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第三話 宴の丘・前編

 白の国と黒の国の国境に連なる荒涼とした丘は南北に何処までも伸びていた。馬車で移動しても数ヶ月は掛かると云われていたが、そんな酔狂なことを試す者は誰もいなかった。何故なら白の国と黒の国の間に連なる丘には南北に二箇所ずつ計四箇所の街が栄えていたのだが、その街と街を結ぶ荒涼とした丘は、ある場所では大地が大きく裂け、またある場所では底なしの沼が広がり、またある地域は砂漠の丘が果てしなく続くと云われていたのだ。そればかりではない、荒々しい風や大雨、砂嵐、何日も続く厳しい日照り、まるで猫の目のように激しく変化する天候と、それを棲処にする魔物、それらが人々を寄せ付けない原因となっていたのだ。

 それ故に、白の国の人々も黒の国の人々も、この南北に連なる丘を総じて『嵐が丘』と呼んでいた。嵐が丘を挟む様に東に白の国、そして西に黒の国が在り、両国の北には海、南には森と砂漠が広がっている。それがこの当時の地図に描かれた世界の全てだった。

 嵐が丘の北に位置する二箇所の街は、主に鉱業の交易で栄えている。白の国でも黒の国でも、北部では鉱物が昔から豊富に採れたからだった。海に面した街をドロントハイム、その南の街をウールヴァダリルといった。

 そして今、ウールヴァダリルの街では宴うたげが催されている。街に工房を構える鍛冶屋が年に一度だけ新作をお披露目する宴である。それを一目見ようと隣り街のドロントハイムからだけではなく、白の国、黒の国、両国のあちらこちらから様々な職人、商人、そして王族までもが駆けつけていた。

 数ある職種の中で鍛冶屋というのは、それほどまでに注目され重要視される職業だったのだ。何故なら鍛冶の原点は錬金であり、それを成す技術と知識は両国において単なる秘技ではなく、神の加護(ちから)と魔の力を最大限に利用することから最も重要な秘儀とされていたからだ。故に王族から認められた鍛冶屋の工房『王立工房』は、その名誉と権威において民衆から一目を置かれ、工房に課せられた重責は他の職人に畏敬の念を抱かせ、そして与えられた強大な権限は同じ鍛冶師たちから嫉妬を買うこととなっていた。

 そんな鍛治師たちが自分達の工房の新作を世に知らしめる、それがこのお披露目なのだ。

 街の中央にあるコロッセウムには、剣による斬撃の独特な音色が空高く響き、同時に大勢の人々のどよめきと歓声が沸いていた。剣の鍛造は鍛冶師の仕事の中で最も重要であり、またそれをお披露目するという意味でも最も注目を集めていたのだ。


「なんだ、ヒースクリフはちゃんと会場に居るじゃないか。『お披露目には出ない。さっさと放浪修行に出発する』などと言いながら、工房のお役目をちゃんと務めているのだから、あいつも少しは大人になったということか」

 コロッセウムを上から見下ろす来賓席の一角、優雅で(きら)びやかな服を身にまとった人々中で、場違いな格好をした粗野な男がそう呟いた。

「きっとロックウッドが(なだ)めすかしたんだろ。それよりもトリスタン、なんだその格好は。少しは近衛このえ騎士団の自覚を持った服装をしろ」

 トリスタンと呼ばれた男の隣の席に座る、背が高く容姿端麗ようしたんれいではあるが生真面目でどこか神経質そうな騎士がそう言った。しかしトリスタンはそれに対して耳を貸す様子は全くなく、目の前に用意された酒やご馳走を丹念に物色していた。

「機能的で美しい近衛騎士団の制服か。ランスロット、お前と違って俺にはそんなお上品な制服など似合わんよ。給料分の仕事はしてるのだから、服装ぐらい自由にさせろ。それよりもこの酒、黒の国で造られたものじゃないのか? なんとも人を惑わす芳醇な香り。黒の国では酒を造るのにも魔力を使うというからな」

 ランスロットはトリスタンの言葉に呆れて取り合わなかった。代わりに今度はトリスタンの反対側に座る男が答える。先程のランスロットという男とは正反対の物腰がどっしりとした無骨な大男だった。

「機能的で美しい制服を着せて魅せるのも我らの仕事だ。特にこういう席ではな」

「ガウェイン、今さら黒の国を牽制けんせいする意味もないだろうに」

 トリスタンはそう答えながら、杯に酒を豪快に注いでいた。

 ガウェインと呼ばれた大男も腰に剣を携え、ランスロットと同じ騎士の制服を着ている。つまりはこの三人は共に王家直属の騎士団、『近衛騎士団』の団員なのだ。白の国では王の許可があれば誰でも騎士団を編成することができる。それは商人だろうが職人だろうが農民だろうが制限はなかった。白の国と黒の国ではもう何百年も戦はなかったので両国には共に軍隊は存在しなかったが、代わりに村や商人を襲う盗賊、あるいは村や街に迷い込んだ魔物から自衛するために大小様々な騎士団が存在したのだ。そしてその最高位にして最強の騎士団となるのが王立騎士団『近衛騎士団』だったのである。

 近衛騎士団に入団できるのは王族が認めた王の騎士―ロイヤルナイト―だけであり、それ故に腕の立つ強者が揃ってはいるのだが、その反面で個性の強い曲者の集団でもあった。

「牽制するのではない、威厳を示すのだ」

 ランスロットはトリスタンの言葉に明らかに苛立ちを感じながらそう言った。言われたトリスタンはそんなランスロットの様子を逆に可笑しがっていたが、しかし神経質過ぎるぐらいのランスロットの性格が近衛騎士団では貴重とされていたことを彼も知っていたので、それ以上にランスロットの心を煩わせることは慎むことにした。曲者揃いの騎士団が一つにまとまっていられるのはランスロットの功績が大きいことをトリスタンもよく知っていたからだ。

「うむ、やはりアーンショー家にはキャサリン嬢の姿は見えんな」

 向かいの貴賓席を双眼鏡で観察しながらガウェインが呟いた。

「ヒースクリフの姿を見るのが辛いんだろ。俺だって見たくないね、お嬢ちゃんが健気に悲しみを隠して笑っている姿なんかさ」

 トリスタンのこの言葉には、さすがのランスロットも何も言わずに沈黙で答えた。

 ランスロット、トリスタン、そしてガウェインは近衛騎士団として何十年も王家の護衛を務めてきた。当然、王族の家系であるアーンショー家にも任務で度々訪れ、キャサリンのことは彼女が産まれた時から知っていたのである。

 そして同じ様にヒースクリフの生い立ちについても彼ら三人はよく知っていた。いや知っていたというよりは関わっていたという方が正確なのかもしれない。

 ヒースクリフの父ヴィーラントは白の国の最高位の鍛冶師の一人であり、彼の工房は王家から支援を受ける王立工房であった。そして鍛冶師というのはその多くが武芸にも秀でておりヴィーラントも例外ではなかった。そうした経緯からランスロット、トリスタン、そしてガウェインは、ヴィーラントと旧知の仲だったのである。三人は鍛冶師ヴィーラントに剣の手入れを託たくすだけではなく、ヴィーラントの率いる工房騎士団に度々仕事を依頼していたのだ。それは主に辺境における採掘場のいざこざを収めたり、出現した魔物の退治などであった。

 そしてある日、三人はヴィーラントからある頼まれごとをされる。幼い男の子を預かることになったので、三人に剣の手ほどきを頼みたいと。自分は鍛冶師の親方として子供と接するので、剣術に関しては三人に任せたいという頼みだった。

 しかし程なくして、実際は厳しい鍛冶師の修行の息抜きとして、三人に歳の離れた兄の役を押し付けたのだということが直ぐに分かった。それ程までにヒースクリフに対するヴィーラントの接し方は厳しく鬼気迫るものだったのだ。

 そこで三人はヒースクリフに剣術を教えながら、王族の優雅で平穏な暮らしに触れさせたのである。それはヒースクリフの置かれた境遇に対する三人の同情や憐れみといったものだけではなかった。優秀な騎士や鍛冶師には、強靭な精神や肉体だけでなく、知識や教養、芸術や文化を理解する素養が必要だったからである。

 そこで三人は幼いヒースクリフを王族のアーンショー家に紹介したのであった。アーンショー家は王族でも遠縁にあたるので何かと融通が利くだろうと思ったのだ。それにアーンショー家にとっても鍛冶師ヴィーラントの一人息子を世話することは十分な投資になるのではと考えたのである。ヴィーラントは王立工房の職人(ギルド)マスターであり、その息子も将来は有望な鍛冶師になるかもしれない。となればヒースクリフの世話をし恩を売ることは決して損な話ではないと持ち掛けたのだ。

 しかしそれは、とても興味深い事実を知らされることによって受け入れられる。実はヴィーラントは、そのアーンショー家からヒースクリフを預かったのである。アーンショー家の当主であるミスター・アーンショーが嵐が丘の南部を旅した時に、立ち寄った辺境の村で生まれたばかりのヒースクリフを引き取ったというのだ。

 何故にミスター・アーンショーがそのような事をしたのかは不明である。三人もその真相をミスター・アーンショーから聞き出すことを躊躇らった。一説には古くからの友人であったヴィーラントのために引き取ったのではないかという噂もあった。ヴィーラントは早くに妻を亡くし子供がいなかったからである。もちろん、それ以外にも根拠の無い卑俗な噂話が多く存在した。そして、それによってヒースクリフはいつも好奇な目で見られながら育ったのだ。

 そんな経緯(いきさつ)を背景に、ヒースクリフとキャサリンは幼くして出会い、幼いながらにお互いを(かば)い合いながら成長していった。キャサリンもまた、王族の過酷な宿命を生まれながらに背負っていたのである。

 そして、そんな二人は自然と恋に落ちていったのだ。


「おっ、いよいよヒースクリフの出番だな。相手は……おいおい、ヴィーラントの親父さんが相手かよ」

 黒の国の酒をなみなみと注いだ杯を片手に、トリスタンが目を輝かせながらそう言った。

 そしてその言葉に、ランスロット、そしてガウェインの瞳も子供の様に輝いていた。

 三人は根っからの騎士なのである。


 こうして、この日の宴は最高潮を迎えようとしていた。



 第三話「宴の丘・前編」・了

これは2017年11月10日に「魔瑠琥の童話集」にて公開されたものを転載したものです。

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