同僚の死
2031年8月1日、北朝鮮が中国側で参戦、38度線を越え韓国に侵攻開始。
2031年8月11日、インドが第三勢力としてパキスタンに宣戦布告。
2031年8月15日 青森県 三沢基地
悔しかった。
俺たちは全力をもって敵の進行を食い止めたのに…1人、また1人と目の前で仲間が死んで行った。毎日心をえぐられて行くようだった。
中国はその圧倒的な兵力を朝鮮半島にも向けた。はじめは押されるどころか北朝鮮軍を押し返していた韓国軍は中国の参戦により押し戻され、ソウルは陥落寸前だった。
ここ三沢基地はもともとアメリカ軍、航空自衛隊、そして民間航空の軍民共用空港だったがロシア軍が目の前まで迫った今はアメリカ軍、カナダ軍、航空自衛隊が駐留する一大基地となっていた。
航空隊の他にもアメリカからはNavy SEALsチーム10と我々フォース・リーコンが駐屯していた。精鋭中の精鋭、最強の部隊だった。
基本的に我々、もしくはシールズが偵察活動をし、海兵隊やシールズが行動を起こすという感じだった。そして今日、俺たちはそのリーコン任務に就くことになった。
任務は函館に上陸、続くシールズ隊員に情報を送り、俺が敵の司令官を殺害。敵が混乱に陥ったことに乗じてシールズが捕虜を解放するというものだった。
2031年8月15日 午後10時
秒針が12時に来たことを確認して俺は腕時計から目を離した。
FASTヘルメットをコンコンと叩いて気合を入れ直した。
俺たちを乗せたゴムボートは一気に浜辺に打ち上がる。俺たちはそれを引っ張って藪の中まで運び隠す。
深呼吸をしてSSRを構えた。
BCS越しに映る緑色の世界を進み続けるとロシア軍のキャンプが見える。
少し高台のスナイパーポジションに就いてバイポッド(折りたたみ式の脚)を展開した。
SSRを静かに構えるとまた深呼吸をした。
敵の拠点を見下ろす形になっている俺は敵基地の状況が丸見えなので味方に情報を教える役目も備えていた。
野営地は俺からみたら向こう側の北側が川に面している。つまりシールズ隊員はそこから密かに侵入できるということである。
俺の最初のタスクは川を警戒している警戒兵を倒すこと。
失敗は許されない。
照準器の中に映るその哀れなロシア兵は川に背を向けてタバコを悠々とふかしていた。もうすぐ死が訪れようとは思ってもいなかったはずだ。
ゆっくりと、静かにそのロシア兵の後ろの川から手が上がってくる。
これが合図だった。
俺の放った7.62mm弾はロシア兵の頭に大きな穴を開けた。反動で少し仰け反ったそいつはそのまま後ろの川に倒れていった。
それをシールズの手が受け止める。
一緒にいたリーコン隊員(敵の偵察兼護衛として)にスポットした敵の位置情報をシールズのBCSに送らせた。
シールズ4人が上陸を開始する。テントや物陰に隠れながら慎重に司令部と思われる建物に向かって行く。
シールズの方向に向かう1人のロシア兵を確認した。このままでは危ない。マイクのスイッチを入れて先頭を行くシールズに知らせた。
「スネーク5よりズールー7…敵が1人がそちらに向かっている」
ズールー7はマイクをカチカチと鳴らして了解の合図を送ってきた。
シールズはテントの角で待ち伏せし、ナイフを使って静寂のうちに敵を殺害する。
最後のテントの横を通り無事にシールズ隊員4人全員が司令部テントの横に移動できた。次は俺の番、俺が敵の司令部を殺害する時だ。
「畜生…」
敵の司令官が直接見えなかった。テントの幕の向こうにいるのは影でわかる。しかしどうもやりにくい。こういう場合俺はBCSの力を借りないことにしてる。よくわからない違和感を感じる。
BCSを上にあげ、目と感覚で指図する仕草を見せる陰の方に照準を合わせた。例のごとく頭のちょい上である。
ここだっ!
その瞬間に引き金を引く。弾丸はテントを貫き、見事敵の頭に命中した。血がテントに付く。テントの中から怒号が聞こえる。
副官が何人か出てきた。シールズはそれを見計らって司令官の中に入った。
しばらく間があった。どうしたのだろう。
「…ズールー7よりスネーク5…目標2人は死んでいる…繰り返す…目標は死亡……遅すぎた」
クソ……
「ズールー7よりコマンドポスト、目標を失った《タンゴをロスト》ミッションは失敗だ」
「コマンドポストよりズールー7、了解、遺物を回収して撤収せよ」
「コピー」
結局その日、俺たちは尋問されたのちに射殺された陸上自衛隊第1空挺団所属の中村2等陸尉の遺体、持ち出せるだけの資料を持ち出してその場を去った。
後になってから俺はその中村2等陸尉が同じ高校に通っていた同級生であったことを知らされた。
中村は学生時代からかなり情熱的でリーダーシップ溢れるやつだった。人々を笑顔にさせる仕事がしたいね、彼がそういうのを一度聞いたことがある気がした……
ヘリが基地に着くと大変な騒ぎになっていた。なんだ、何事だ、と機内にも緊張が走る。
けれどなにかが違った。空気が張り詰めた、そんなような空気ではなかった。
なんだろう…?
そんな疑問はあっという間に消し飛んだ。
アジア人、白人、黒人、関係なくみんながみんな同じ目的地に向かって走っていた。
彼らの目の先には…
カナダ人の美人戦闘機パイロットだった。
ああ…
なるほど…
ヘッドギアのベールから解放された彼女のショートの髪の毛はサラサラ…そのものだった…
その笑顔、何気なく髪の毛を耳にかけるその仕草……完璧だった。
隣のマーカスが唾を飲むのが聞こえた。見上げると完全に魂を奪われている。
参ったなァ…
思わず呟いてしまった。
「おい、マーカス!行くぞ!報告だ!」
まぁ、素直についてきてはくれないだろうが…
「いいじゃないですかァ、ちょっとくらい遅れたって…行ってきても?」
…ほぉらみろ
「だぁめだ!ほら!行くぞ!彼女は1時間後に死ぬってわけじゃないだろう?」
「……あ…う…はい…」
全く、参ったもんだなこりゃ…
…なぁ中村?
中村のドッグタグを握ってそう思いながら落ち込み顔のマーカスを連れて司令部へとすたすたと歩いて行った……