彼の正体
翌日。
私は、痛みを我慢しながら学校に向かった。
痛み止は飲んだものの直ぐに効くものじゃない。
家を出るときに
「自転車で送っててやるぞ」
って、慶太が言ってくれたが、その申し出は丁寧に断った。
今の学校では、私と慶太の関係を知ってる人が数ないだろうし…。
それに変な噂話に出されるのも嫌だった。
制服で慶太の学校まで知れ渡ってしまう。
これ以上、慶太に迷惑掛けたくないって思った。
「おはよう、夏実。足、大丈夫?」
幸子が、心配そうに私の方に駆け寄ってきた。
「大丈夫だよ。本当に只の捻挫だから…」
私がそう言うと安心した顔をする幸子。
「じゃあ、私日直だから、職員室に寄ってくるね」
そう言うと職員室に向かって歩き出した。
私は、幸子の背中を見送ってから教室に向かう。
階段を他の人の迷惑にならないよう、隅の方を登っていた。
「おはよう。足、大丈夫だった?」
突然声を掛けられて、振り返った。
そこには、昨日の彼が心配そうに私を見てる。
今初めて思ったんだけど、彼の身長は、見上げないといけないほどだった(慶太と同じくらいかな?)。まぁ、私が小さいんだけど……。
彼は、少し背を屈めて私と目線を会わせてくる。
ジッと見つめられるの慣れてなくて、つい目を反らし。
「おはようございます。病院で診てもらって、異常はありませんでした」
そう告げた。
「それはよかった」
彼は、安堵の溜め息を漏らした。
「それで、何でそんな隅っこを歩いてるんだ?」
不思議そうな顔をして聞いてきた。
「まだ腫れが退いて無いので、他の人に迷惑を掛けないように寄ってるだけです」
私は、淡々と答えた。
「そんなんで、悪化したらどうするんだよ。俺がおぶって教室まで連れてってやろうか?」
彼は、真顔で聞いてきた。
「要りません。これくらい大丈夫ですから。どうぞ私に構わず、先行ってください」
私は、突き放すように言ったんだ。
でも。
「心配だから、付き添うよ」
彼は、優しい声音で言ってきた。
何で、私なんかに構いたがるんだろう?
でも、彼と居ると周りの視線が痛いので、ソロソロ離れていただきいんです。
「もう、本当に気にしないでください。それじゃあ…」
私は、それだけ告げるとその場を逃げるように教室に入った。
自分の席に着くと。
「結城さん。蓮くんと知り合いだったの?」
クラスの女子達が、私のところに来るなり、そう告げた。
蓮くん?
誰それ?
「いいえ…。それより、誰ですかその人は?」
逆に聞き返した。
すると、皆が皆驚いた顔をし、信じられないって顔まで。
何?
何でそんな顔するの?
「じゃあ、何で、あんなに親しそうに話してたのよ?」
突然の言葉に解らずにいる。
親しそうに話してた?
もしかして、さっきの彼の事?
彼が、何だって言うの?
昨日怪我した時に助けてもらっただけで、名前さえ知らない。
「結城さん。何で、蓮くんと一緒だったの?」
さっきの事を言ってるのか。
「何でって、たまたま階段で会っただけだし…」
「たったそれだけで、蓮くんが貴女みたいな人に声掛ける筈無い」
何で、そんな事断言されないといけないの?
って言うか、私だってそんなの知らない。
彼が、何で私を構うのか何て私が知る筈無いじゃない。
そんなに言うなら。
「昨日、足を痛めた時に助けてもらっただけです。それ意外なにもありません!」
語尾が強くなる。
「何それ」
「足を痛めたのなんて、嘘でしょ。そうやって、彼の気を引こうとしたんでしょ」
その言葉に腹が立った。
「何で、嘘までついて彼に近付く必要があるんですか?それに病院で診察も受けて、全治三日の怪我だって言われたのに嘘ついて、私に何の得が有ると言うんですか!」
何で、彼女達に怪我の具合を言わなきゃいけないんだ。
「それに、私は彼に興味ありません!!」
私はそう断言して、席を立ち教室を出た。
ったく何なのよ。
一言二言会話しただけで、そんなに目くじら立てること無いじゃんか。
私が、何したって言うのよ。
痛めた足を引きつりながら、廊下の端を歩く。
全く。
何で、私が教室を出なきゃいけないのよ。
苛立ちがピークに達し掛かったとき。
「お、結城。いいところに来たな」
担任がにこやかな顔で言ってきた。
嫌な予感がする。
「これ、返却しといてくれ」
ドッサリとノートを両手に載せられた。
私はそれを持って、教室に戻り配った。
放課後。
無事に本日の授業を終え鞄に教科書を仕舞っていたら、クラスの女子が騒ぎだした。
「ねぇ、正門に居る人、カッコ良くない?」
「あの制服って、超エリート校だよね」
「誰かの彼氏とか?」
何て声が耳に届いた。
何気にそっちを見やる。
そこには、自転車を停めて門柱に持たれてる慶太の姿があった。
もちろん、人垣が出来てるのは言うまでもない。
やだ。
何で来るのよ。
私は、慌てて鞄を掴むと門まで急ぐ。
…が、足に力が入らずにゆっくり歩くしかなかった。
やっとの事で門まで辿り着く。
「遅かったな、夏実」
慶太が私に声を掛けてきた。
「もう、来ないでって言ったじゃん」
膨れっ面で言う私に。
「そうは言っても親父が、心配して俺の方に電話してくるんだから、仕方ないだろう」
慶太が小声で言ってくる。
心配性なんだから…。
「ほら、後ろ乗れよ」
慶太が、自転車に股がり顎で指す。
私は、仕方無く後ろの荷台に座ると慶太のお腹に腕を回した。
「出すぞ」
そう言うと慶太はゆっくりとペダルを漕ぎ出す。
慶太は、私に付加が掛からないように気を使ってるのがわかる。
「ごめんね。何時も慶太に迷惑掛けてるね、私」
私の言葉に。
「何言ってるんだよ。俺等兄妹じゃん。迷惑だなんて思ってないよ。それに夏実は、俺にとって体の一部みたいなものだ」
慶太が優しい声で言う。
慶太…。
ありがとう。
そう言ってくれるの慶太だけだよ。
「足、早くよくなるといいな」
「そうだね。頑張って直すよ」
私が言うと。
「お前が、頑張るとろくな事になら無いから、頑張るな」
慶太が苦笑いしてる。
そうかも……。
「足が治るまで、俺が家事をやるからな」
「そんなぁ、悪いよ。せめて、洗濯物くらい畳むよ」
私の口から、そんな言葉が出てきた。
このとき、変な噂が学校中に駆け巡っているとは、思いもよらなかった。