反省が迷惑です
王子は3時間正座で反省させられ、その後、その内容を30枚にも及ぶ反省文に書かされた。
〈乙女〉の対応は王子の責任。誠心誠意尽くすこと。それはこの国の絶対だった。
例え、召喚が失敗だったとしても、喚んだ〈乙女〉に誠意をみせる。彼女は帰れないのだから。次に喚ぶ〈乙女〉へ悪い影響を与えない為にも。
「スズカ様」
魔術師長の呼びかけに〈乙女〉は振り向いた。召喚された時に着ていた絣という服から、こちらのワンピース風の服に着替えているが、凛とした雰囲気は変わらない。
「何でしょうか。バジル魔術師長」
優しい笑顔だった。
孫を見るような。
事実 魔術師長は年齢的には彼女の孫に近いだろう。現在王国の中で一番の魔力と魔術に関する知識を持ち、若くして魔術師長に登りつめた彼は〈乙女〉の孫に表情がちょっと似ているらしい。
孫が権力者にいじめられてるみたいでついムキになってしまったと、〈乙女〉は召喚時を思い出して微かな照れ笑いを浮かべた。
「スズカ様の求められていた土と葉のサンプルがだいぶ集まりましたが、いかがなさいます?」
今の危機には複数あって、その一つが作物の収穫量が減っていることだった。
この国の農業は焼き畑が主流である。森を拓いて畑を作り、地力が弱ったら、また森を拓く。平らな土地にも限りがあり、痩せた畑ばかりになっていた。
それを聞いた〈乙女〉スズカは、各地の土、木の葉などを集めるように指示を出した。王子と宰相が各地に伝達し、実際に集めて回っているのは転移術を駆使する魔術師である。
「土の栄養分を調べられますか?土に落ち葉を混ぜて発酵させると栄養価の高い土にすることができる場合があります。あとは酸性度とか水捌けとか。色々に試してみて、土地土地にあった対処法を見つけて下さい。作物もその土地にあったものがあるはずです」
〈乙女〉のスタンスはアドバイスのみ。基本的に作業するのも具体的に考えるのも、担当者に任せていた。
「ありがとうございます。今まで何も考えないで、〈乙女〉に頼るばかりだった皆が工夫するようになって来てます」
笑顔で応えた魔術師長は、ちょっと口ごもり、言いにくそうに続けた。
「あと…教えて頂きたいのですが…サフラン王子が各部署を一週間ずつ回って仕事を確認するというのは必要なのでしょうか?」
「あれは、王子の反省文に従ってやっていること」
〈乙女〉に反省させられた王子は現在、あちこちの部署を巡り担当者と顔を合わせては簡単で失敗の少ない雑用をこなしていた。というより、各部署の仕事の説明を受けてる時間が長い。王子は〈乙女〉の対応以外ほとんど学んで来なかったので、はた迷惑なほど世間知らずだった。
「王子が各部署の職務を把握しきれていないから、とのことです」
職務どころか、どんな部署があり、どんな能力を持つどんな人々が国のために働いているか、全く知らない。王子は国の象徴として存在し、必要とあれば〈救国の乙女〉の召喚を命じ、国を繁栄させることそれだけが仕事だった。
もちろん、王になる場合はそうはいかない。だが、王冠を被ることによって、必要な知識は得られる、何代か前の〈救国の乙女〉によって王冠への祝福がなされてからの常識。それに甘えて教育が疎かになっていた。
「では、止めてもいいということでしょうか?実は魔術師の間から職務に差し支えると苦情が上がって来まして…」
王子が来ている一週間まるで仕事にならない。失礼のないようにトップが説明にかかり切りで決裁もままならい。万が一のことがあってはいけないからと、魔術師棟での危険な仕事は全て後回し、何より護衛の近衛が多すぎてウザいことこの上ない。
「ダメでしょうね」
「なぜ?」
「王子が気づくまで止めない方がいいでしょう。いつまでも周りが先回りして甘やかしては王子の成長が望めません」
王冠の祝福によって知識は得られる。しかし、覚悟とか心の在り方とか気配りとか、そういう成長は望めない。
祝福より何代も経て、ただ知識だけを得た頭でっかちの子供のような王が誕生することもまれではない。サフラン王子も一応王太子であり、時がくれば戴冠し国を治めなければならない。そのためには様々な経験が必要であると〈乙女〉は気づいていた。
彼女が言えば止めるであろう。しかしそれでは何の意味もない。
魔術師長は少し俯き沈黙し、やがて決心したように顔を上げた。
「サフラン王子に直接進言することは可能でしょうか?」
魔術師長は〈乙女〉の目を見て尋ねる。
〈乙女〉も黙って見つめ返す。
〈乙女〉の目は自分で考えろと言っていると魔術師長は思った。
王族に対する家臣の進言は必要とあれば、行うべきであろう。事実、魔術師長は何回も進言してきていた。しかし、その全てが〈救国の乙女〉を召喚したら解決するんだから問題ないの一言で片付けられていた。召喚そのものにも否定的意見を述べたのだが…。
結局、命令には従わざるをえず、踏み切ったのであった。
国一番の魔力を誇る彼でさえ、次の召喚に必要な魔力を貯めるには5年はかかる。その間に部下の魔術師にも手に負えない魔物が出たら、戦わなければならない。そのたびに次の召喚は遅れていく。
召喚直前の魔物の襲撃で亡くなった者のことを思う。魔術師長である自分は召喚を優先し、部下や民を見殺しにしなければならなかった。そうして喚んだ〈乙女〉に魔物を退治する力はなかった。いや、誰が最初にその力があるはずと言ったのだろうか。彼女の言う通り、ただの少女に過ぎない〈救国の乙女〉に。
何だかんだ言って自分もこの国の常識に染まっていたんだなと魔術師長はそっとため息をついた。
一方、魔術師長と別れた〈乙女〉は騎士団の鍛練場に向かっていた。
鍛練に付き合い始めて一週間。騎士の体力の無さには辟易している。〈救国の乙女〉の伝説に頼りっきりのこの国のやる気の無さはどうしようもないところまで来ている。
変えることができるのか、変える必要があるのか、いっそのこと潰れてもいいのかもしれないと彼女は心密かに思った。