リーコン・スクール
「俺はこの後の12週間、お前たちの面倒を見るためにここにいる。俺はもしかしたら助けられるかもしれないが時にはお前たちを落第させるかもしれない。わかるか。」
新兵訓練に比べては比較的優しい言葉使いだ。
「Yes, Staff Sargent.(はい、軍曹)」
「いいか、リーコン・マリーンとなることはすなわち海兵隊で1番になることだ。これからの12週間しっかり頑張ってリーコン・マリーンの称号を手にするか、否か。それはお前たち次第だ。いいか、わかったか。」
「Yes, Staff Sargent.」
訓練1日目はプールから始まる。
INSTRUCTORと書かれた黒いTシャツを着た教官が俺たちの前に立った。最終的に集まった志願者は65人。ここから何人が脱落するのか……
「Don't panic, do what the instructors tell you to do and you're gonna be fine. Understand?(パニックになるな、インストラクターがやれと言ったことをやれば大丈夫だからな。わかったか?)」
「Yes, Staff Sargent.」
ここにいる全員が新兵訓練で水中訓練を受けて一応泳げるとはいえまだまだ泳げない奴はやはり下手だ。フォース・リーコンは泳げない奴が入る部隊じゃない。
65人全員が高さ5mの飛び込み台からプールに飛び込む。まずはじめに40分間の立ち泳ぎから始まる。開始の合図とともに叫ぶ。
「Oorah!! Oorah!! Oorah!!」
この「Oorah:ウーラー!」というのはアメリカ海兵隊が使う気合いの掛け声のようなものでこれを65人で一斉に叫ぶと一気に気合いが入る。その日のうちに15人の海兵隊員がコースを抜けた。その過半数はやはり黒人だった。新兵訓練の水中訓練を抜けたから大丈夫だとも思ったのだろうか、民族的な問題もあるから仕方ないといえば仕方なかったのかもしれない。
何はともあれ俺を含む35人の海兵隊員はその後の12週間の地獄を乗り越えようとしていた。海中からの上陸訓練、偵察訓練、射撃訓練、潜入訓練、近接戦闘訓練などの一つ一つクリアしてきたものに課せられる最後にして最大の難関。昼間は偵察任務、夜は10時間ぶっ通しで教官が扮した敵から攻撃される状態。ものすごい疲労感と戦いながら迎えた翌日の朝、日の出とともに今まで自分たちを攻撃してきた敵の陣地とした場所を強襲しこれを制圧、その際出た死傷者を担いで自陣地へ戻る。それが俺たちの最後の訓練だった。しかしそれがたまらなく辛い。しかし前の夜からガスマスク無しの状態でCSガス(軍事用催涙ガス)が投入される中攻撃を受け続けた俺たちは怒りに満ちていた。翌朝の敵拠点強襲がいよいよ決行され、ものすごい勢いで俺たちは拠点を制圧した。しかし辛いのはここからである。海兵隊員は自軍の死傷者を決して戦場に置いて行ったりはしない。そのため俺たちがその人たちを担いで基地まで連れ帰るのである。死傷者に見立てた人形を持ち帰るのだがその重さはなんと90kg。基地までの距離は5km程だがその5kmを俺たちは「デス・ハイク:死の行進」と呼ぶ。この5kmの道のりを歩く間ほとんどの時間辺りにはCSガスが撒かれる。もちろん俺たちはガスマスクなのないのでそのガスを直接吸うことになる。そのガスは軍事用催涙ガスだけに目から大量の涙を出すに留まらず喉、鼻といった呼吸器官にも焼けるような痛みをもたらす。ガスを吸うと咳をしてしまう、するとより沢山のガスを吸ってしまってまた咳をするという悪循環に陥り、最終的に呼吸ができなくなり倒れこむ。しかしそれでも進み続けなければ訓練最終日に落第することになる。それだけは絶対に嫌だった。
数時間に及ぶCSガス地獄を抜けた頃には全員が大量の鼻水や痰を口や鼻から垂らし、顔面に施した迷彩は倒れ込んだ際に土がついてただ黒い塗装のようになり、目だけはギョロギョロしてなおかつまっすぐ歩くことができずフラフラとしか歩けない。まさにゾンビのような有様になる。…それがデス・ハイクの名前の由来だ。しかしそれを抜けたものには徽章とともにリーコン・マリーンの称号を授かる。一歩一歩が足に凄まじい痛みをもたらす。何が何でもリーコン・マリーンになってやる!その一心で俺は歩き続けた。そしてついに俺たちは最後の丘にたどり着いた。ここを越えればもう基地である。ここを越えればリーコン・マリーンだ。思わず笑みがこぼれる。互いに励ましあいながらたどり着いた丘の頂上はどこの山の頂上よりも気持ちよかった。ここで俺たちはやっと死傷者運びの呪縛から解かれ後は自分の荷物を持って丘を下りるだけとなった。
「よし、行くぞ!お前ら!」
教官のその一言で俺たちは隊列を組み直して歩き出した。丘の下では教官たちが道を作って待っていてくれた。
「Oorah! Well done!!:ウーラー!よくやった!」
この言葉とともに拍手で迎えられた瞬間俺たちはもうただの海兵隊員ではなくなった。俺たちは偵察隊員となったのだ。
やった…やっときた…
俺はそう思って見上げた空はどこまでも蒼く澄み切っていた。