ドッグタグ
2031年6月20日 日本、北海道 音威子府村上空
俺たちを乗せた機体は遂に目的地の上空に到達した。水平になっていた翼端のエンジンが少しずつ縦になっていく。話に聞くとこの村の住民はあまりに早いロシア軍の侵攻のためにまだ避難が完了していないという。こんな最前線に民間人がいたら悪いが足手まといだ。すぐに退いてもらう必要がある。と言ってもはい、どっか行ってください。とはとても言えないので一旦この機体で北海道の函館まで運んでいくという。そこからは本土行きの船があるらしい。
村の中央にある山村広場をLZ(Landing Zone:着陸地点)としてそこに着陸した俺たちはBCSが装着されたFASTヘルメットを抱えて機体から降りて行った。するとそこにはすでに持てるだけの荷物を持った住民たちが待っていた。どれも不安そうな目でこちらを見て来る。気まずいなと思いながらその間を通ろうとすると少佐が俺を呼んだ。
「おい、大尉!この住民たちを勇気付けくれ!俺たちはこの戦争に必ず勝つとな!」
「Aye sir.(了解)」
俺はそう言って機体のランプの前に戻って大きな声で話し始めた。
「大丈夫ですよ皆さん!我々世界最強のアメリカ軍が来たからには絶対にこの戦争、勝ちます!絶対にここに戻ってこれます!」
みんながみんな目を丸くして俺を見ていた。それもそのはずだ。胸部の中央に星条旗をつけ、さらにはその下に堂々と「U.S MARINE」と書かれたコンバットベストを着た明らかにアメリカ兵の人がいきなり日本語を話し始めたらそりゃ誰だってビビる。
すると1人のお婆さんが俺に寄ってきて顔をまじまじと覗き込んできた。
「どうされましたか、やっぱり不安ですか?」
違うとは思ったが一応そう聞いた。するとその老婆は首を横に振って不思議そうな顔をしながら聞いてきた。
「あんたァ、アメリカ人にしちゃ日本語上手いねェ。なしてェ?」
久しぶりにこんなのんびりした日本語聞いたな。そう思いながら答える。
「自分、日系の移民なんですよ」
「あぁ、そうかぃ、どこ出身さ?」
「神奈川です」
「あぁ、内地かァ」
「そうなんですよ。…さ、どうぞ飛行機に乗ってください」
「ありがとぅ」
そう言って乗って行った機体はすでに給油を終えてエンジンを回し始めていた。機体の中から半分開いたランプ越しに笑顔で手を振る人たちに笑顔での敬礼で返してから走って仲間に追いついた。
「オー、ウェルカム!ウェルカム!」
自衛隊の士官だった。年齢は30代後半で名前は笹井。階級は3佐。我々でいうところの少佐だった。
「すみません、通訳をお願いしていいですか?通訳の者が先日戦死してしまって…」
衝撃的だった。まさか自衛官の口から戦死の二文字が出て来るとは…
何はともあれ向こうは俺が日系だということを知っていたらしいので承諾した。
「いいですよ」
「ではすみません、お願いします。まず…あなたたちが米海兵隊の人たちですよね?」
「あ、ハイ」
と俺。
「でこちらがシールズの皆さん…」
と笹井さん。
「そうですね」
と俺。
「まず、来てくれたことにとても感謝してます。こちらは通訳が戦死してしまうくらい戦局が悪いので…」
その後も基地の配置、兵舎、車両は少しの間自衛隊のものを使うなどの話を聞いた。
やれやれと兵舎に戻るとまずドアを自動化することから始まった。自動化といってもただ開けてから閉めるのが武器を持って来た状態だとやりにくいので紐と滑車と水の入った2L入りのペットボトルを使って開けたら自動で閉まるようにするだけだが。自衛隊員にはこの光景が珍しいようでかなり感心したような顔をしながらこちらを見ていた。
到着して間もない俺らだが、基地のQRF部隊として待機していたところ早速任務が与えられた。今朝反攻のため出撃していった一個中隊だが、そのうちの第3、4普通科小隊16名が敵の攻撃を受け危機的状況だという。そのための援軍が俺たちということらしかった。
すぐに壁に掛けてある3つの銃からSCAR-Hを手にとり、コンバットベストを着用する。防弾プレートを内蔵し、20発入りのマガジンを12本、フラググレネードを4つ、背中にコンピュータなどなど戦闘に必要な物が諸々取り付けられるこのベストは兵士の体の一部と言っていい。
兵舎を飛び出た俺たちは音威子府道の駅に駐車してあった自衛隊の輸送防護車に飛び乗った。向こうは車両がすでに破壊されているので俺たちが乗せていかなければならない。乗員は一台10名なのでこの救出作戦に加わるアメリカ軍の分も合わせると4台必要になる。もう少しでアメリカ海兵隊のLATVが到着するがそれまで待てない。一刻を争う作戦だ。
すぐさま運転席に座るクーパー2等軍曹がエンジンをかけ、アクセルを踏んで車を急発進させた。ルイス少尉がハッチを開けて機銃座に就いてサンチェス1等軍曹が助席に座りクーパーを援護していた。俺は兵士コンテナ内に座って救出部隊となった。もうすぐで着くというところで突然アメリカ軍の周波数に日本語が飛び込んで来た。FOB(Forward Operating Base:前線基地)の笹井さんからだ。
「小山さん!我が部隊は壊滅状態です!…負傷者が10名…戦死者が2名です!」
ひどく緊迫した声だった。
「……クソッタレ」
思わず呟いてしまった。
「なんて言ってたんだァ?」
サンチェスが叫んで来たので俺は通信機のマイクをオンにして話し始めた。
「Japanese is taking heavy fire...2 KIA, 10 casualties.(日本人が激しい攻撃を受けてる…2人がKIA、10人が負傷)」
戦死者を表すこのKIA(Killed In Action )は俺の人生でも最も聞きたくない言葉ナンバーワンだ。しかもそれが今回は2人もいる。
なにはともあれ現場に到着した俺たちは車を急停車させた。ルイスが機関銃を撃ち、俺が後部ドアから飛び出した。
……最悪だった。4台の軽装甲機動車は破壊され、道路を挟んで両側で打ち合っている。遮蔽物はせいぜい生い茂る木くらいなものだ。
俺は素早く小銃を構えて自衛隊側に移動しながら5発撃った。後続の車両も続々と到着して一斉にロシア軍を攻撃し始めた。急いで遮蔽物の木の後ろに滑り込んだ俺は周りにいる自衛隊員に早く車へ行けと怒鳴って小銃を構え、再びロシア兵を撃った。まだ全ての自衛隊員の救出には成功していない。負傷者が大量にいるのでその救出に手間取っているのだ。それを援護するにも兵士が必要だ。そこには数人の自衛隊員と数人のSEALs隊員が割り振られていた。正確な数を見ている暇はない。撃っては隠れ、撃っては隠れを繰り返すとたちまちマガジンは空になる。マガジンリリースボタンを押しながら銃を外側に強く捻るとマガジンは自重と遠心力で外れる。右手でそれをやりながら左手でポーチから新しいマガジンを取り出してそれを差し込んでチャージングボタンを叩いてチャキンという音と共に初弾がチャンバーに送られれば装填は完了だ。熟練のものならこれに1秒半ほどしかかからない。ただしこのリロード方法、よっぽど緊急の時にしか使わない。マガジンが無駄になるからだ。マガジンは弾を装填すればまた使える。しかし捨ててしまえばそれまでだ。今回がその緊急に当たった。直ちに火力を必要とするとき、空のマガジンをポーチに戻す暇も惜しい時だった。
再び銃を構えて牽制射撃する。ブースター付きのホロサイト越しに木の陰に隠れるロシア兵が見えた。素早くホログラフィックによって映し出された赤い円の中心にある点をロシア兵の額に合わせる。この距離だ。弾道落下は無いに等しい。
引き金を引くとロシア兵が少し動いたため弾は右目に命中してそのまま脳を貫通した。目から脳の破片が飛び散ったことを確認して俺はまた木の陰に隠れた。すると1人の自衛官が俺に走って来て叫んだ。
「アイム、ラストッ!!」
よし、と頷いて指を3本立てた。3秒後に行くぞという意味である。
3…2…1…
1秒ごとに指を一本ずつ折っていく。
今だっ!
2人同時に立って撃ちながら走り出す。ルイスが早く早くと手招きをしている。ビューンという嫌な音がする。運良く無傷で輸送防護車の車内に滑り込んだ俺たちは急いでドアを閉めた。同時に全車両が一斉に発進し、俺たちはその場を後にした。結果的に負傷者は11人、KIAは2人となった。
車内を見渡すと銀色のキーホルダーのようなものを握って泣いている自衛官がいた。銀色のキーホルダー、その正体はドッグタグ。軍人なら誰でも首から下げているもので、鉄製の個人証明書のようなもので、名前や年齢、性別、血液型、所属部隊などが書いてある。もしそのドッグタグの持ち主が戦死して死体が回収不可能な場合や持ち帰っても損傷が激しく確認ができない場合このドッグタグによって人を認識する。
それが俺の中で日本が三度世界大戦に巻き込まれたことを最も示す場面だった。
この日戦死したのは浅川1等陸士、そして武井2等陸士。この2人の名前は今でも俺の心の中に不思議な暗い渦を残している。