表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

死神の苦悩

戦局は悪くなる一方だった。フィリピンではアメリカを欠いた国連軍が中国軍相手に大敗し、フィリピンやベトナム、ラオス、タイのほとんど、カンボジアを占領しミャンマーを降伏させた。戦火はヨーロッパにも広がり、ロシア軍は手始めにベラルーシ軍と連携してエストニアに戦線を布告しこれを占領、続いてウクライナの東部、EUにも戦線布告し、ラトビア州東部を占領した。

2031年7月28日 日本、北海道 函館空港(FOB)

この日俺がマイケル、ジェリー、ベンと朝食を食べに空港の端に設置されているベニヤ板でできた兵舎から食堂となっている第1格納庫に向かったところサンチェスがこちらを見てニコニコしている。よく見ると彼だけではなく格納庫にいて朝食をとっていたアメリカ兵全員がこちらを見ている。

「リーパー(死神)のお出ましだ!」

実はこの前の日、俺の1日での公式キル数は12だった。実はそれは一人の狙撃手が1日で仕留める敵の数としては文字通り桁違いだったのだ。

「大尉、昨日帰ってから俺たち(俺を除いたスネーク小隊)だけで考えたんですが、大尉のこと今日からジャックって呼んでいいですか?」

サンチェスが相変わらずニコニコしながら話しかけてきた。

「いいけど、どうしてだ?」

MRE(Meal Ready to Eat:戦闘食)を開封しながら返した。一口目を頬張る。

「ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)に似てるじゃないですか!……ほら、リッパーとリーパーで……」

切り裂きジャック、言わずと知れたイギリスの連続殺人犯である。

一口目を飲み込んで言った。

「いいよ」

「よしっ!皆んな聞いたか?ジャック・ザ・リーパーの降臨だ!!!」

サンチェスが大格納庫中の人たちに嬉しそうに叫んだ。そして起きる拍手喝采。

「おいおい、やめろよ…」

さすがに恥ずかしくなった。

「大尉、この勢いで今日の作戦もやっていきましょう!!」

そう、今日は作戦実行の日だった。目的はここ函館の北側の市街である大中山地区を制圧すること。実はこの作戦、何度も試みているのだが毎回失敗に終わってしまう。敗因は装備の違いだった。ロシア軍の侵攻があまりに早かったために大体の日米両軍は装備を残したまま退却してしまった。燃料や兵器、施設などだ。ロシア軍はそれらを使って怒涛のごとく攻めてくる。しかし何とかしてその進撃を止めようと撤退してきたほとんどの日米両軍の部隊が函館に集結し、ロシア軍の進撃を止め、反撃せんとしていた。

俺の任務は住宅の中に潜伏しそこから海兵隊と自衛隊の作戦遂行を援護すること。

午前7時、俺はL-ATV(我々はビーストと呼ぶ)に乗り込んだ。今日の任務も海兵隊の援護。武器はセミオートスナイパーライフルであるSSR。俺が助席に座り、

クーパーが運転席、ルイスが後席に座り、サンチェスが銃座についた。Mk.47グレネードランチャーのついたこの銃座は強固な防弾ガラスに四方を守られていた。先頭車に続いて発進する。車列は五稜郭の前を通過し国道5号線を伝って大中山地区に入り、作戦を開始する。ある一軒家の隣に車を止めて車から降りると、その家を狙撃ポイントとするため内部の安全を確保する。俺はSSRを室内戦闘でも使いにくくならないようにスコープの右側にアイアンサイトを取り付けていた。そのため俺は銃を斜めに構えながら一部屋一部屋クリアリングしていった。幸いこの家に敵勢力はいなかった。

俺は出窓のガラスを銃口で突いて割り、バイポッドを広げて椅子に座った。この家の出窓からはここの通りが一望できる。BCSを跳ね上げてヘルメットを取り外してベルトに付いた狙撃用のHMDを装着する。全ての準備が整ってストックに頬を乗せ、グリップを右手で握り左手でバイポッドを押さえる。下に床がある場合は左手を握ってそれをストックの下に持って行き、固定し、グリップは右手だけで握るが今回はその床がない。

ここは海兵隊の進軍予定地であり、ロシア軍が町の東西を行き来するのに渡らなくてはならない通りであってあった。俺の後ろを守ってくれるクーパーは持参したチューインガムを噛みながら拳銃を分解したり組み立てたりして暇を持て余していた。

しばらくして俺が手前から5個目の曲がり角の周辺を警戒しているとチラッと塀の影からAK-12の銃口が見えた気がした。急いで見直してみると銃は見えない。気のせいかなと思ったが一応セレクターをカチリと90度回転させセーフティを解除してしばらくそこを見ていたが何も見えない。やっぱり気のせいかなと思ってセーフティをかけて他の場所を見ようとしたその瞬間、ひょこりと家の影からロシア兵が顔をのぞかせた。慌ててパチンとセーフティを解除し直して構え直した瞬間3人のロシア兵がいっぺんに通りを渡り始めた。俺は素早く狙いを定めて走っている先頭の兵士を撃った。サイレンサー付きの銃口から放たれた弾は見事に喉を貫通し1人目が倒れ込んだ。2人目以降が喉を撃たれ瀕死状態の仲間を引きずって助けようとした。…その行動が命取りだった。

俺の2発目は仲間を引きずっている敵兵の1人の膝を打ち砕いた。次の3発目は驚いてこちら側を見ていたもう1人のロシア兵の額に命中。反動で少し仰け反ってそのまま力なく崩れた。これで生きているのは膝を撃たれたロシア兵1人となった。俺が狙ったのは新手の兵士だったがもう来ないようだ。しかも彼は通信機に手を伸ばしている。俺は迷わず彼の額を狙って撃った。綺麗に命中して彼は動かなくなった。大量の血を流して動かない彼を見てしばらく俺は嫌な気分になっていた。彼は兵士というより少年という言葉がまだ似合う歳だったのだ。せいぜい18、19歳だろう。高校を卒業後そのまま軍に入ったのだ。息子の死を知って親はどう思うのだろう。

その日俺は帰っても飯が喉を通らなかった。どうしても志半ばで恐怖を顔に浮かべながら大量の血を流して死んでいる彼を思い出すと食欲が湧かなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ