オムライス
「警報発令中、警報発令中、屋外に居る方は速やかに屋内へ入ってください」
ちょうどお昼だというのに本日何度目かわからない警報が流れた。
もういっそ今日は外出禁止と言えば良いだろう、デュマはため息をつく。昨日だって一時間ごとに警報が鳴り、結局外出する事が出来なかったのだ。
「こらこら、ため息ばっかりついてると幸せが逃げちゃうわよ」
出来立てのオムライスを両手に苦笑いをしながら白い髪の少女が言う。いや、髪だけはない。肌までまるで新雪のように白くツヤツヤとしている。白ではない部分は桃色の唇と青色の瞳だけだ。
全身が白、それは白カビに侵食された人間の特徴と言っても過言ではないだろう。もちろんアルビノという場合もある。しかしその少女、メビウスはそうではなかった。なぜなら生まれた頃はデュマと同じ茶色の髪色だったのだから。
ではなぜメビウスの髪は白いのか。それは15年前のある出来事がきっかけだ。
あの日、デュマは8歳、メビウスはまだ7歳だった。
その頃はまだ第三区域もまだ安全地帯と呼ばれる場所であった。そしてデュマとメビウスは家が隣同士で家族ぐるみでの交流がある、いわゆる幼馴染というものだった。
それが起こったのは、両家が第三区域から第二区域へ引越しをしようとしている最中だ。デュマとメビウスはまだ子供だったので先に車に乗せられ、荷物が運び終わるのを待っていた。
車に荷物を運び終わり、さあ移動しようという時。その時にデュマが「うわっ」と悲鳴を上げた。
「メ、メビウス……? どうしたんだよ、その手」
保護者達は、そのデュマの言葉にギョッとした。それは、第三区域はまだ安全地帯とされていたがもうすぐで白カビの大量発生があるかもしれない、と噂されていたからだ。
メビウスはまだ7歳。好奇心が旺盛な時期でなんでも触ったり舐めたりしてしまうかもしれない。もし白カビ大量発生の噂が本当で、増殖した白カビをメビウスが触ってしまっていたら……。
メビウスを切り捨てるか、それとも全員が犠牲になるかのどちらかしかない。
結論はすぐに出た。メビウスは白カビを触っていたのだ。もう助かりはしない。ならば切り捨てるしかない、と。そして彼らはメビウスを車から降ろした。……いや、降ろしたというよりは突き落としたといった方が正しいだろう。
残酷だ、親としてありえない。そう思う者もいるだろうが、彼らの選択は間違ってはいなかった。もちろん正解かと言われるとそうではないのだが、カビの犠牲が増えるということはすなわち犠牲になった者の分にカビの量が比例するという事。犠牲は少なければ少ないだけ良いのだ。
だが、その結論に納得できないものが一人居た。デュマだ。
デュマは両親達の制止を振り切り車から出た。
しかし、デュマは尋常ではない速さで白く染まっていくメビウスをただ見ていることしか出来なかった。変な正義感に駆り立てられて車から出たは良いが、デュマも白カビの恐ろしさを知っていたのだ。そしてメビウスはもう助からないだろう、ということも。
車に戻ろう
そう決めたデュマは車の方向を向いた。それから目を大きく見開き、信じられないとでもいうように二度瞬きをした。
車が真っ白になっていたのだ。もちろん、それは白カビによるものである。やがて車はぼろぼろと崩れていき、跡形も無く消え去った。
では、どうして車が白カビに侵されてしまったのか。それはデュマが車の扉を開けたあの時、微量の白カビが車に侵入したからだ。
もしあの時デュマがメビウスを助けようとしなければ、扉を開けていなければ、彼らは確実に助かっていただろう。彼らが白カビに侵されることは無かっただろう。
デュマが、彼が両親達を殺したも同然なのだ。
色々な感情がデュマの心を駆け巡った。
メビウスを助けないと。
メビウスが死んじゃう。
ボクも死んじゃう。
お父さん、助けて。
ごめんなさい。
ボクのせいでごめんなさい。
みんな、ごめんなさい。
死ぬのはイヤだ。
死にたくない、死にたくない、死にたくない。
そうだ、どうせ死ぬならメビウスと一緒にいよう。
デュマはあと少しで全身が真っ白になってしまうメビウスの頭を自らの太ももにのせ、目をつぶった。
そこから先を、デュマは覚えていない。覚えているのは次に目が覚めたときのことだ。
デュマは引っ越し先のはずだった第二区域の家のベッドにいた。そしてその隣には真っ白になったメビウスがすやすやと気持ち良さそうな寝息を立てながら眠っていた。
全身が真っ白になったメビウス。白カビに侵されたならば灰のように崩れるはずなのに。
崩れないってことは、これは白カビじゃなかったんだ!
デュマはそう思うことにした。もうこれ以上考えたくない。そうしてデュマは考えることをやめた。
確かに白カビに侵されていたはずのメビウスがどうして生きているのかも、自分達が何故この場所にいるのかも。
「デュマ? 食べないの? オムライス冷めちゃうよ」
「え? あ、うん……」
スプーンでオムライスをすくい口へ運ぶと、食べ慣れた大好きな味が口いっぱいに広がった。
そういえば、あの日もメビウスはオムライスを作ってくれた。まだ7歳だったメビウスが拙い手つきで作ってくれたのだ。あの日からデュマはオムライスが大好きだ。特に優しい卵の味が。
「なんだか、メビウスってオムライスみたいだよな」
「もう、何言ってるの?」
メビウスは苦笑いをした。でも本当にそう思うんだ。優しいオムライスの味がメビウスそっくりだって。
「え、メビウス、何してんの?」
フフッと笑ったデュマの目に飛び込んできたのは卵をはがしてケチャップライスだけを食べているメビウスだった。
「え? だってほら、違う食べ方も美味しいかなって」
「ああ、確かに。新しい発見もあるかもしれないよな」
オレも食べ方を変えてみようかな。
ショートケーキを食べるときにイチゴを最後に食べるように、ケチャップライスを先に食べてみよう。
「ね、どう?」
う~ん、やっぱり……。
「普通に食べたほうが美味しい気がする」
えー、そう? とメビウスは少し不服そうにまたケチャップライスだけを食べ始めた。まあ、人の感覚はそれぞれだしな。
それからしばらく、二人はケチャップライスのケチャップの分量について話し合った。
……なぜか今回のオムライスはケチャップが多すぎた気がしたんだ。