一難去って…
昼放課。
幸子とお弁当を食べ終わると屋上へ。
ハァ、憂鬱。
応じてしまった自分が悪いんだけどね。
「一緒にいこうか?」
幸子が心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だよ。折角の昼休みを私の為に潰さなくていいよ」
そう言って断った。
廊下に出ると私の噂で持ちきりだった。
うん、予想してた以上だ。
視線が痛い。
何にもしてないのに…な。
自信、無くしそうだ。
そうこうしてるうちに屋上に到着。
ドアを開ける前に大きく深呼吸する。
ドアノブに手をかけて開けると既に何人かの女子(先輩も含めて)が、集まっていた。
いったい、何人集まってるんだ?
私ごときにそんなに興味有るのか?
ただの噂だけで、これじゃあね。
私は、ドアを閉めて彼女達の前に改めて立った。
「単刀直入で聞きます。蓮くんと付き合ってるんですか?」
目前にいる子が聞いてきた。
「付き合うってなんですか?」
逆に聞き返すとざわつき出した。
付き合う意味をよく知らない私にその質問はないよ。
「彼…大谷さんには、二日前に助けてもらっただけで、そんな感情一つも持ってないんですけど…。第一、何で彼と私が付き合ってる前提になってるんですか?おかしくないですか?」
私の口から自然と言葉が出てくる。
「大谷さんって名前を知ったのは、つい昨日ですよ。それなのにどんな感情があるんですか?一目惚れ何てしてませんから」
言われそうなことは、先に釘を指した。
「じゃ…じゃあ、昨日の帰りと今日の朝の彼は?」
何、それにも答えないといけないの?
「双子の兄です。兄とは出来が違うので別々の学校ですがね」
慶太は、親の病院を継ぐために頑張ってるんだよね。
まだ納得してなさそうだ。
「そんなに疑うなら、今度写真でも何でも撮って比べたらいいじゃないですか。今日の帰りにも来ますしね」
私の提案に納得したのか。
「わかったわよ」
何て声が上がる。
「私は、これで失礼します」
私は一礼してその場から逃げた。
教室に戻ろうと階段を降りて廊下を歩いていると、突然行く手を阻まれた。
何事?
顔を上げるとそこには大谷さんが立ち塞がっていた。
「どうかしたの?凄い恐い顔してる」
私の顔を覗き込んできた。
流石にあなたの性とは言え無い。
「そうですか?何でもありません。失礼します」
私は彼の横を通り抜けようとした。
…が、彼に腕を捕まれ壁に背中をつけられた。
えっと…。
私が戸惑ってると彼の両手が顔の両サイドの壁についていた。
自然と向き合う形になる。
「これは、一体何の冗談でしょうか?」
私は、彼の目を見て問いただす。
ドキドキなんてしない。
「今日の放課後。旧校舎の裏に来てほしい」
耳元でそう囁く。
顔、近いって…。
彼を睨み付ける。
「ごめんなさい。今日は無理です」
私は、頭を下げた。
慶太が迎えに来てくれるのに遅れるわけにはいかない。
「じゃあ、いつならいいの?」
彼はめげずに聞いてくる。
「当分、無理です」
さっき、あんな事があったばかりだから、彼の傍に居たくなかった。
「ねぇ、夏実ちゃん。俺の事避けてるでしょ?」
彼が、私の名前を知ってる?
それに凄い洞察力。
よくわかりましたねと言ってやりたいくらいだ。
…が、素直に言えるはずなく沈黙した。
その時。
キーンコーンカーンコーン…。
予鈴が鳴った。
「本当にごめんなさい」
私はそう言うと、彼の腕から逃げ出した。
授業が終わり、教科書を鞄に詰め込む。
教室の教壇の近い入り口に彼の姿が見えた。
クラスの女子がざわつく。
私は、彼に見つからないように鞄を掴んで、彼が居ないドアからそっと抜け出した。
ハァー。
何か今日一日疲れた。
私は、正門までゆっくりと歩く。
正門には、昨日と同じように慶太が待っててくれた。
「慶太、ごめん。遅くなっちゃった」
私が謝ると。
「いいよ。それより、この人垣どうにかなら無いか?」
慶太が面倒臭そうに言う。
「仕方ないよ。慶太、カッコいいし、それにその制服だしね」
苦笑を浮かべて言う私に。
「夏実が誉めるなんて、珍しいなぁ。何かあったか?」
慶太が、心配そうに私を見てくる。
「う…うん。実は、皆が慶太と私の関係を“恋人”だと思ってるみたいなんだよね」
「ハァ?こんなに似てるのに何処をどうしたら、そういう風になるんだ?」
慶太が面白そうに言う。
「じゃあ、ここで言っておくか…」
慶太が、皆の方に向き直る。
ちょっと一体、何を言うつもり。
「結城慶太と言います。夏実とは双子の兄です。以後お見知りおきを」
って、華麗なお辞儀を披露し堂々と名乗る。
「ちょ、ちょっと慶太。恥ずかしいから…」
私は、慶太の裾を引っ張る。
「何。夏実は、本当に恥ずかしがりやなんだから…」
慶太が、私の頭をポンポンと叩く。
「ほら、親父が心配してる」
慶太は、さっさと自転車に跨がると私に荷台に座るように促す。
「はーい」
私が、自転車の荷台に座ると慶太がペダルを漕ぎ出す。
「今日、検診日だったろ。治ってるといいな」
慶太が、優しい声で言う。
本当に優しいお兄ちゃん。
私が困ってるときは、何時も助けてくれる。
「うん。…ありがとう」
私は、慶太の背中越しにお礼を言う。
「お互い様だろ」
「そうだけど、私じゃあ、慶太を自転車で送るなんて無理だよ」
私が言うと。
「そんなの望んでないよ。俺は、好きでやってるんだし…」
慶太が苦笑する。
どういう意味なんだろう?
「どうした、夏実。黙り込んで…」
「なんでも無いよ、お兄ちゃん」
私は小声でそう言った。