反省しなさい
魔術師長の説明が終わった。
乙女は藍色の不思議な形状の服を着ている。服は腹部の上方で別布によりきっちり巻き留められていて、乱れは見られない。
応接間のソファーに座った乙女の背は真っ直ぐ伸びて、揺るぎない。
「とりあえずお話は以上でしょうか?」
乙女の冷静な声に、一同は頷いた。
乙女はテーブルの紅茶を取り上げ一口飲んだ。全員が黙って見守る。
「確認したいことがいくつかあります」
乙女の前に座る王子が代表して頷いた。
「一つ目。この国が現在危機に瀕している」
「その通り」
王子が答えた。
「二つ目。それを救ってもらう為に〈救国の乙女〉を異世界から召喚しようとした」
「そうだ」
「三つ目。〈救国の乙女〉を召喚したのはこれが初めてではない」
「何人目だかは調べればわかると思うが、すぐにはわからん」
「四つ目。危機に瀕するとまずは〈救国の乙女〉を召喚する」「それが慣わしである」
できる限り誠実に回答する。答えにくいことは黙秘しても嘘は混ぜない。これが長年の経験による乙女を落とすコツであった。
「五つ目。今回の召喚の責任者は王子、貴方である」
「もちろん」
「六つ目。毎回〈乙女〉を召喚した後で事情を説明する」
「事前にコンタクトは取れないからな」
乙女はふふっと笑った。それを質問の終了とみたか、
「こちらからも一つ聞いていいかな?」
王子が恐る恐る尋ねた。
「どうぞ」
「大変不躾なのだが、その、…貴女が…その……乙女かどうか…」
さすがに王子もわずかに赤い顔をした。だが、これもそう教育されている。計算された魅力で乙女の心を掴む。これが王子の能力なのだから。
「確かに初対面でそれは失礼な質問だとは思いますが、〈救国の乙女〉の条件ですか?」
王子は頷いた。条件に合致していれば、彼女を口説き落として国を救ってもらわなければならない。
「私には子供が3人います」
失敗だ。召喚は失敗だ。乙女の姿が見えた時から気づいていたことを確信した。
王子は魔術師長を睨みつけた。
「それから、孫が4人。ひ孫は何人になったかしら…」
そう、召喚された〈乙女〉は見事に白髪となっており、どう見ても老齢の域に達していた。
「さてと、」
〈乙女〉が言った。
「そこに座りなさい!」
王子に向ける目は冷たい。
「……座ってますが」
〈乙女〉はにっこり笑って床を指していた。
「ソファじゃなくて、そこに」
周囲は何を言い出すんだとどよめいたが、〈乙女〉は一睨みで制した。
有無を言わさぬ迫力に王子は素直に従った。王族が床に膝を着くことはない。まして、床に正座することはない。
しかし、この場を支配していたのはか弱き〈乙女〉であった。
「人を了承を得ずに連れてくるのは誘拐です。この世界では誘拐は犯罪ではないかもしれませんが、私の国では凶悪な犯罪です」
〈乙女〉の言葉は静かだが、反論は許さない雰囲気があった。
視線を向けられた魔術師長は、自分たちの国でも犯罪であると認めた。
「しかも自分たちで解決の手段を講じず、一切合切、異世界の年端も行かぬ少女にやらせようとは言語道断!」
糾弾は続いた。
「さらには失敗の責任を一人に押し付けようとしましたね?」
最後の言葉に口の中でボソボソと反論しかけた王子はチラッと乙女を見上げ、一切の抵抗をやめて謝罪した。
内容に反論の余地がない上に、格の違いも明らかだった。〈乙女〉と比べて王子はさながら赤子のようなもの。年齢的には孫みたいなものか。
「何が悪かったのか、何をすべきか、そのまましっかり反省しなさい!」
その言葉に王子はうなだれるしかなかった。