セッショク
「うおぇ……」
白カビの薄暗くふわふわとした白色とは違う、買ったばかりの真新しいTシャツのように清潔感のある研究所の白色の壁を背にデュマは吐き気を我慢していた。無論これは空間転移の影響だ。
結果的に身体が元通りになるとはいえ、微粒子レベルに分解されるのだ。慣れていなければ吐き気を催すのも当然といえば当然であろう。
一方メビウスはというと吐き気など微塵も感じた様子は無く、先に研究所の奥へ案内されていった。
「確かに我輩も最初の頃は気分が悪くなっていたな」
黒フードの少年はデュマを見て懐かしむように目を細める。少年の年齢は定かではないがずいぶんと昔から経験していたのだろう。一点を見つめてなかなか動こうとしない。
「リオンさん、懐かしんでいる場合ではないですよ」
そんな少年に長い黒髪をポニーテールにし赤い眼鏡をかけた知的な女性が声をかける。黒フードの少年はリオンという名前だったようだ。
「デュマさんもいつまでこうしているつもりですか? もう五分も経ちましたが私たちも暇というわけではないのですよ」
す、すみません、と謝るデュマを見て彼女はハァ、とため息をつき白衣からミント味の飴を取り出し差し出した。
「少しは気分がスッキリするのではないでしょうか」
デュマはしばらく目をパチパチと瞬かせていたが、我に返ったように笑顔になり「ありがとう」と言った。
「別に……これも仕事の内です」
少し頬を赤くした彼女はフンッと向こうをむいてしまう。それから彼女は向いた先を見て嫌なものを見たかのように顔をしかめた。
「あっれ~? ミスズちゃんったらまた新人いじめてんの? いい加減止めとけよ」
彼女の視線の先には、声の主である白衣の下に着たジーンズにジャラジャラと鎖をつけている金髪の男性を筆頭に十人ほどの集団がいる。
全員ニヤニヤとしていて正直いけ好かない。
「はぁ? 貴方達と一緒にしないで頂戴。私はただ仕事をしているだけよ」
「さあ、どうだかな」
彼の言葉を皮切りに周りに居る研究員達が笑い出す。それに対して彼女……ミスズは舌打ちをする。
両者はにらみ合い一触即発の緊張した空気が流れた。
ミスズと青年はにらみ合ったまま一歩たりとも動かない。
そんな中、空間にある音が響き渡る。
「ふぇっくしょん」
……デュマである。
その瞬間そこに居た者全員がデュマを見た。
「あ、すみません。えっとミスズさん? は俺をいじめてたんじゃないです。むしろ励ましてくれてたというか……。ん? 励ます……?」
それからしどろもどろに男性に話しかけるデュマを見てミスズは目を丸くした。それから別に励ましていたわけじゃないわ、と言い部屋を出て行った。
金髪の男性はというと、ミスズの出て行った先をじっと見つめている。その瞳には何かは分からないが決意がこもっていたように感じた。
「ふむ。ところでデュマよ、吐き気は引いたか?」
一連の流れを静観していたリオンが突如声を上げた。
「ボス、いたんですね」
金髪が何とも失礼なことを言う。デュマの金髪に対する高感度はこの時点ですでにマイナスだった。
しかし何故か金髪もそれは同じだったようだ。
「ボス、この新人何なんすか? いくら人手不足だからってこんなのを採用って正気っすか?」
「……人手不足なのは誰のせいだと思っている。それにデュマは新人ではなく客人だ」
あまり調子に乗らないことだな、とリオンは続ける。それからデュマに「ついて来てくれ」と声をかけた。
デュマは少し不安そうにリオンと金髪を交互に見ていたが、置いていかれそうになったので困ったように眉を下げ、ヒヨコさながらにリオンの後をついて行った。