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第五話 宴の丘・後編

 ヴィーラントは長身のロックウッドやランスロットよりも、さらに一回り背が高いまさに不動の山を想像させる大男であった。そして、そのヴィーラントが手に携えている大剣はヴィーラントの身長の二倍の長さがある。

「あの大剣、ヒンドリーは初めからヴィーラントのために造ったんだろうな」

「確かに。ヒンドリーもやわな男ではないが、あれほどの大剣を自在に操るのは至難しなんの業だろう。だとしたら、あれはヴィーラントの新たな魔剣の下地として造られたとみるべきだろうな」

しい。こんな狭いコロッセウムではなく実際の戦場であれば、ヴィーラントとあの大剣の相性の良さを存分に堪能することが出来たのに。あの大剣を振るい大空を(かけ)るヴィーラント、是非とも見てみたい」

 トリスタン、ランスロット、そしてガウェインの会話をマーリンは何も言わず、ただ意味ありげな笑みを浮かべ楽しそうに聞いていた。三人はそんなマーリンの存在を怪訝に思いながらも、それ以上に気がかりになることを注視していた。いつの間にか来賓席のテラスには、マーリンと同じ黒のローブ姿の人影があちこちで見られるようになっていたのだ。

 ランスロットは単眼鏡で再び来賓席を見渡した。黒の国の要人は予想していた以上にこの会場に居る。アーンショー家からもたらされた来賓名簿以外にも、マーリンと同じ様にお忍びでこのお披露目を見に来ている(やから)がいるのだ。目的はお披露目というよりは、このヴィーラントとヒースクリフの立ち合いだろう。しかし、ヒンドリーの新作の剣のお披露目役がヴィーラントであることが発表されたのはつい先ほどのこと。だとしたら……。

 そこでランスロットの思考は停止を余儀なくされた。

 アーンショー家のテラスに、ある人物の姿を確認したからだ。

 シャーロットと親しく話をしているあの女性は……。

 ステュアート家のアン王女。

 ステュアート家は王族の中でも、近親婚を繰り返す唯一の家系。天の御使いの血をどの王族よりも純潔に保ち、神の加護ちからをどの王族よりも汚すことなく親から子へと代々受け継がせてゆく。一代や二代ならともかく何百年と繰り返される世代交代の中で何代にも渡って純血を保ち続ければ、それは同じ王族の間においても歴然とした差が生まれるようになる。ステュアート家の神の加護ちからは王族の中でも別格であると云われる所以(ゆえん)である。

 それ(ゆえ)に人々は、その純血の家系を恐れ敬いステュアート家のことを『高貴なる呪われた血銘の一族』と呼んだ。実際、ステュアート家の()は不吉で()まわしい血塗られた歴史と共にあったのだ。

 そしてステュアート家を語るうえで最も重要なこと、それはこの白の国の国王はステュアート家の男子しか王位の継承権を持たないということだ。しかし国王は黒の国の王族の姫をきさきにしなければならないという盟約がある。つまり、純血ではなくなってしまった国王の子供には王位を継承する権利が与えられないのだ。この歪んだ慣わしがステュアート家に数々の悲劇を招いてきた。

「ランスロット、どうした?」

 ランスロットの険しい態度を心配してトリスタンが言葉をかけた。

「アーンショー家のテラスにステュアート家のアン王女がいる」

「おい、それは本当か? 招待客名簿にはそんなの載ってなかったぞ。それに、ステュアート家の人間が動くのに、俺たち王立騎士団に何の連絡も入らないのはおかしいだろ」

「確かにそうだが、あれは間違いなくステュアート家の第一王女にして次期国王の母君アンだ。あのドレスの紋章は偽物じゃない」

 トリスタンの荒ぶる声にランスロットが静かに答えた。単眼鏡を覗くランスロットの瞳には、王族ステュアート家の紋章が放つ神の加護(ちから)が空気中の大気に干渉し虹色に輝いているのが映っていたのだ。

「だとしたら、アン女王もお忍びということだ。今回のお披露目、何か裏があるのかもしれんな」

 同じ様にガウェインも双眼鏡でステュアート家の紋章が放つ虹色の光を確認しながら、独り言のように呟いた。


 競技場では、ヴィーラントとヒースクリフが再び対峙し、立ち合い前の挨拶を交わしているところだった。

「ヒースクリフ、昨夜の話は……本気なんだな」

「はい、親方」

 ヒースクリフはヴィーラントの問いかけに短く答える。その短い言葉に、ヴィーラントはヒースクリフの覚悟と決意を感じていた。ヒースクリフの師匠を、親代わりを、伊達に十年以上も続けてきたわけではない。ヒースクリフのその言葉を聞いて、そこに込められた想いがどれほどのものか、ヴィーラントにも痛いほど分かっていた。

「ならば、手加減はせん。本気で行くぞ」

「ありがとうございます。親方」

「そう言うな、もとよりそのつもりであったのだから」

 そう言いながら豪快に笑い、ヒースクリフと間合いを取るべくヴィーラントは無防備に背中を見せ歩き出した。ヒースクリフはその大きな背中をじっと見つめながら、ヴィーラントのその言葉を、その言葉の意味を頭の中で正確に復唱した。溢れ出しそうな涙を必死に(こら)え、左手に持つ鞘をギュッと握りしめながら。

「ヒースクリフ君は、相変わらず情動的だね。まあ、それが彼の最大の武器でもあるんだろうが……なんとも人間らしくて可愛いね」

 マーリンの言葉がただの戯言なのか、それとも何か重大な秘密を隠しているのか、それを確かめるように三人は揃ってマーリンの顔を覗き見る。しかし残念ながら王立騎士団三人衆の鋭い洞察力を()ってしてもその真意を一瞬で見抜くことはできなかった。三人はマーリンの思惑(おもわく)が気になりはしたが、今はそれ以上に目の前のヒースクリフとヴィーラントの立ち合いから眼を離すわけにはいかない。

 そして三人が競技場に目を戻した瞬間、立ち合いは始まった。


 最初に仕掛けたのはヴィーラントだった。

 大剣をヒースクリフに向けて突き出すように両手で構えると、左足を一歩踏み出し剣を胸に寄せる。その直後、大剣を活かすために十分に取ったはずの間合いを、その巨体に対して不自然なほど素早く一気に詰める。その動きはまるで水面を優雅に移動する白鳥の様であった。

 ヴィーラントは間合いを詰めると大剣を鋭く突き出した。そしてその突きは驚異的な手数で嵐の様にヒースクリフに襲い掛かったのだ。

「あの大剣を、あの様に接近戦で使うとは、馬鹿げている」

 トリスタンは子供の様に楽しそうに呟いた。

「しかし、寸分の狂いもない突きの軌道。あの大剣よほど重心が安定し軸も整っているのだろう。でなければ流石(さすが)のヴィーラントでもあれ程までには使いこなせはしまい。ヒンドリーもやるな」

 ガウェインの言葉にトリスタン、そしてランスロットも深く納得した。大剣の鍛造とは見た目とは裏腹に繊細で緻密な計算がより必要となるのだ。

 嵐の様に降り注ぐヴィーラントの突きは一向に止むことがなかった。それどころか、ヒースクリフには一突き毎に剣の重さが増していくように感じられる。ヒースクリフはヴィーラントの突きを僅かな動きで()けきっていた。剣の軌道、そしてヴィーラントの体の動き、それらが余りにも美しく正確なので避けるタイミングが予想しやすいのだ。その正確なリズムと美しい動きに自分の体が誘われるように勝手に動いてしまう。しかしそれはヴィーラントの巧妙な罠であった。美しい旋律の合間にフェイントの様に奏でられる不協和音。その一瞬を少しでも見逃せば、ヒースクリフは瞬く間にヴィーラントの嵐の様な突きの餌食になるところだっただろう。

 ヒースクリフはヴィーラントの何度目かのフェイントの突きを剣の鞘で受け流した。ヒースクリフはまだ剣を鞘から抜いていなかった。それどころか剣の(つか)にも手をかけていなかったのだ。

「ヒースクリフ、何を考えている」

「恐らくはヒンドリーの剣を見極めているのだろう」

 トリスタンとガウェインの会話の直後、ヴィーラントの大剣の引き戻しの軌道が僅かに膨らんだ。その瞬間、ヒースクリフが空中に高く飛び上がる。そしてその直後である、たった今ヒースクリフが立って居た場所をヴィーラントの大剣が地面と水平に唸りを上げてくうを斬ったのだ。

 コロッセウムに大きなどよめきと歓声があがる。

 しかし、ランスロットは苦い顔をした。

「ヒースクリフ、不用意に空中に逃げると痛い目を見るぞ」

 ヴィーラントの大剣はランスロットの予想を裏切らなかった。

 豪快にくうを斬った大剣が、その反動を利用して空中のヒースクリフに襲いかかったのだ。

 空中では地上と違い動きが極端に制限される。鳥の様に翼があれば別だが……。

 ヒースクリフの跳躍力は人間離れしていた。ヴィーラントの頭上はるか上にヒースクリフは居たのだ。魔力を使わずにあれだけの高さ飛べるとは信じ難いと誰もが思っただろう。


 お披露目での立ち合いでは魔力、魔剣の使用は一切禁止されている。魔剣のお披露目に関しては立ち合いではなく、競技場に放たれた魔物を観衆の前で仕留めるのが慣わしとされていたのだ。魔剣の真価を発揮するには立ち合いでは危険が大き過ぎるからである。そして最も重要なことは、お披露目の立ち合いは決して決闘ではないということだ。主役は剣士ではなく剣なのである。だから『お披露目』なのだ。故にお披露目の立ち合いでの魔法の行使は固く禁じられており、それを破ったものには厳罰が下されていた。

 実際、そうしたしきたりが無かった頃は、工房同士の争いがお披露目の立ち合いに持ち込まれ、工房の優劣を競う決闘の場になっていたのである。そんな状況を当事者である工房の職人達は進んで受け入れ、また職人の代わりに剣を振るう騎士達は自らの名を挙げるために命を懸け、そして観衆はそんな刺激に満ちた立ち合いに歓喜していたのだった。しかし、そんな立ち合いに(のぞ)み負傷し場合によっては命を落としてしまう職人や騎士達が大勢いたのも事実であり、そんな状況を見かねて今の国王がお披露目でのしきたりを現在の様に改めたのである。熟練した鍛冶職人の持つ技術と知識は国の財産であり、騎士も同様であった。黒の国との平和が盟約によってこの何百年と保たれているとはいえ、騎士の活躍する場面は様々なところで必要とされていたのだ。

 そんな事情から、お披露目の立ち合いで魔力を使うことは固く禁じられ、また立ち合いによる怪我のダメージなども競技場に配置された見届け人達の神の加護(ちから)や魔力によって最小限になる様に(はか)られていた。


 ヴィーラントはヒースクリフの動きを完全に読んでいた。空を斬った一撃はヒースクリフを(そら)へ誘う布石であり、振り抜いた大剣の勢いはそのままヴィーラントの鍛え抜かれた鋼の肉体に溜め込まれる。バネの様に縮んだ上半身の筋肉が返す剣の勢いを無駄なく流れる様に加速させた。ヒースクリフはヴィーラントの頭上高く宙を舞っていたが、そこは十分に大剣の攻撃範囲内である。水平に空を裂いた大剣が、今度はさらなる勢いでヒースクリフに襲いかかる。

 ヴィーラントはその瞬間、自分の頭上を舞うヒースクリフと目が合った。ヒースクリフは笑っていた。そしてヴィーラントも笑った。やはりヒースクリフは、この返しの一振りをも読んでいたのだ。

ヒースクリフ、どうする?

 ヴィーラント、そして二人の立ち合いを見守る誰しもがそう思った。



第五話 「宴の丘・後編」・了

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