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第2話

 流転の民。古来より、闇の住人と呼ばれる者達と戦い、人の世界を守ってきた能力者達である。彼らはあくまで人として生を全うするが、死後も魂は残り、新たな人間として誕生する。

 流転の民が自らの役割―闇の住人と戦うこと―を自覚すると、自身の魂に刻まれた能力も発現する。その力は流転の民によって違う姿を成しており、ある者は刀剣、ある者は拳銃と、その者にとって一番適した姿の能力を授かっている。この能力を駆使して、闇の住人と戦うわけだが、攻撃方法は大きく分けて二つ。一つは相手の体を物理的に傷つけること。もう一つは、相手の魂を直接傷つけることだ。



「……と、いうわけで、流転の民の一人、戸塚ルナだ」

 放課後、クラスメートが皆去った後の教室で、灯夜は明日葉に、一人の女生徒を紹介した。

「ごめん。どういうわけか、さっぱりわからないんだけど」

 少々困惑気味に、明日葉がルナと灯夜を交互に見る。

 それもそのはず。明日葉が灯夜と闇の住人の戦いを目撃した翌日、明日葉の補習は自分が行うと、灯夜は担任の緑辺先生に申し出た。そしてその日の放課後から灯夜による補習がスタートしたが、クラスメートが誰もいなくなった途端、補習は一時中断され、戸塚ルナなる3年生を紹介されたのだった。

「んー、話せば長くなるんだけど」

 灯夜はじーっと、ルナを見つめた。「説明するのが面倒くさい」と顔にしっかりと書いてあった。

 はいはい、と席に座っている灯夜に目配せすると、ルナはその隣の席に座り、明日葉の方を向いた。まつ毛が長い目に、ぽかんとした明日葉が写っている。

「私は3年の戸塚ルナ。よろしくね、明日葉ちゃん。昨日はごめんね~、このお馬鹿が変なこと言ったせいで、巻き込んじゃったみたいで」

 ルナは左手で、がしっと灯夜の頭を掴み、無理やり頭を下げさせた。何回も。無表情のまま身を任せる灯夜。

「まあ、私と灯夜は腐れ縁みたいなものかな。お互い同じ時代に誕生して、流転する度に近くに転生してきたのよ。前世はお隣さんだったっけね」

 ふふふ、と笑いながら、今度は灯夜の髪の毛をくしゃくしゃにした。

「ルナ、そろそろ肝心な話を……」

「じゃあ、自分ですれば?」

「……むーん」

 ルナはむすっとした顔の灯夜から左手を下ろすと、真剣な顔つきに変わった。

 明日葉はごくんと、唾を飲み込んだ。自然に背筋がピンとなる。

「灯夜から少しは聞いていると思うけど、私達流転の民は、昔から闇の住人と戦いを繰り返してきた。でも、そんな話、聞いたことある?」

「いいえ、知りませんでした」

 明日葉が答えた。

「でしょう。それはね、私達の魂の力が関わっているの。私達の力を解放して、能力を具現化させた瞬間、自分から一定の距離に結界の様なものが張られる。結界内のできごとは、一般人にはただの突風だとか竜巻にしか見えない。まさか、少年漫画みたいなバトルが繰り広げられているなんて、思ってもみないでしょうね」

「だけど、私、見えてました。灯夜と、黒い影が戦っているところを」

「そうみたいね。正直、驚いているわ。そんなこと滅多にないからね。可能性としては、灯夜が倒したあの下級は、取り付いた人間に、流転の民と闇の住人を察知する力を付与する能力があった……とか」

「あの下級に、そんなに強い能力は感じられなかったけど」

 灯夜が、納得がいかないというような雰囲気で机に肘を付いた。

「明日葉は、霊感が強いなんて思ったことある?」

「ううん。そもそも霊とか悪霊とか、信じてなかった」

 うーん。3人は皆首をかしげた。

「まあ」

 ルナが暫しの沈黙を破った。

「何故明日葉ちゃんが私達の世界に近づいてしまったかはわからないけど、近づいてしまった以上、これからも戦いに巻き込まれてしまう可能性は高い」

 すると、ルナは制服のスカートのポケットをごそごそとあさり、ピンク色の小さな音楽プレイヤーを取り出した。

「これを明日葉ちゃんにあげるから、常に持ち歩いて。変な気配がしたり、何か変なものが見えたりしたら、これを聴いて」

「聴くと、どうなるんですか」

「ひとまず、今1回聴いてみようか。その方が、話が早いから」

 ルナにそう促され、明日葉はイヤホンを両耳に入れた。プレイヤーの電源を入れ、再生ボタンを押す。

「こ、これ……」

 流れてきた音楽は、明日葉にも聴き憶えがあった。

「このバンド……『タイフーン』!」



「響け!マイ・ソウル!」

 人気バンド、タイフーンのボーカルである三上風(みかみふう)がそう叫ぶと、ギターの荒々しく、しかし繊細なメロディーが鳴り響き、ベースが地盤を固め、ドラムがリズムよく打音を刻んだ。タイフーンのデビュー曲、『台風121号』だ。

「タイフーンのメンバーの4人は皆、流転の民なの。三上風の能力は私達と違って、武器に具現化しない。彼女の能力は、声そのもの。つまり、『声』として具現化しているのよ」

「まさか、いつもテレビで見ていた人達が、流転の民だったなんて」

 明日葉は驚きを隠せなかった。

「風の声は、強い攻撃力は無い。でも、下級の闇の住人くらいなら、消滅させられるから。もし消滅させられなくても、相手の動きを鈍らせることくらいはできる」

 ルナはにこっと、イヤホンを外し終えた明日葉にほほ笑んだ。できるだけ、安心してもらえるように。

「これを聴いている明日葉ちゃんは、風の声の力に包まれている状態。だから、その状態で闇の住人に触れられたりしても、風の声が明日葉ちゃんを守ってくれるから」

「ありがとうございます。とても、心強いです」

 明日葉はほっとした様子で、音楽プレイヤーをリュックサックにしまった。

「それにしても、風達も仲がいいな。前世でも、小学校で覚醒前にも関わらず仲間になったらしいし」

 灯夜は天井を見上げた。何かを懐かしく思い出しているように、眼を細めて。

「戦争さえ起こらなければ……」

 ぼそっと、呟く。

「灯夜?」

 明日葉には何と呟いたか、聞こえなかったらしい。何でもない、と灯夜は机の上の教科書に視線を落とした。

 遠い異国の言語を学ぶ為の教科書には、異国の文章が、何事も無くズラズラと並んでいた。



「ただいま」

 明日葉が家の横開きの戸をがらがらと開けると、奥の台所から祖母が足早にやってきた。

「あらあら、あっちゃん、お帰りなさい。毎日遅くまでお勉強、御苦労様。御夕飯できてるから、手を洗ったら、いらっしゃい」

「ありがとう、おばあちゃん。お母さんはまだ仕事?」

「ええ。今日も遅くなるみたい。引っ越してきてまだ日が浅いのに、あの子ったら無理して……」

 父親と明日葉の弟を亡くした交通事故の後、二人残された明日葉と明日葉の母親は、住んでいたアパートを引き払い、母親の実家に転居した。母親の実家には明日葉の祖母が今まで一人で暮らしており、明日葉は5年程前に亡くなった祖父の部屋を譲り受けた。

 玄関の目の前にある階段を上り、通路の一番奥の部屋の襖を開ける。

 明日葉は、ほうっと、溜息をついた。灯夜という友人ができたものの、転校して1週間、未だに灯夜以外のクラスメートと話していない。それどころか、相変わらず静かな視線をあちこちから感じ、学校はとても疲れる場所に変わりは無かった。

 祖父が使っていた、背の低い机。小さな電球が光る、卓上ライト。座布団。タンス。祖父の本が残っている本棚。部屋の入口には、冬の樹木のように枝を生やした、木製のポールハンガーが置いてある。

 明日葉はこの部屋が好きだ。大好きだった祖父が使っていた部屋というせいか、未だに祖父のぬくもりを感じられる。また、ほのかに香る畳の匂いが、ますます明日葉を落ち着かせた。

「お父さんと広隆、おじいちゃんに逢えたかな」

 ふと、そんなことを思う。



 住宅街の暗い道を、灯夜が駆けていた。

「ルナ、そっちへ行った!」

「了解!」

 スマートフォンを手にしたルナの前に、大きな、とても大きな犬が飛び出した。体中真っ黒に染まり、眼は真っ赤。犬は立ち止りルナを確認すると、立派な牙をむき出しにした。その後ろを、灯夜がスマホ片手に、息を切らし気味にやってくる。

「夕飯食べ終わってゆっくりテレビ見てたのに、よくも邪魔してくれたわね。番組終わっちゃったどうしてくれるの」

 ルナは右手に身に付けた腕時計を、ぽんっと左手の指で弾いた。

「貫け。我が魂!」

 ルナの掛け声とともに、腕時計は真っ白い光を放ち、一丁の小さな拳銃と化した。シルバーの拳銃から放たれた光は、日光を思わせるほど眩しく辺りを染め、さすがの灯夜も片目をつぶった。

 黒い犬は、後ずさりをした。

 ルナの瞳の奥が、白く輝く。

「生の妨げなる、悪しき魂を引き剥がせ。白狐!」

 ルナが引き金を引くと、弾倉が回転して、真っ白で鋭い光が放たれた。

 犬は口から霧状の黒い炎を吐いたが、炎は白狐から放たれた光にあっさりと掻き消され、光はそのまま黒い犬の体を貫いた。

 ギャオン……と頼りない鳴き声を漏らすと、犬から黒い影が溢れ出し、人の形を取った。

「くそう……流転の民……!」

 影は踵を返して走り出したが、そこには青漣刀を手にした灯夜が立ちはだかっていた。

「終わりだ。闇の住人」

 灯夜が片手で握った青漣刀で黒い影を斬り裂くと、その影は青く燃え上がって消え失せた。

 ルナは先程まで真っ黒だった赤毛の柴犬を、道路の脇にそっと寝かせ、灯夜のもとへ歩いていった。犬はすやすやと心地よい寝息を立てている。

「最近、やけに雑魚がちょっかいを出してくるな」

 灯夜が青漣刀をシャープペンシルに戻しながら言った。

「そうね。あの明日葉ちゃんの一件以来、以前に比べて戦闘頻度は上がってる」

 心配そうにルナが三日月を見上げた。

「嫌な予感がする」

「ああ。大事にならなければいいが」

 灯夜も夜空を見上げた。光り輝く三日月に、雲が少し掛った。


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