ラベンダーとハナズオウ
「あれ? こんな花、前まで無かったような……」
オムライスを食べ終え食後の紅茶を口にしていたデュマは不思議そうに呟いた。
目線の先には見慣れない花がある。なんと言うか……毒々しいピンク色だ。
「あ、これ? ハナズオウだよ。昨日までは私の部屋に置いてたんだけど、花が咲いたからデュマにも見せたくって」
メビウスは「もっと近くで見て」とズズッとハナズオウの鉢をとデュマの近くへ引きずっていく。
「綺麗でしょう? 私が育てたの」
ふふん、と自慢をするようにメビウスはデュマを見る。しかしデュマは花にあまり興味は無いらしく二杯目の紅茶を楽しんでいる。メビウスは少し拗ねたのだがデュマは気がつかない。
「そういえば、ラベンダーティーってあるだろ? だったらハナズオウティーもあるんじゃないか?」
良いことを思いついた、とでも言うようにメビウスを見るが「無理ね」と一刀両断される。
「ラベンダーは香りが楽しめるから紅茶になってるけど、ハナズオウは香りがあまり無いから紅茶には向いてないのよ。っていうか、私の育てたハナズオウ食べるつもりだったの!?」
ありえないから! とメビウスは近くにあったクッキーを投げた。そしてその直後ハッとする。
しかし、食べ物を粗末にしてしまった罪悪感に駆られて真っ青になったメビウスの心配を余所にデュマはパクッとそのクッキーを口でキャッチした。
「お、美味い。もしかしてラベンダークッキー?」
しっかりと味わってからデュマは聞いた。
「うん、昨日買ったの」
へー、と返事をしたデュマはあることに気づき首をかしげた。
「昨日って結局外出禁止になったよな? どうやって買ったんだ?」
そう、昨日は一時間ごとに警報が鳴り外出はしようにも出来なかったはずだ。外出できないならもういいや、と思い午後になった時点で昼寝を始めた記憶がある。
「空間転移だよ」
メビウスはなんでもないように答えた。
「けど空間転移って……」
確かにこの世界に空間転移は存在した。しかし、大抵の人は使うことは無い。いや、使えないのだ。
空間転移はお金がかかる。しかも並大抵の料金ではない。そのお金があれば一生遊んで暮らせるほどだ。
しかし、そのお金さえ払えばあとは安全に移動出来る。
方法はというと、対象の人や物を微粒子レベルに分解して情報として送るのだ。送られた情報は目的地に着くと元通りに構築されやがて実体を持つ。
この方法が確立されたのも偏にインファモゥルドの科学技術が発達していたおかげであろう。
だがそれだけ資金があればもはや商売などする必要は無いだろう、と不信がるデュマにメビウスは
「なんか結構儲けるから元が取れるらしいよ」
と興味がなさそうに言った。
「元が取れるって……」
どういうことだ? と続けようとしたデュマはビクッと辺りを見渡す。
ビービービービー、と警戒音のようなものが鳴り響いたからだ。
「あ、また商人さんが来たのかな?」
メビウスは少し楽しそうに言う。
「しょ、商人?」
デュマは何のことだかさっぱりわからなかった。まあ、それもそうだろう。昨日商人が来たときはすでにデュマは夢の中に居たのだから。
この警戒音のようなものは、いわゆるチャイムと同じなのだとメビウスは言う。
今から貴方の家へ行きますよ、という合図なのだそうだ。もちろん、それを断ることは可能。
音が鳴っている間に「結構です」と大きな声で言えば良いのだ。そうすれば声がデータ化され、その時点でその転移は不可能となる。
まあ、大抵の人間は庶民には関係の無い話だと思っているのでそのことを知らない者も多いだろう。もちろん、デュマはおろかメビウスも断る方法は知らない。
「お財布持って来るね」
メビウスは何かを買うらしく部屋へ財布を取りに走る。
商人と二人きりって気まずいよな……
思わず苦笑いをしたデュマだったが後ろからポン、と肩を叩かれその笑みが消えた。
「やあ、メビウスと言うものはいるかい?」
やたらと重厚感のあるその声に怯えつつもデュマは、か細い声で「財布をとりに行ってます」と答えた。
「そうか……」
その声の主はところで、と続けた。
「君の名前を聞いても良いかな?」
デュマはゆっくりと振り返り、そして目をパチパチと瞬かせた。
そこに居たのは想像していたようなダンディーなおじ様ではなく、黒いフードをかぶった小学生くらいの男の子が居たのだ。
「デュマー? 財布どこにしまったか知らない?」
メビウスが大声でデュマを呼んだ。
「ほう、デュマと言うのか」
やたらと渋い声の少年は口端を吊り上げてデュマを見据えた。
「デュマよ、英雄になる気はないか」
「え?」
財布を手に戻ってきたメビウスが見たのは、ニヤリと笑う少年とアホ面のデュマだった。