鹿角フェフ、バレンタインに自作品のキャラにチョコをたかる
鹿角フェフさんは小説投稿サイト『小説家になろう』に投稿するライトノベル作家です。
彼を待ってくれている読者さんの為に、今日も一生懸命小説を書いています。
そんな彼が書いた作品のキャラクターたち。
彼らは普段どんな事をしているのでしょうか?
ちょうど本日は鹿角フェフさんが書いた作品『勇者ですがハーレムがアホの子ばかりで辛いです』の完結祝いのパーティーが開かれているところです。
普段は見ることの出来ないキャラクター達の生活。それをちょっとだけ覗いてみましょう。
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フローレシア王国王城。
王城内に用意されたパーティー会場では、この日かつて無いほど豪華で盛大な祝いが催されていた。
「うーっす、お疲れ様、カタリ。いやぁ、完結して良かったなぁ」
「ああ、ヴェルダートさん。今日はわざわざありがとうございます。なんか無理言って準備してもらっちゃって」
片手に飲み物の入ったグラスを持ちながら挨拶をする少しだらしない風貌の男はヴェルダート。
『これが異世界のお約束です!』と呼ばれる作品の主人公である。
対して彼に丁寧な挨拶を交わす男は本堂カタリ。
通称『アホの子ハーレム』と呼ばれる作品の主人公だ。
世界は愚か作品すら別にする二人がここにいるのは、本日のパーティーの主題が『アホの子ハーレム』の完結記念のためだ。
別作品のキャラが同じ世界で会すことは本来なら不可能ではあるが、すでに完結した世界軸なのでこのような強引な展開も許されている。いわゆる巻末時空や特殊時空と言った特別な空間だ。
それらをプロデュースして、他の連載作や短編作等のキャラクターまでも連れてきたのは、すべてヴェルダートの労力あっての賜物だ。
作品の発表時期として先輩にあたるヴェルダートは、後輩であるカタリの為にかねてよりこの企画を練り上げていた。
想像だにしない労力が必要であろうこのパーティーを成功させたのは彼の苦心があったからに他ならない。
ひょうひょうとした態度で何事でもないように挨拶をするヴェルダートだが、カタリは何よりも彼の事を尊敬していた。
「いやぁ、気にするなよ。同じあれが作った世界の仲間じゃないか。そういうのは水臭いぜ!」
「やぁ、ホント感謝してます」
二人は作家『鹿角フェフ』が作った物語のキャラクターだ。
『お約束』が最初の作品の為、先輩後輩の様な関係に自然となってはいるが、関係はとても良好で、機会があってはこの様に交友を深めている。
他の作品のキャラクター達も同様だ。
めったに無い機会に遠く作品を別にする友人達との交流を楽しみ、会話に華を咲かせている。
その様子を眺めながらヴェルダートは骨を折ってよかったとおおよそキャラクターらしからぬ感想を抱いていた。
「ヴェルダートさん、こんにちは、です」
物思いに耽るヴェルダートに小さく華蓮な声が挨拶を送る。
覚えのある声にハッとしたヴェルダートは視線の先にいる少女が自分の予想通りであったことに感激すると、仏頂面がデフォとなっている顔を笑みで崩す。
「おおっ! 宰相ちゃんか。久しぶり! やっぱりいつ見ても圧倒的なロリ力で凄いよな。ちょっと待っててくれな。今マオを呼ぶから」
「ありがとう、です」
ゆったりとしたローブに身を包み、小さな耳と体躯が特徴のその少女は11歳の天才エルフ宰相ちゃんだ。
『アホの子ハーレム』に出てくるキャラクターであり、カタリのヒロインでもある。
見るからにあざといキャラ造形にヴェルダートは感心しながら、彼女の目的であろう相手を探す。
「宰相ちゃん、そろそろ準備は終わったみたいかな?」
「はいです勇者さま。えっと……」
「確認OKですよ! 皆さん全員いらっしゃったようですね! そしてお久しぶりですカタリさん!」
シュポンと謎の空気を伴いながらその場に転移してきたのは『お約束』のヒロイン、マオだ。
魔王でロリ、しかもパンツはいてないという明らかに狙った設定の彼女が宰相ちゃんが探していた人物でもある。ちなみに11歳。
「やぁ、マオちゃん。こんにちは。宰相ちゃんといっしょに幹事役ありがとうね。本来なら俺たちがやらないといけないのにさ」
「主役はどっしり構えているのがお約束ですよ! 安心してくださいカタリさん!」
「はい、今日は宰相ちゃんとマオちゃんが頑張る、です」
「ぶいっ!!」
歳も同じで大の仲良しである二人は物語の中でもトップクラスの頭脳とコミュ力を有している為、今回の幹事進行役を買って出てくれていた。
11歳に任せるってどうなのか? と疑問が湧きそうだが、実際彼女二人以上に適任がいないので仕方がない。本人たちも喜んで役をしてくれているのが幸いだ。
「じゃあそろそろ開会の挨拶かな?」
ざっと辺りを見回しカタリが確認する。
会場には沢山のキャラクターが集まっている。古くから知り合いの短編作キャラクターや他の連載作のキャラクターも居る。
今日はきっと忘れられない日になるだろう。
カタリはまだ始まったばかりのパーティーに、まるで小さな子どものように期待を膨らませた。
――その時だ。
閉められたはずの会場の扉がバンッと勢い良く開けられた。
視線が一箇所に集まる。
それは一人の男だった。
小太りで、ところどころ薄汚れたスウェットは腹の部分がぴっちぴち。
髪はボサボサで、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべた顔は脂ぎっている。
まるで寝起きの様に曇った眼の男は、集まる視線を物ともせずにやや甲高い声で「ウヒヒッ」と笑った。
「やぁやぁ、ボクちんを忘れるなんて酷いじゃあないかぁ」
(((ヤバイ、作者だ!)))
作者が来た。鹿角フェフが来てしまった。
会場に緊張が走る。
全員がサッと、だが気づかれぬように鹿角フェフから視線を外す。
ヴェルダートがおおよそ彼には似合わぬ身のこなしでスススッとカタリの横に移動した。
決して悟られぬようにゆっくりカタリに顔を寄せ、蚊が飛ぶ音ほどの声で耳打ちする。
「おい、カタリ! なんでアイツ呼んだんだよ!? くっそ面倒だぞ!」
「知らないですよ! 呼ぶわけ無いでしょう! ちょ、ちょっと宰相ちゃん?」
突然の事態にフリーズしていた宰相ちゃんはハッと正気を取り戻しマオのところへタタタっと駆けていく。
二人は難しそうな顔を浮かべながら小言で相談し何度か首を傾げたり横に振ったりしていたが、やがて眉尻を限界まで落とし悲壮に満ち溢れる表情で戻ってきた。
「たぶん、何処からか聞きつけて来たんだと思う、です」
「マオが幻視の結界を張ったはずなんですけど、甘かったみたいですね」
「最悪じゃねぇか……」
ヴェルダートの嘆きはこの場に居る全員の想いを代弁したものだった。
何故鹿角フェフがここにいるのか?
これからどうなってしまうのか?
答えは神すらも知らない。
「ん~? ボクちんのテーブルは何処かなぁ~?」
「あっ、はい、こ、こちら、です……」
そんなものは用意されていないので慌てて宰相ちゃんが手近なテーブルを差し出す。
幸いなことに立食パーティーなのでテーブルが一つまるまる使えなくなってもなんとでもなる。
そう頭の中で計算していた宰相ちゃん。
「うふふ、悪いね宰相ちん……ぐへへへぇ」
「……ひっ!」
だが鹿角フェフの気持ち悪さに思わず小さな悲鳴を上げて涙を浮かべる。
その様子を見たカタリが慌てて間に入った。
震える宰相ちゃんを後ろに隠しながら果敢にも鹿角フェフに立ち向かう。
勇気ある行動だ。誰しもが勇者カタリの無事を祈った。
「や、やぁ作者さん! お久しぶりです。この度は本当にお世話になりました。無事完結できて本当に嬉しいです!」
「いやぁ、おめでとうね。完結出来てよかったね。ボクちんも嬉しいよ」
鹿角フェフはご機嫌だ。言葉に嘘は無いのだろう。
だがこの男は宇宙で一番面倒くさくて、頭が無量大数的にオカシイことでキャラクター達の評価は一致している。
迂闊な言葉を選ぶことは出来ない。
カタリはゴクリと息を呑み、反応を伺いつつ口を開く。
「本日はどのようなご用件で来てくださったんですか? あっ、いやもちろんわざわざ来ていただいたのは本当に嬉しいです!」
「ボクちん、チョコレートを貰えると思ってね」
何言ってるんだコイツ?
奇しくも全員が同じ感想を抱いた。
確かに本日は2月14日。暦の上ではバレンタインデーだ。
しかしながら本日の目的は完結記念のパーティーである。空気が読めないにも程があった。
「げ、現実で貰ったらどうっすかねぇ……はは、なんちて」
「現実で貰えねぇからここに来てるんだろうが!!!」
空気が読めないにも――程があった。
邂逅わずか数分にして、この場にいる全員のストレスはもはや限界に達しようとしている。
「なんでボクちんがチョコ貰ってねぇのにお前らのイチャイチャバレンタイン特別短編とか書かなきゃならねぇんだよ! 貰った経験ないのにどうやって素敵なバレンタイン演出しろっていうんだよ! ええ!? 答えてくれよ! わりと切実に!!」
「でも評判は良かったし、宰相ちゃんも素敵なバレンタイン短編だったと思う、です」
「そこはありがとね!!!」
カタリの後ろからひょっこりと顔を出して主張する宰相ちゃんにピースをする鹿角フェフ。
怒りながらお礼を言う彼のキ◯ガイっぷりに辟易としていると、助け舟と言わんばかりにカタリの横にヴェルダートが立つ。
鹿角フェフの作品群において最も影響力のある主人公の参戦にカタリも期待を込めた視線を送る。
「あのぉ、作者さま? 作者さま位イケメンだったらおモテになるだろうし、ほら、その、バレンタインにチョコくれるような女性を探したらどうっすかね? パソコンあるんでしょ? 彼女さんなんてネットを使えばイチコロっすよ! このヴェルダートめはそう思うんスけど……」
「アホか! 全部失敗したわ!!」
(((やった事あるんだ……)))
ヴェルダートによるお世辞100%の対応は何の役にも立たなかった。
それどころかむしろ鹿角フェフを怒らせる結果となっている。
「そもそもボクちんは三次元の女に興味はねぇんだよ! なんの為に毎日一生懸命作品書いてると思ってるんだよ!? いつかボクちんにチョコくれるキャラを生み出す為でしょうが!!」
(コイツほんと、きっついなぁ……)
ヴェルダートは呆れ果てながら鹿角フェフを見つめた。
本来なら適当にあしらってどこかに逃げるのだが、今回ばかりは話が違う。
せっかくのパーティーを不意にしてはあまりにもカタリたちが可哀想なのだ。
「チョコほじい、チョコほじぃんだよう……。本命ぢょごが、ほじぃんだよぅ」
鹿角フェフは床に転がり、泣きながらジタバタし始めた。
躁鬱が激しい男だ。終始この調子なのだからキャラクター達のストレスは天井知らずに上がっていく。
「作者さん。少々よろしいでしょうか?」
「なんだいマオちん。パンツ履いてない設定にしたことなら謝らないよ?」
「そのことに関しては自分の中で折り合いをつけましたので大丈夫です」
「ぢゃあ何なの?」
マオだ。今度は彼女が参戦した。
作品中随一のドS力を持つこの少女は、這いずりながら必死にローブの中を覗こうとする鹿角フェフから一定の距離を取りつつ彼の説得を試みる。
「根本的なお話ですが、ヒロインの皆さんはそれぞれの主人公さんが大好きなので、いくらバレンタインだと言っても作者さんにチョコを上げることはありえませんよ?」
「ボクちんのヒロインに男がいるだって!? 誰や! そんなふざけた設定にしたのは!!」
(((お前だよ……)))
突っ込み属性を持つキャラ全員が同じセリフを胸中で吐き出した。
もちろん口には出さない。そんなことをした日には24時間粘着を受けた上に子供じみた嫌がらせをされることが確実だからだ。
「くそぅ! なんでだよ! おかしいでしょ!? チョコくれよ! くれないと全員の鬱展開で絶望エンド書いてやるぞ! 唐突に現れた邪神になんかあれでそれになって皆不幸になるエンド書いてやるぞ!」
「感想欄荒れますよ? それに自虐ネタは程々にしないとクドいです」
「知るかい! 知るかい!」
自分を燃料として笑いを取ることに快感を覚えてしまった鹿角フェフにとって、マオの言葉は耳に痛いものだった。
だがここで止まるようならそもそもこの男はくだらない短編を量産していない。
マオは彼女にしては珍しく大きなため息を吐いた。
「仕方ありませんね。ここまでワガママではマオも実力行使に出ざるを得ません。あまり使いたくなかったのですが、最終手段を取らせてもらいます」
「へっ! キャラは作者に勝てないんだよ! さっさとチョコよこせ! いえ、ください!」
「何でも笑いにすればいいってものじゃありませんよ作者さん。ネタの為に自分を切り売りばっかりしてると後悔する結果になるんです。――――になったんでしょ? マオそのネタ使いますね。身から出た錆です」
「え? マジで!? ちょ、まって! 待ってくださいマオちん! それはダメ、そのネタはダメだよ!!」
マオの言葉にどれだけの意味が込められていたのだろうか?
鹿角フェフはサッと顔を青ざめさせ、慌てて土下座の姿勢を取る。
だがすでに時は遅い。賽を振られてしまったのだ。
マオは大きく大きく息を吸い込んだ。そして世界すべてに届く位に大声で、
「そんなんだからこの前ガチで家族会議になってご両親から将来について説教食らうんですよ!!!」
「そのネタ洒落にならへんから使うのやめとこうって言ったやぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
鹿角フェフは泣いた。
それはそれは、大声で泣いた。
キャラ達も泣いた。自分がこの男に生み出された事実を思い出し、泣いた。
「もう嫌や! もうこんな優しくない世界嫌や! お家帰るぅぅぅぅ!!」
脱兎のごとく会場から出ていこうとする鹿角フェフ。
二度と来ないよう万全を期すため、マオはその背中に追撃を放つ。
「今月のお家代、ちゃんとご両親に払いましたか!?」
「いやあああああああああ!!!!!!」
バタンと扉が閉まり、断末魔の叫びがどんどん小さくなっていく。
どうやら本当に帰っていった様だ。
その場にいた全員にどっと疲れが押し寄せる。
あれほど華やかだった会場が、今ではくすんで灰色に見えた。
誰も何も口に出さない。
何かを喋る労力さえ今の彼らには惜しかった。
無言の時間だけが過ぎ、ようやくポツリと声があがる。
「なぁカタリ。あれ、俺たちの作者なんだぜ?」
「やめてくださいヴェルダートさん。辛くなってくる」
こうして、ほろ苦いバレンタインデーの完結記念パーティーは終わった。
この後なんやかんやで盛り上がったのは、全員が先ほどの事実を記憶の奥底に封印して無かったものとして扱ったからに他ならなかった……。
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翌朝、お家代を請求するために家族がフェフさんの部屋にはいると、なんとガムテープで窓を目張りし、練炭を抱きながら眠るように死んだフェフさんがいました。
彼の横には小さなメモ書きが一枚だけ。
そこには涙で滲んだ文字で一言――
『ちょっと異世界にチョコくれる女の子探しに行ってくる』
とだけ書かれていましたとさ。
めでたし、めでたし。
お家代まだ渡してません。