が悪意ではなく、むしろ自分のことを案じてのことだという意図を十分に感じていた。だから何も言葉を返すことができなかった。


 白の国の民は、その血に宿る天使の力により神の加護(ちから)を発揮することが出来る。しかし、その加護(ちから)を具体的な現象に結び付けて発揮できるのは男だけなのである。さらに言えば、その加護(ちから)の特性は個人によって千差万別である。

 一方、黒の国の民では魔力(ちから)を具体的な現象に結び付けて発揮できるのは女性だけであった。そしてその女性の持つ魔力(ちから)も白の国の男の加護(ちから)と同じ様に、個人によって特性が異なる。

 そして、白の国の民と黒の国の民は、婚姻の儀で愛を誓い肉体的な契りを交わすことによって、お互いの加護ちから魔力ちからの因子を共有することができたのだ。だからこそ、白の国の男はその加護(ちから)を悪用できないように、黒の国の女性と自由に結婚ができない。加護(ちから)魔力(ちから)の組み合わせ次第では、それは人を惑わす強大な力となりかねないからだ。それを禁じるための定めなのである。

 しかし現実は違った、白の国の王族も黒の国の皇族も、互いにより強い力を望み続けた。絶対的な力の存在は民に安心をもたらし、二つの国には平和をもたらす……それが白の国と黒の国が長年守り続けてきた盟約の本質だった。

 もちろん、こうした盟約がもたらす平和にも隠された裏の一面がある。

 そこに隠された悲劇の主な原因は、神の加護(ちから)を子孫に受け継がせることができるのは白の国の女性だけであり、同じ様に魔の力を子孫に受け継がせることができるのは黒の国の男性だけであるということだった。

 自由な婚姻を制約する定め、純血を守るための近親相姦、盟約の下の政略結婚、そして婚姻関係以外によって産まれた子供の抹殺。そうした事が白の王族や黒の皇族の血をひく者の間では当たり前のように行われていたのだ。

 そして今、キャサリンは盟約に従い黒の国へ旅立とうとしている。


「マスター、やはりヒースクリフ殿の戦い方は不自然ですね。何度か抜刀の姿勢を取りますが本気で剣を抜く気が有る様に見えません」

 主人をドロントハイムの悪の鍛冶師と呼ばれた従者は、そのつぶらな瞳で二人の戦いを注意深く見守っていた。

「そうだね、私もそう思う。あれはヴィーラント殿を誘っているだけなのかもしれないね」

「ヴィーラント殿の大剣をわざとあの鞘で受け流すためですか。確かに鞘の放つ干渉波が強さを増している様に思えますが……」

「魔の力と神の加護ちからは現象面だけを見ればとてもよく似ている。しかしその本質は全く異なるからね。恐らく、ヒースクリフ君には秘策があるのだろう」

 主人のその言葉を聞き、彼女は肩に掛かった金髪の巻き髪を手で後ろに払う。

「秘策ですか……。まあ無くては困ります。お披露目の立ち合いで剣を一度も抜かずに敗れたとあっては鍛冶師の名折れです」

 そんな彼女の様子を悪の鍛冶師マックリブインは、とても愉快に感じていた。

「これは興味深い、お前はヒースクリフ君の心配をしてやっているのかい」

 主人の言葉に、彼女はただ黙って頬を膨らませた。


 お披露目の前夜、ヒースクリフはヴィーラントの工房を訪ねていた。湖の湖畔に自分の工房を構えてから、ヴィーラントの工房に足を運ぶのは久し振りのことである。森の中にひっそりと建てられたヒースクリフの工房と違い、ヴィーラントの工房は昼夜を問わず多くの職人が出入りし毎夜お祭りの様に賑やかであった。

 ヒースクリフがヴィーラントのもとに幼く預けられた頃に比べると工房の様子も全く変わった。当時の工房は今のヒースクリフの森の中の工房と同じ様に緑に囲まれ人気(ひとけ)の少ない工房だったのである。それがヒースクリフの成長と共に工房は拡張され、それに伴い職人の数も増え、やがて工房を囲むように街が出来ていった。そういう意味で、ヒースクリフにとってはこの工房だけではなく街全体が懐かしい我が家だったのである。

 アーンショー家の領地であるウールヴァダリルには、そうした優れた鍛冶師とその工房によって栄えた街が大小幾つもあった。そして鍛冶師が亡くなり跡継ぎの無い工房と周辺の街は自然と廃れていく。それが何十年、何百年と繰り返されているのだ。

「親方、ご無沙汰しております。お話があるのですが、少しお時間をよろしいですか」

 ヴィーラントはその巨体を、丸太を組んだ机の前に据え書類の整理をしていた。机の上はヴィーラントの雄々しい外見とは裏腹にとても几帳面きちょうめんに整頓されている。

「どうしたヒースクリフ、明日はお披露目だぞ。もう準備は滞りなく済んだのか?」

 ヴィーラントはヒースクリフの方には振り向かず壁に掛けられた一枚の絵を見つめた。それは肖像画だった。美しく描かれた森の中の小さな工房、そしてその前にたたずむヴィーラントと幼いヒースクリフ。肖像画など描かせる趣味はヴィーラントには無かったのだが、その時は何故か違っていた。ミスター・アーンショーからヒースクリフを預かった時、ヴィーラントは自分の中に何かを感じたのである。

 そして今、ヴィーラントとはその何かを噛みしめる様に思い出していた。

「はい、お披露目の準備は万全です」

「そうか。湖の乙女から学んだこと、明日のお披露目でとくと見させてもらおう」

 ヴィーラントは実の息子の成長を喜ぶように笑った。実際、ヴィーラントには子供がいなかったので、ヒースクリフはヴィーラントにとって息子同然の存在だったのである。

「親方、放浪修行から戻った後の話なのですが……」

「気の早い奴だな」

 ヴィーラントの笑い顔はとてもとても穏やかだった。

「そうだな、お前が居ない間に湖に建てた新しい工房も少しずつ設備を増やしておいてやる。修行から戻ってマイスターの試験が終わったら、お前も私から独立して魔剣を打つといい。黒の娘なら私に当てがある。皇族の姫君だから血筋は問題ない。それに魔力(ちから)の相性も……」

 ヴィーラントはヒースクリフの真面目な顔がいつも以上に思い詰めているのを気にとめ話を途中で止めた。

「どうした、まだキャサリンのことが忘れられないか」

「いえ、違います。キャサリンのことはもう自分の中でけじめをつけています」

「そうか」

 ヒースクリフの言葉にヴィーラントは胸を痛めた。ヒースクリフは昔から嘘が嫌いだった。人から嘘をつかれること、人に嘘をつくこと、それが何よりも嫌いだったのだ。おそらく自分の生い立ちや育った環境に何かしら思う事があるのだろうとヴィーラントは察していた。

 そんな生真面目なヒースクリフが「けじめ」を付けたと言うのだから、それを黙って受け入れてやるしかない。ヒースクリフとキャサリンの関係を幼い頃から知るヴィーラントにとっても、それは辛い事ではあったが(あらかじ)め分かっていたことであり、それを受け入れ乗り越える事も大人になる通過儀礼なのだとヴィーラントは考えていた。

 それにしても、ヴィーラントはヒースクリフのその性分を不憫に思いながらも、十二歳とは思えない落ち着いた姿と言葉に人並み外れた意志の強さを感じていた。そして何かしらの期待をせずにはいられなかったのだ。

 だから、ヒースクリフが意を決して発した言葉にヴィーラントは少しも驚かなかった。

「親方……放浪修行から戻ったら、この工房を僕に譲ってください」

 ヴィーラントは怒るでもなく、戸惑うわけでもなく、じっとヒースクリフの瞳を見つめた。

「お前が出鱈目(でたらめ)にそんな事を言うはずはないな。その真意を聞こうか」

 その言葉にヒースクリフは鞄から二通の手紙を取り出した。

「これは、キャサリンと僕が交わした最後の手紙の写しです」

「私が読んでも構わないのか」

「はい。何もやましいことは書いてありません」

 ヴィーラントの大きな(てのひら)には、その手紙はあまりにも頼りなくちっぽけに見えた。しかしヴィーラントはその二通の手紙を一読すると、まるで国王からの親書でも扱うかの様に慎重に、そして一時も人目に触れさせない様にと素早く封書に戻した。

「なるほど、これは手紙ではなく……契約書だな」

「確かに、契約書みたいなものかもしれません」

「それもただの契約書じゃない。ここに書かれてあることが真実なら、これは最高ランクの契約書だ」

「……そこに書かれてあることは、全て真実です。これから、それを証明します」

 部屋の窓からは職人達が街の娘達と酒を飲み、唄を歌い楽しんでいる様子が伝わってきた。今夜はお披露目の前夜、街全体が祭りの様に浮かれ熱気に包まれている。そんな雰囲気の中、ヒースクリフとヴィーラントの居る部屋の空気だけが時が止まった様に凍りついていた。

「なるほど、本気で世界を敵に回して戦うつもりなのだな」

「はい」

 ヒースクリフの返事にヴィーラントは深いため息をついた。それは二人の空気を溶かすような安堵のため息だった。ヒースクリフの覚悟に、ヴィーラントは長年背負ってきた重荷が少し軽くなるのを感じたのだ。

 ヴィーラントはヒースクリフに手紙を返しながら、ヒースクリフの瞳をもう一度しっかりと覗き込むと厳しい口調で言った。

「ヒースクリフ、鍛冶師の仕事とは何だと思う」

 ヒースクリフは迷うことなく即答した。

「物質の根源を理解し、物質を原初に戻し、根源の渦の中で原初と化した物質と物質を融合させ新たに物質を再構築する。つまりそれは錬金術であり、その一連の工程が鍛冶師本来の仕事です」

 鍛冶師の仕事とは何か。それはヒースクリフが常に自問自答していることだった。昼も夜も、起きている時も寝ている時も、ヒースクリフは鍛冶師として生活し鍛冶師として生きていたのだ。だから即答して当たり前だった。

 しかし、ヴィーラントはその答に苦い顔をした。

「そうだな、悪くない答えだ。しかしそれは黒の魔力(ちから)的な発想であり考え方だな」

「魔の力に頼り過ぎているということですか」

「いや、鍛冶師という仕事そのものがお前の言うとおり錬金術で成り立ち、それが魔術的ということだ」

 ヒースクリフはヴィーラントの言葉の続きを待った。

「魔の力を自在に操ること、つまり魔術を行使するということには物質の仕組み、成り立ちがその鍵となる。反して神の加護ちからで必要とされるのは精神の仕組み、魂の成り立ちだ」

 ヴィーラントは窓際に立つと、工房と街の明かりに照らされる夜空を見上げた。

「道具は所詮、道具にすぎん。しかしだ、それを使う人の心を想い造らねばならん。道具は時として人を惑わし狂わすからだ。何かを造るとは本来そういうものだ。悪から善が生じることはない」

 ヒースクリフは懸命にヴィーラントの話を聞いていたが、それでも十分には理解できていないであろうことをヴィーラントは判っていた。

「ヒースクリフ、お前は民衆の心が平穏であれば、物質的には恵まれていなくても国の平和は成り立つと思うか」

「……そう思いたいです」

 ヒースクリフの一瞬躊躇した答えに、ヴィーラントは頷くように笑った。

「そうだな。しかし実際は、それでは平和は成り立たん。むしろその逆だ、物質的に恵まれれば心が平穏になり、それが平和に繋がる」

「……でも、それは真実の平和ではありません」

 ヒースクリフは再び躊躇する様に答えたが、その言葉にはヴィーラントは厳しい顔をした。

「ヒースクリフ、お前に真実を見極めることができるのか」

 ヴィーラントの言葉にヒースクリフは自分が試されていると感じた。

「分かりません。でも、今のこの世界が間違っていることは判ります」

 ヒースクリフの(かたく)なな表情にヴィーラントは少し悲しげな眼をした。そして膝を擦るようにしながら呟く。

「ヒースクリフ、俺はもう復讐なんて考えてはいない」

 ヒースクリフはヴィーラントの言葉に、()ての外れたような失望感を覚えた。キャサリンを失った今、ヒースクリフはヴィーラントの抱える膝の痛み、その本当の意味を理解し共に分かち合えると思ったからだ。ヒースクリフの中に熱い何かがこみ上げてくる。

「親方、俺も同じです。世界に復讐がしたいんじゃありません」

「では、なぜ世界を敵に回して戦う。たとえそれが偽りだとしても目の前に平和は実在する。お前は彼らの幸せを奪ってまで何かを成し遂げたいのか」

 ヒースクリフはヴィーラントの言葉に臆することなく答えた。

「それは、……俺は鍛冶職人で、鍛冶職人に一番大切なのは愛だからです。この世の愛が真実でないなら、俺がそれを正します」

「若いな」

 ヴィーラントのその一言にヒースクリフは納得がいかなかった。自分の考えが幼稚であると馬鹿にされた気がしたからだ。

 しかし実際は違った、ヴィーラントはヒースクリフに希望を感じていたのだった。かつては自分も抱いていた理想を、息子の様に育てたヒースクリフの中に感じたからだ。

「分かった。明日のお披露目でわしに勝利してみせよ。さすればお前の本気、認めてやろう」

「親方、ありがとうございます」

 ヒースクリフの一途な性格を誰よりも理解しているのは自分自身であるとヴィーラントは自負していた。だから覚悟はしていたのだ、いつかはこんな日がくるであろうと。

 それに、こうなることはミスター・アーンショーの意向でもあったのだから……。


 ヒースクリフは部屋を出ようとした時、扉の前で立ち止まると思い出した様にヴィーラントに向き直った。

「親方、どうして俺とキャサリンの手紙が、最高ランクの契約書だと思われたのですか」

「簡単だ、あの手紙には真実の愛が綴られている。真実の愛に勝る契約書など存在しない」

「親方……」

 ヒースクリフの瞳に涙が一気にこみ上げてきた。

 ヒースクリフはその鋼の様な心とは裏腹に涙もろかったのだ。しかしそれは、生真面目で意志の強いヒースクリフが本当は十二歳の普通の少年だという証だったのかもしれない。

 そんなヒースクリフを見てヴィーラントが言葉を添えた。

「ただし、ヒースクリフ、くれぐれも勘違いをするなよ。愛情と愛は似て非なるものだ。愛情は魔の力を好み、真の愛のみが神の加護(ちから)の恩恵を受けることが出来る」

「はい、心得ています。明日、それを証明します」

 ヒースクリフの言葉にヴィーラントは晴々とした笑顔を浮かべた。


「なるほど、あのヴィーラントの工房(ところ)の小僧は、神の加護(ちから)を正しく使っているらしいな」

「どういうことだい、兄貴」

「よく見てみろ。いや、よく聴いてみろ、弟よ。あの鞘に弾かれる大剣の斬撃音、少しずつ変化しているだろ」

 来賓のテラス席ではなく、商人や職人達でごった返す一般の観客席にその二人は居た。その背格好と外見からしてドワーフと一目で分かる。ドワーフは子供の様な背丈しかないが、頭だけは異様に大きく、目と鼻、そして耳もアンバランスなほど大きかった。そしてそれは見た目だけではなく、視力、嗅覚、聴覚、全てにおいて人並み以上に突出していた。

「……確かに。あの響きはやばいぜ、兄貴!」

「間違いない、あの虹色の光は斬撃の威力を吸収するためだけの物じゃない。目的は特定の場所をピンポイントで何度もヒットし大剣に致命的な亀裂(クラック)を入れることだ」

 兄貴と呼ばれているドワーフは大きな目を更に見開き、二人の剣と鞘の衝突を瞳全体に映した。

「神の加護(ちから)の効果もあるんだろうが、ヒットの誤差は恐らく髪の毛一本分にも満たない精度だろうな」

「なるほど、神の加護(ちから)を使って大剣にクリティカルヒットを見舞ってるのか。神業とはよく言うぜ。あのヴィーラントの太刀筋を見切ってそんな芸当を仕掛けるとはよ」

「ヴィーラントと真っ向勝負しては勝ち目がないのだから、戦術としてはある意味では正しいかもな。しかし、あの鞘にそれ程の強度があるとは思えんが………」

 弟の言葉を聞き流すように、兄は大きな瞳でヒースクリフの鞘を不思議そうに眺めていた。あの鞘にはまだ隠された何かがある。神の加護(ちから)を魔力を使って封じてあるのは解るが、その魔力行使を見届け人は良しとしている。魔力を直接立ち合いに利用していないという解釈だからなのか。だとしたら……。

「間違いない、兄貴。あの大剣、そろそろヤバいぜ」

 兄の思案は、弟の粗野な大声で()き乱された。


「ヴィーラント、優勢なのに表情が浮かないな」

「決め手に欠けて焦り出したか? ヴィーラントの親父さんも歳だからな」

 ランスロットとトリスタン、そしてガウェインはヴィーラントの膝の傷の理由を知る数少ない騎士だった。それは身体の傷と同時にヴィーラントの心の傷でもある。ヴィーラントは生きた伝説の名に恥じない美しくも壮絶な攻撃を仕掛けてはいるが、それは同時にヴィーラントの身体と心に目には見えない悲痛をもたらしている様にも感じられた。

 そんなランスロットとトリスタンの会話に、ガウェインの怒声が被さった。

「わかったぞ、ヒースクリフの狙いは、ソードクラッシュだ」

 ガウェインの言葉を、ランスロットもトリスタンも、その時は理解することができなかった。


 その直後である、ヒースクリフの握る鞘に魔法陣の様なものが展開された。



 第七話「旅立ちの丘・中編」・了


2017年12月14日 修正と加筆をしました。

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