エイユウ
「えいゆう……?」
デュマはパチパチと数度瞬きをし「それって食べ物か何かですか」と不思議そうに尋ねた。
「……そうか、知らないのか」
黒フードの少年は思い出したように呟いた。
この世界は科学は発展しているがその分、文学があまり進んでないのだ。学校も理系ばかりを教え、文系を選ぶ者などほぼ皆無であった。よって国語や社会などという教科はあまり馴染みのないものなのだ。理科や数学で「英雄」などという言葉は滅多に出てこず、知らない者も多くいた。
歴史から学ぶことも少なからずあるだろう、と少年は考える。しかし世間一般では歴史は振り返らず未来に生きることが主流なのだ。世間の流れを変えるのはそう易々と出来る事ではない。
だから白カビがこんなにも増えたのだ。
一度手にした利便さを手放すわけにもいかない。かと言って民衆に害が及ぶとわかっているそれを彼らが快く受け入れるはずもない。だから政府は国民の考える力を弱めた。哲学を衰退させ自分で思考するという選択肢を削除していったのだ。それは本当に少しづつだったが170年経った今では殆ど成功したと言っても良いだろう。
これでは白カビが解決しても別の問題が山積みだ……。
少年は「はぁ」とため息をついた。
もちろんそのため息はこの国の未来を憂いてものだったのだが、デュマはそのエイユウという言葉を知らなかった自分に呆れたのかとアタフタし始めた。
「ハ、ハーブティーでも飲みませんか?」
よくはわからないけれど、微妙な空気になった事を感じ取ったメビウスはとりあえず笑顔でお茶を勧める。
「ラベンダークッキーもありますよ」
お腹が空いているから慌てるのだ。お腹がいっぱいになればきっと冷静になるだろう。
これはメビウスが今までデュマを見てきて感じたことだ。デュマもそうなのだから少年もきっとそうだろうと。だから断られるなんて微塵も思っていなかったのだ。
メビウスは知らなかった。メビウスにとっての普通であるデュマを世間では単細胞と呼ぶという事を。お腹がいっぱいになったって冷静にならない人もいる。逆にお腹が空けば冷静になる人だっている。色々な人がいるのだという事をメビウスは知らなかった。
「すまないが今日は君達に用があって来たんだ。あまり遅くなると上の者から怒られてしまうんだよ」
だから、それはまた今度という事で。
そう言うと少年は何か紙を取り出した。……ポケットに入れていたのだろうか、その紙はぐしゃぐしゃだった。
「ファイル使ったほうがいいわよ」
少しかわいそうな者を見るようにメビウスは言う。
「う、うむ、次からは気をつける」
少し恥ずかしそうに頰を掻く少年は年相応に見えた。
しかし、すぐさまキリッとした顔に戻り話を続ける。
「これの事なんだか……」
少年が二人に見せたその紙には第一区域にある研究所へデュマとメビウスを招待する、という内容が書いてあった。