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少年オカルト

化物の家

作者: mira

幽霊なんて記録映像みたいなもんなんだよ。

映画みたいなものだな。

ずっと同じ事を繰り返してるだけ。

きっとその事にすごく執着があったって事なんだろうな。


感情だけが残ってしまう幽霊もいるようだな。

その感情に従ってのみ行動する幽霊だ。

彼等の行動原理は俺たちじゃ一生理解できないよ。


それ以外で死んだ人間がなるものとなると、意思を持った別の何かになるってこともあるんだろうな。

それはもはや、幽霊とか思念とかではないだろう。

別の何か、意思疎通のとれない何かだ。


それはもう、化物だよな。


そう叔父はよく話していた。

死んだ人間を近くに感じられる人だったようだ。

俺はあまりそういった心霊関係の話は信じていなかった。

だけど、叔父の事は好きだったから別に疑うようなことも思っていなかった。


先日、叔父が死んだ。

叔父は独身で一人暮らしだった。

古い一軒屋に住んでいたのだが、階段から落ちて打ち所が悪かったという話だった。


俺は高校時代、叔父と一緒に暮らしていた。

それなりに仲も良く、夜に叔父の酒盛りに付き合ったりしていたくらいだ。

幽霊の話はそんな時に聞いていた。


叔父の葬式は雨の日だった。

友人が多かったのかそんなに寂しいものでもなかった。

喪主は親父だった。


葬式の後、俺も親父を手伝って久しぶりに叔父の家に入ったりしていた。

高校を出てからあまり訪れなくなっていた叔父の家、ほとんど変わった様子も無かった。


叔父は残したものも少なく、また変わったものも無かった。

大抵のものは処分し、形見分けに少しのものをみんなで持っていった。

家は処分し、叔父との思い出は自分の心の中だけのものになった。


叔父が死んでから二ヶ月。

俺は叔父の幽霊が見えるようになっていた。



放課後、宮本先生が僕らのところに歩いてきた。

見回りの途中だったようだ。


「なんだ、こんな時間まで残っていたのか。もうすぐ教室締めるから、早く帰る用意しろよな」


宮本先生は僕らの担任の先生だ。

頼りがいがあり、生徒からもよく相談もされている。所謂、良い先生。

お腹が出始めている事に悩んでいたようだが、ここ最近は少し痩せてきている。

何となく体調も良くないように感じていた。


「そうだなシュン。そろそろ帰るか」


挨拶を済ませ教室を出ようとした時、先生が僕らを呼び止めた。


「すまない。確かお前達って心霊関係に詳しかったよな。先生がこんな事言うのも変なんだが、実は聞いてほしい話があるんだ。心霊関係の話だと思うんだが…」


先生が心霊関係?

珍しい話だが僕らは大歓迎だ。


「大歓迎ですよ先生! 聞かせてください」


「生徒にこんな話をするってのが…まず、先生としては有り得ないとは思っているんだが。すまないな」


「大丈夫ですよ先生。僕らは絶対オフレコで他言はいたしません。情報ソースの信頼を得られなかったら、こんな趣味は続けられませんからね」


こういった時のカヤは非常に饒舌で口も上手い。


「すまない。それじゃあちょっと話をさせてくれ」


先生ははっきりしない様子だった。

何から話そうか迷っているのか、どのように話すか考えているのか、といった感じ。

しばらくして意を決したように口を開き始めた。



先生は二階建ての一軒家に住んでいるらしい。

夜は毎日テレビを見ながら安酒で晩酌をしていると自虐的に漏らした。


お酒を飲むと眠くなる。

なんとなくの日課でソファーでそのまま寝てしまうようになってしまった。


しばらくして、テレビの音で目を覚ますと背中側に気配がする。

気になってそちらを見ると二ヶ月前に死んだ叔父がそこにいた。


叔父は階段の前で仰向けに倒れており、片手を上に上げていた。

階段の上の何かに訴えかけるような様子。

視線も手の先を見ている。

こちらには目もくれず、ただただ階段の上に手を伸ばしていた。


先生は驚いて声も出せなかったが、しばらくして状況に慣れてきた。

叔父はまだそこにいる。


「武叔父さん…なのか?」


先生は叔父さんに声をかけた。

しかし、叔父さんは無反応だった。


それからすぐに叔父さんは消えた。

時間を見ると午前3時頃だった。


その日を期に、毎日叔父さんは現れるようになった。

どれだけ深く眠っていても午前3時頃に起きてしまう。

そして叔父さんがそこにいる。

つい先日、葬式に出した叔父さんが。


無言で階段の上に手を伸ばしている。



「今日で一週間なんだが、昨日の夜も居たんだ。

 夢かもしれないんだけど、妙に現実感もあって。

 何か伝えてくれればいいんだが、どうやら感情の無い幽霊みたいでただ同じ事を繰り返している。

 正直寝不足でかなわないんだ。お前たち何か経験的にどういう状況かアドバイスをくれないか」


先生の話は恐怖を感じるような話ではなかったが、非常に興味深いものだった。

しかし、幽霊話なんて僕らでアドバイスできる事なんて無いと思っていた。

僕らの専売特許は心霊スポット探索であって、幽霊や霊障の解決なんてものではない。


「感情の無い幽霊ですか。何か呆然としているような? っていうか普通の幽霊って感情があるのかな」


カヤは妙なところに食いついていた。

言われてみれば確かに変な話だけれど、今は叔父さんの話が先だろう。


「ああ、そうか。幽霊の感情云々は叔父が昔言っていたんだ。幽霊は記録映像みたいなものだって。感情は基本的には無いものだとさ。

叔父は幽霊とかが見える人だったんだ」


「そういう人は幽霊になりやすいのかな。興味深いけど今は叔父さんが出てくる理由ですよね」


話を戻したい。階段の下で倒れていることは何か意味があるのか。


「叔父は階段から落ちて、その…亡くなったんだ。すまないなお前達にこんな話を」


「気にしないでください。オレたちが話をせがんだと思ってくださいよ」


なるほど、何となく納得できる話だ。

ということは叔父さんは今先生が住んでいる家で亡くなったのかな。


「叔父さんは先生の家で亡くなったんですか?」


「いや、叔父さんが亡くなったのは別の家だ。一軒家という意味では一緒だけどね。

今住んでいる家から二時間ほど車で行った所だよ。

先生も昔は一緒に暮らしていたことがあるんだ。叔父とは親戚の中で一番仲が良かったと思う」


死んだ場所に出てきた訳ではないのか。

この場合、仲が良かった先生に何か伝えたいことがあるって考えるのが自然だな。


「そうだな。俺もそう思っているんだ。連絡も良く取っていたし、亡くなる前の日にも一緒に酒を飲んだしな…」


「本当に仲が良かったんですね…」


――すまないな、急に呼び出したりして。


先生が少し俯き気味になった。

ちょっと考えだしているようだった。


「先生どうかしました? 何か思い当たることでもありましたか?」


「い、いや…。叔父さんと一緒に飲んだ時の事を少し思い出してな…」


先生の顔色が少し悪くなってきている。


「とりあえず、叔父さんが言っていた幽霊が記録映像っていうのを信じれば、亡くなった時のことを再現しているのかな。

階段の下で倒れているのは階段から落ちたときの再現と考えて…」


「なるほど、確かにそうだな」


先生が同意する。

カヤはそのまま疑問を口にする。


「それだとなんで手を上げていたんだろう」


先生は少しビクっとしたようだった。


「階段から落ちて、階段の上に向かって手を上げた。視線もそちらに向けている」


――お前の親父さん達から連絡があってな。話をしてやってくれと。


カヤは思いついたことを淡々と話している。

外はもう暗くなってきていた。

少し不安になってきた僕は、手持ち無沙汰を紛らわすために教室の電気をつけた。


暗い教室がいっきに明るくなる。


カヤは窓枠にもたれかかり考え込んでいた。

その前に座った先生は、俯き加減で固まったままだ。


「二階に何かあったんですかね」


――きちんと話あった方がいいんじゃないか。一方的に感情をぶつけてても事は進まないだろう。


「それとも先生の家の二階に何かあるのかな…」


先生の目が大きく開かれた気がした。

震えも大きくなってきている。


「先生の家の二階って何があるんですか?」


カヤの質問は話の流れのものだったが、先生はこちらが驚くほど態度を豹変させた。


「何があるかって? 何もないよ! どうしてそんな事を聞くんだ」


カヤも僕も驚いた。

こんな怒った先生は見たことが無かったからだ。

先生もはっとした様子で椅子に座りなおした。


「す、すまない…。何でもないんだ。二階には何もない、仕事部屋と寝室があるだけで…」


――お前に毎日暴力を振るわれるって相談してきたそうだぞ。暴力はだめだろう。


「こちらこそ、すみません。そうだ、叔父さんが気になるなら寝室で寝たらどうですか。

叔父さんは階段下にいるみたいだし、とりあえず休んで元気になってからまた考えたら…」


「寝室はだめなんだ。今は入れなくて」


今は入れない?

なんで寝室に入れないんだ?


「雨漏りでもしているんですか?


「い、いや、そんなことじゃないんだが…」


寝室には何かある。触れてはいけない何かが。

カヤに知らせたいけどさっきの先生を思い出すと口を開けない。


「喧嘩でもしちゃったんですか?」


カヤ止めよう。これ以上触れるのはまずい。

先生の様子は明らかにおかしくなっている。


「…喧嘩? 何のことだ?」


「え、奥さんの事ですよ? もうすぐ赤ちゃんが産まれるって言ってた」


先生の目が大きく見開いた。

そしてカヤの胸倉を掴みながら叫びを上げた。


「やめろ! お前は何なんだ!」


先生は必死の形相だった。

カヤの顔も苦痛で歪みだす。


――身重の女性だ。手荒に扱ってはダメだよ。

  一人の時間が恋しいのは解るが結婚した以上はきちんとしないと。


「うるさいんだよ! どいつもこいつも! 黙ってろよ!」


――自分で決めた道だぞ。以前のお前ならそんな事分かってただろう。


「先生なんてストレスが溜まる仕事がだめなんだよ! お前らが悪いんだろ!」


――まったく、変わってしまったようだな…お前は。


「なんであんたまでそんな事言うんだ! 俺の味方じゃなかったのか!」


先生はカヤを窓に押しつけていた。

自制がまったく利いていないように見える。

ガラスを突き破ってそのまま落してしまいそうだった。


――生きていても、化物になっちまうことがあるんだな…。


  頭から血を流しながら、叔父はそう呟いた。

  俺は階段下で死にいく叔父を無言で見下ろしていた。

  叔父は俺の方に手を伸ばしながら息絶えた。


「…う、せ、先生。 や、め…」


必死に先生を止めていたが、大人の力にはまったく敵わない。

引っ張ったり蹴ったりしたがまったく動じない。

大人の省みない全力はこんなにも強いのか。


「うるさい! お前が! お前がおかしな事を言うから!」


先生はカヤの頭を窓に思い切り打ちつけようとした。

窓を割って外に突き落とすつもりか。

僕は全力の体当たりをつけようと助走をつける。


その時、先生の動きが止まった。


「…う、嘘だ」


先生は窓を見ていた。窓の一点を見つめている。

そこには何もいない。外の暗闇がそこにあるだけだ。


掴んでいる手から力が抜け、カヤはそのまま床に倒れた。


僕はカヤに走りよって抱き起こした。

カヤは必死に息を整えている。


「なんで、お前がここにいるんだ…」


先生は窓から後ろに振り返った。


「なんで、お前がここにいるんだ!!」


大きく怒声をあげた。

しかし、そこには誰もいない。

カヤもその方向を見たが何も見えていないようだった。


「なんで、お前が…!」


瞬間先生は雷に打たれたように全身を振るわせた。

一瞬先生の身体中から火花が散ったようにも見えた。


僕らには何が起こったかまったくわからない。


ただ、先生の動きが止まった。

身体の力は抜けており、そのまま倒れてしまいそうだった。


口をだらしなく開け顔を上に向けている。

瞳は細かく動いているが視線には何も写っていないように見える。


しばらく先生はそのままの姿勢で棒立ちになっていた。

僕らは何をしていいのか分からず、そのまま動けずにいた。


やがて、先生が口を開いた。


「二人とも、すまなかったな…」


不思議な声だった。

先生の声のようにも聞こえたし別の人の声のようにも聞こえた。

ただ、先生が無事だったことに少し安心した自分がいた。

カヤがあんな目にあったというのに、不思議と心配している自分に驚いた。


先生はそのまま振り返らず、たんたんと力なく歩いて教室を出て行った。


「な、何だったんだいったい…」


カヤがゆっくり立ちながら呟いた。

僕はカヤの肩を支えながら一緒に立つ。

あの時、先生に何が起こったのだろうか。


外を見ていると先生が校舎から出て行く様子が見えた。

先生が門をでる一瞬、肩につかまる女の人が見えたような気がした。



翌日、先生が一身上の都合で退職したと校長先生から全校集会でお話があった。

僕は何となくそんな気がしていた。


その日の新聞の夕刊に先生が警察に捕まったことが書かれていた。

奥さんと叔父さんを殺したということだった。

殺された奥さんはあの時一瞬見えた女の人に似ている気がした。


僕もカヤも先生の事は何も言わなかった。

お互いに何となくタブーみたいになっていた。


しばらくは先生の事で学校中が騒がしかった。

落ち着くまで大分かかった。

ヒステリックにわめく大人や突然泣き出す同級生。いろいろな場面が過ぎ去って言った。


ある日、放課後また二人で残っていたときにカヤがふいに呟いた。


「先生、何が見えたんだろうな」


言ってからしまったという顔をカヤはした。

僕は少し首を振って気にするなと伝えた。


幽霊が見えていたんだと思う。

先生が見たくない、忘れようとしたものが幽霊になって見えていた。


「あの時、先生が先生じゃないように見えた。

 訳が分からない…化物に見えた」


カヤは淡々とそう呟いた。

特に何かを思っているということもなく、事実だけをそう告げるように。


最愛の人を二人も殺しているのだ。

人間の所業じゃない、化物のなせる業だ。


誰でも化物になってしまう。

あんな生徒には優しかった先生も。

その事が僕にはひどく寂しく思えた。



叔父が死ぬ前から俺の周りには化物しかいなかった。


俺を口汚く罵る化物。

もっと働けと攻める化物。

周りをきちんと見ろと訳のわからないことを言う化物。


意思疎通が図れない化物だ。


叔父に呼ばれて酒を飲んだ。

久しぶりに人と話した気がした。

しかし、叔父は化物だった。


化物から逃げるため、二階の自分が使っていた部屋に逃げようとする。

逃げたい、この化物だらけの世界から逃げたい。

叔父と暮らした、あの安心と挑戦、若さに溢れた日々に逃げたい!


階段を登って追いかけてくる化物を振り払うと、階段を叔父が落ちていく様子が見えた。


叔父の見開かれている目に映るのは、俺の姿をした化物だった。

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